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31・街の外へ

 前回会った時も思ったことだが、一月ぶりに見るピーグイは引き締まって見える。


 今はレストランの隣の部屋で悪ガキたちに『皇棋』を教えるかたわら、飲みにくるゴロツキたちと皇棋を指して鍛えているらしい。


 たるんでいた頬が今は笑顔で丸く膨れ、肌にも赤みがさして健康的だ。


 相変わらずちょび髭は似合わないけれど、あの醜悪しゅうあくといってもいい怠惰なオーラがすっかり消えて、大きな鼻をうごかして小さな目を光らせるさまは『かわいらしい』といいたくなる。


 「ヴァっはっはっは。ヴォんとにきやがったのかヴォうず!一度考えると言っていたから、流石にこんなヴァかなことはするわけないよなとヴォもっていたのにな、ヴァっはっはっは」


 ピーグイの教室を訪ねると、こざっぱりしたシャツに短パンを履いてサンダルという身軽な姿で出迎えてくれた。

 「ちょっとヴァってくんねえ」


 部屋の中では小さなテーブルがいくつも並び、草歩が街にきたばかりのときに仲間だと勘違いされたいたずら小僧たちが、向かい合って皇棋をさしたり、感想戦をやっていたり、詰皇棋の本を読んで頭を抱えたりしている。


 ピーグイのシャツを「ねえねえ、ピーちゃん、こっちきてよ」と引っ張るまだ小学校前のリザードマンの男の子の頭をポンポン叩いて、近くのお姉さんらしい子に預けている。


 「いやあ、すヴァねえな。『皇棋学校』がああヴァっちまってから、なかなかガキどもに教えるような酔狂すいきょうな奴がいなくてな。ちょうどやることもねえし、ガキの相手はだいぶ慣れてたからヴォれが面倒みはじめたらあれよあれよとヴゥえちまってよ」


 頭の後ろに手をやって鷹揚おうように笑うピーグイ。あのだるそうなのにセコセコしていた彼と大違いだ。


 「ピーグイ、意外と子供に人気なんだね」

 「ミーへの扱いと天地の差ミ」


 ピョンがほっぺたを膨らます。


 「ああ、ピョン、すヴァなかったな。いつか詫びをさせてもらいてえ。そうだ、ヴォまえの好きだった『砂鼠ケ原人参のキャロットケーキ』を売ってる商人をみつけてよ。今度そいつをプレゼントしようじゃねえか」


 「ええっ!『砂鼠ケ原人参のキャロットケーキ』!?本当に!?ああ、いつから食べてないミかなあ。あの甘くて青臭くてしっとりとして草々(くさぐさ)とした味。本当にプレゼントしてくれるの!?」


 「ああ、ヴォちろんだ。それだけじゃねえ、ヴォし手に入ったら『天山渓のケールジュース』に、『黒洞窟の山苺プリン』もヴォまえには食べてもらいてえな」


 「ああ!!!なんてことミ!!そんなこと信じられないミ!」


 ピョンはすっかり舞い上がって、うっとりとした目つきでほっぺたを抑えて、まだ食べてもいないのによだれを垂らしている。


 そんな様子をニコニコ見ているピーグイを、草歩は本当に子供の扱いがうまいんだなと感心した。きっとこういう甘い言葉で罠にかけて奴隷にしていたんだ、と思うとかなりドス黒い過去ではあるけれど。


