32・奴隷のいる世界
体を丸めて遠ざかっていく街を見つめる草歩にピーグイがいう。
「ヴォうず、なんだずいぶん元気がないじゃないか」
笑顔で明るく声を響かせ、あっけらかんという様子は今朝の子供に好かれるピーグイだ。
「今ごろになって怖気付いたか?ま、ヴォうずにゃそりゃありえないヴァどうけどな、ヴァっはっはっは」
草歩は縮こまっていた体を伸ばしてふうとため息をつく。
正直ホッとした。
「そうじゃないけど、ピーグイが怖くてびっくりしたよ。このまま僕らを騙して本当に売るつもりかと思っちゃうくらいに」
「ヴふん。ヴォれもまだまだ奴隷商人としてやっていけるな。ゔぁっはっは」
ピーグイはターバンを外し馭者台のピョンに呼びかける。
「ピョン、すまねえな、ヴォれが手綱を持つわけにゃいかんから、ヴォまえさんに頼むしかねえ。場所は大体わかるな?近くの街まで行ったら細かいことは説明する」
ピョンが前を向いたまま、後ろから見えるように軽く手をふった。
ピーグイはふっと息をはいて草歩に向き直る。
「ヴォうず。さっきはいきなりでヴォどろいたかもしれねえが、これから先はヴォまえはヴォれの奴隷として過ごしてもらうことになる。周りの目や俺の扱いに耐えるのは苦しかろうが、まあ辛抱してくれ。ヴァれがみてるかわからんからな」
「うん。わかった。手伝ってくれてたすかるよ」
「いや」
ピーグイは窓の外を見た。草歩も視線をそちらへ向ける。
異世界は自然が豊かで、街の外にでるとほとんど民家はない。たまに木こりや炭焼きの暮らす集落があることが煙でわかったり、遠くの丘を馬で走る旅人の姿が見えるくらいだ。
ゲームだとこういう景色はたいくつだったりモンスターがでて鬱陶しいけど、この世界ならゆっくり旅をしてみたいな。
『あいつ』さえいなければ。
そんなことを思う草歩にピーグイが独り言のようにいう。
「ヴォれにはどこまでいってもヴォうずみたいな勇気はねえ。守るものがあるわけでもねえのにな。『あいつ』に逆らおうヴァんて気はさか立ちしても起きねえんだ。だから、ヴォうずの力になれるなら喜んで手伝うさ。それがヴォれの精一杯の勇気さ」
ピーグイは自嘲するようにいって、続けた。
「ヴォうずならきっとやれる。ヴォれを変えてくれたんだ。この世界も変えてくれると、ヴォれは思ってる」
「ピーグイ」
「ヴァっはっはっは。まあ、たヴァごと(たわごと)として聞き流してくれ。鉱山までは3、4日かかる。今日はうまいもんをくわせてやるぞ」
ピーグイはそう言って、草歩に旅を楽しませようとしてくれていたが、先々の街では辛いものがあった。
地方の町にはまず奴隷の姿が多かった。きっと生活が貧しいせいもあって、奴隷になるくらい追い込まれる人が多いんだろう。それに仕事にも労働力が必要なものがおおい。
馬に乗った農園主が、畑まで大勢の奴隷をまるで牛でも引くかのように引っ張っていく光景を見た。
街では首輪をつけた子供の奴隷の呼び込みが、ピーグイに客を連れて行かないとご飯を食べさせてもらえないと泣きつくように訴えてどこまでも付いてくる。
食事のためにレストランに入れば、草歩とピョンはピーグイが席に着くまで椅子を引いたり埃を払ったり世話をしたあと、一緒に食事はできず別の建物に連れて行かれる。まるで納屋のような場所で芋と魚のスープに固いパンという貧しい食事を、土間に敷かれた藁のうえに座って食べた。
ピーグイは気を使っていろいろな料理を持ち帰りにしてくれて、それを宿屋で食べたけれど、宿屋に奴隷が泊まることすら主人がよく思っていないことがわかって悲しかった。
草歩はその度に奴隷たちを助けられないことにへこみそうになるのだけれど、ピョンがいつでも励ましてくれた。
「きっといつか、あの人たちも助けミしょう。兄貴が僕を助けてくれたように。今はチェスナさんをたすけて、それからひとつづつやりミしょう」
と、草歩に今すべきことを思い出させてくれた。
自分より子供だとおもっていたけれど、ピョンには僕よりも強い部分がたくさんある。
きっと今まで辛い思いをたくさんして、たくさん見て来たから。
それを抜きにすれば道中の景色は綺麗だし、いろいろなおいしいものも食べれて楽しかった。
草歩にしてみれば初めて見るものばかりだ。
一度は街泊まらず、道の脇の泉に馬車を止めてそこでキャンプをした。
街で買って来た大きなキノコや赤いナスを焼いて、色鮮やかな魚も串焼きにした。お菓子や飲み物も買ってきてそれをご飯の後に、みんなで話をしながら食べた。
とくに面白かったのは、ピョンがピーグイといた時に、いかにピーグイがおいしいものを食べていたかをはっきり覚えているところで、山キジの卵プリンや雪ワタのシャーベット、ひまわりのタネのクッキーや黄金桃ジュースなんかを食べているピーグイの様子や、美味しそうな見た目、匂いについて精密に話し、食べている時の音まで再現した。
うっとりと語っていたかと思うと、急にピーグイに怒って僕も食べたかったミ!というたびにピーグイが気まずそうになだめるのだ。
みんなで泉で水浴びをして、焚き火でからだを温めた。
夜空に浮かぶ異世界の星座を、意外にも物知りなピーグイがこの世界の神話と絡めて説明してくれた。
広げた布の上にみんなで寝転んで夜空を見上げていると、どうしてもわからないことが頭に浮かんでくる。
『あいつ』って一体なんなんだ?
まるでハリーポッターのヴォルデモートのようにみんな恐れて、いきなり五年前に現れてこの世界を変えてしまった。
きっとこの世界は『皇棋』によってバランスが保たれていた平和な世界だったんだろう。
草歩が暮らしていた世界のような科学が発達して便利だったり、身分の差がなくなっていたりはしないないけれど、この世界なりにみんな一番いいように頑張って、それぞれの種族がそれぞれの国の誇りを持ってくらす連合国のような関係で。
それがいきなり変わったという。
チートのような能力で、この世界を支配するためにあるような力を使って。
自分のいいように、やりたいように、周りのことなど考えずに全てを自分のものにしてしまった。そうやってただ子供のように遊んでいる。
人が苦しむ姿を見て笑っている。
一体何ものなんだ?
草歩は『あいつ』のことが、どうしても自分に関係ない存在とは思えなかった。




