25・祈るしかない草歩。勝負の行方は!?
見守るしかない草歩は、心のなかで必死にチェスナを応援する。その応援が通じたかのようにチェスナの顔に自信が浮かび、見えないコマを動かす手に力が入るのがわかる。
チェスナの『能力』を草歩は思い出す。
最初に『宣誓』で教わった時にこっぴどく任されたっけ。
『角跳飛遊』。
この能力は「味方を飛び越えて直進できる」ものだ。つまり香車と角、飛車の三つのコマにのみ効果がある。
これを発動すれば、普通は飛車先を切ったり角道を開けなければならないところを、飛び越えていきなり相手のコマに攻撃できるのだ。もし相手がこの能力を知らなければ、あるいはチェスナがこの能力の持ち主だという情報がなければ、かなり有力な奇襲をかけることができるだろう。
例えば歩の付かれていない1、9筋に角を動かし王を狙うような手があるが、その角を香車でとることが出来てしまうのだ。
他にも飛車の戻り道や追い詰められた角の引き筋など、味方ゴマを飛び越えられるメリットは大きい。
この能力もデメリットとしては相手に権利が移るのだが、他の能力よりも1回目に与えられる効果範囲が大きいという点が有利だと言える。油断している相手にいきなり重いパンチを当てられる強さがある。
草歩もまさにその奇襲で簡単に負かされていた。
きっと能力の奇襲が効いたのだろう、有利な状況に持ち込めたようだ。
そのまま勝ち切って!お願い!
そう祈りながらも草歩は、自分がそれを本気で思えていないこと、チェスナ勝つとしたらなにか奇跡でも起こらないとありえない、とまで感じていることに、自分で腹を立てる。
勝負に絶対なんてありえないんだ。
しかし、ピョンに聞いた『無敗』という話、そしてトー伯斎師匠に聞いた相手の『能力』。
それが草歩の頭にこびりつき、恐れとして膨れ上がっている。
盤に集中しのめり込んでいるチェスナの向かいに座る『あいつ』を見る。
必死に読み、命をかけた勝負に挑んでいるチェスナとは対照的に、その態度をまるで馬鹿にしたかのように気怠く椅子に寄りかかり、扇をゆっくりと動かしながら生あくびを噛み殺し、薄笑いを浮かべている。
そしてチェスナの希望、自分が勝てるかもしれないという思いで期待に溢れる前のめりに戦う彼女の熱意を、いかにもおかしくてたまらないというような下卑た蔑みを目元に浮かべて観察している。
猫が一度捕らえたネズミを、わざと逃げさせさらにいたぶるために放置するように。
水に浮かべたアリに落ち葉を与え、それに必死にしがみつく姿を観察してから、幾たびでもそこから水へと落とすように。
「『あいつ』はな、最初は必ず相手を有利にする。楽しんでいやがるんだ」
トー伯斎師匠の言葉が浮かぶ。
「奴にとっちゃあそれすら退屈な遊びなんだ。それでいいのさな、何しろ奴の『能力』はよ」
草歩は汗の滲んだ拳を握る。
「チェスナさん、頑張るミ」
横のピョンが思わずもらした声が聞こえる。胸の前で手を組んで祈るようにしながら、それでもチェスナを信じるような真っ直ぐな目をして応援している。
そうだ、信じなきゃ。周りにできることは、チェスナを信じることだけだ。
時間がジリジリと進んでゆく。
体感的には、そろそろお互い1分将棋に入った頃だろうか。
「はあっ!」
チェスナが気合とともに、力強い手つきで見えないコマを動かした。
顔にははっきりと自信が浮かび、鋭い目つきで『あいつ』を睨み付ける。
「んん、いい顔だ。たっぷり楽しませてもらったよ、淡い望みに胸高鳴らす、愚かで救い難い白日夢に生きる『ゴミ』の表情をね。久しぶりだ。昔は皆そんな美味しい顔をしてくれたんだが、近頃では最初から諦め切った味気ないやつばかりでね」
『あいつ』は笑いをこらえるような、心底楽しいというような顔でチェスナを見つめている。
「なんとでも言え。俺が勝ったら、おまえを倒そうという希望を抱いた人間といくらでも戦えるさ」
チェスナが動じずに答える。よっぽど局面に自信があるらしい。
「くくく。たまらん、先走って震えが起きそうだ。もういいだろう、そろそろメインディッシュを頂こう。見せてみろ、今度はその顔を後悔と苦痛、焦りと絶望に歪ませるところを」
『あいつ』が何かを低く呟いた。
来た!
能力を発動したに違いない。なんと言ったか聞こえはしなかったが、師匠にその正体は聞いている。
「なに?」
『あいつ』が指した手を見て、チェスナの顔に戸惑いが浮かぶ。おそらく予想していなかった手だったんだろう。そして手が進むにつれ、その表情が驚きと困惑、苛立ちに変わってゆく。
1分将棋で時間がない中、チェスナは頭を抱え、唇をかみ、己の太腿を拳で殴りつけその焦燥を表す。
眉を寄せて苦悩し、時に己への怒りで牙をむき出すチェスナの顔を世界一面白い見せ物であるかのように、ニヤニヤと、肩を震わせて爆発する笑いを堪えながら『あいつ』は見ている。
くそ、こんなこと。
勝てるはずなかったんだ。なんとしてでも僕がとめるべきだったんた。
『あいつ』とは闘っちゃいけない。
今更のように後悔する草歩は、トー伯斎師匠の言葉を思い出す。
「草歩よ、いくらチェスナが負けて怒っても、絶対に『あいつ』と闘っちゃいけねえぞ」
ゴクリ、と草歩は『あいつ』をみながら唾をのんだ。
「『あいつ』の能力はな」
そう、能力は。
「『神に最善手を聞くことができる』だ」