 ピーグイは草歩に向き直ると、真剣な表情になった。


 「じゃあ、本当にこの前言っていた鉱山へ行くんだな。ヴォれは連れていくしかできねえぞ」

 「うん、それいいよ。ありがとう」


 ピーグイは少し用事を済ませる、と言って草歩たちをレストランへ連れて行き、自分は姿をけした。


 おじさんとおばさんが二人を出迎えてくれ、ピーグイの支払いだといってコケモモパイとミルクティーと出してくれた。


 ピョンは笑顔で、体を揺らして楽しそうに食べているけれど、草歩は食べながらだんだん味がしなくなっていってしまった。


 自分で決めたとはいえ、先のことを考えると不安しかない。

 半分食べて残りが進まず、フォークでいじっていた草歩にピョンがいった。


 「兄貴あみき!最後にこんなおいしいもの食べれてよかったミね!」


 笑いながら美味しそうに食べるピョンを見る。


 そうか、ピョンは僕のやろうとしていることにただついて来てるんじゃない。ちゃんと危険をわかって、それでも文句も言わず笑顔で受け入れてくれている。


 最後か。

 よし。


 草歩はフォークを握り直すと、残りのパイをガツガツと口に放り込んだ。甘酸っぱい中身と香ばしいパイ生地の風味が広がる。


 「ふぉんとだね!んぐ。こんなにふぉいしいパイ、食べれてふぉかった!」

 ニッコリうなづくピョンと顔を見合わせると味が余計に美味しくなる。


 最初からびびってどうするんだ!とパイを平らげお茶を飲み干した草歩はやるぞ、と気持ちを新たにした。


 「ヴォうず、ヴァたせたな」

 まもなくピーグイが現れ草歩に呼び掛けた。


 「あ!ピーグイ。なんだか似合わないなあ」


 やって来たピーグイは宝石と羽飾りの付いた大きなターバン、金の縁取りの緑に染めた絹のベスト、派手な刺繍の腹帯に先が尖った金の靴。それに指にはゴテゴテと宝石をつけている。


 最初に会った時の奴隷商人の服だけれど、お腹は緩そうだし指輪もちょっとサイズが合わず、ターバンもおさまりが良くなくてズレている。


 「うーん、ヴォれもだいぶ痩せたんだな。ズボンが落ちちまう」


 苦笑しながらピーグイは、レストランのおじさんが持って来てくれたクッションをお腹に挟んで帯を締め直している。


 「ヴォまえたちはこれをしてもらわんとな」

 とピーグイが取り出したものを見て草歩はドキリとする。


 金属製の首輪だ。


 ピョンがつけさせられていて、まるで動物のように引っ張られていたまわしいもの。


 覚悟はしていたつもりだけれど、いざ自分がつけるとなると本当にいやだ。こんなことが許されているこの世界はやっぱりおかしい。


 ピョンをみると、覚悟をきめたように草歩を見ている。

 ごめんピョン、またこんな嫌なものをつけさせて、と心のなかで謝りながら草歩はピーグイに言う。


 「うん、いいよ。お願い」


 ピーグイは慣れた様子で草歩とピョンに首輪を取り付けると、つながった紐を持って二人にいう。

 「よし、ヴォまえらさっさとヴァるけ!」


 ピーグイの様子がいかにも奴隷商人然として、草歩はちょっと怖くなる。なんだか自分が本当に売られてゆくみたいに思えてしまう。


 自然と姿勢が悪くなり背中が曲がり顔が下がる。たったこれだけのことで、仕草までそうなってしまうのだから恐ろしい。


 ピーグイに追い立てられるように外へでると、そこには豪華な一台の馬車が止まっていた。


 「ピョン、ヴォまえは運転できるよな。手綱を持て。ヴォうず、ヴォまえはこっちだ」

 ピョンは慣れたようすで馭者台へ飛び乗る。


 草歩が後ろの屋根付きの客車に乗ろうとする。と、ピーグイにグイッと綱を引かれた。


 喉がしまり、よろめきながら草歩はうめく。

 「ぐっ」


 「ヴォまえ、何を先に乗ろうとしていやがる!奴隷の仕事はなんだ!ヴォれのためにドアくらい開けんか!」


 ピーグイの金切り声が心に刺さるように響く。涙が出そうなほど悔しい気持ちだ。


 こんな扱いを、ピョンやみんなはうけているのか。


 草歩はピーグイのためにドアを開け、身を引いて邪魔をしないように待つ。自然と頭がさがって、相手を怒らせないようにしている自分がいる。


 ズイズイと乗り込んだピーグイに、軽く首輪の綱を引かれて慌てて草歩も後に続く。邪魔にならないように隅に腰を下ろすと、ピーグイが言った。


 「よし、出せ」


 ピョンが馬に合図を出すと、ゆっくりと馬車が動き出した。


 草歩にとってはここしか知らない街。いよいよこの街をでて、鉱山に向かうのだ。

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