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24・チェスナの過去

 チェスナは飛車先と5六の歩を一つづつ突き銀を4八に上がる。


 相手は飛車を四間に振って美濃に構えている。角はまだ2二にいて、3三の歩がついてある。


 角道を開ける四間飛車だ。

 こちらは角道を開ける意思はないことをしめす。


 そのために7八に銀を上がりこちらも美濃の形を作る。角が離れゴマになっているので角道を通すことはできない。


 向こうはこちらの戦法を引き角だと思うに違いない。

 角道をこちらから開けることはない、と。


 その油断を誘いたい。致命的な一撃を喰らわせるために。


 チェスナは相手を見据える。

 なよなよとしたいやらしい笑いを浮かべてミャーを見ているこの男。


 人の皮をかぶった悪魔。

 殺してやりたい、という感情を必死に抑える。


 ミャーの国も、ミャーの家族もこの男に蹂躙じゅうりんされた。父である『朱の森』の国王を倒し国を手に入れた後も、兄さまを挑発し戦いを挑ませ、次々に奴隷に従えていった。一人が囚われれば他の家族が彼らを助けるために挑まないわけにはいかない。気づけば父さま兄さま、親戚しんせきたちまで奴のものになっていた。


 母さまがミャーをどんな思いで逃したか。


 挑もうとするミャーを母さまは城の城壁からはるか下を流れる川に突き落とした。

 死にさえしなければ、奴隷になるよりもマシだと考えたのだろう。


 ミャーが川辺で意識をとりもどし、痛む体を引きずって国に戻った時には全てが終わっていた。


 この悪魔が国を去る時に、国王一族を首輪でつなぎ馬で引かせて、街の大通りを国民にさらし者にしながら連れて行ったという話を聞いた。そしてその中には母さまもいた。


 皆衣服をぎ取られ、ボロ布をまとった屈辱的くつじょくてきな姿だったという。


 細い指で相手がコマを動かす。

 狙い通り飛車側の銀を進めてきた。


 チェスナは引き角の定跡をはずし4八の銀を5七へ進める。

 このまま隙を狙うんだ。ミャーの能力によって!


 チェスナはその後の悲観ひかんに打ちひしがれた自分の生活を思い出す。


 家族を助けるためにはこの悪魔を倒さなければならないが、自分よりも皇棋の強い父さまと兄さまたちがことごとく負かされた衝撃しょうげきミャーの心に恐怖として残った。


 ミャーは一人だけ助かった後悔と自責じせき、許せない相手に立ち向かう勇気もない自分の臆病おくびょうさと弱さに日々己を呪い、無為むいに周りに当たり散らした。


 気に入らない相手に難癖なんくせをつけて強盗の真似事をしてみたり、皇棋が強いと自慢する奴に拳で喧嘩を売ったり、飲めない酒を飲んでくだらない男たちと旅をしたこともあった。


 だがある日。


 ミャーはあのお方にあった。

 トー伯斎はくさい様に。


 ミャーにとっては手の届かない存在であられたあのお方は、ミャーと同じように無為な時間を過ごしておられた。


 同じように辛い思いをなさっていたあのお方は、ミャーの姿を見て手を差し伸べてくださったのだ。あのお方のおかげで、それから皇棋に向かい合い自分を高めることに時を費やすことができた。


 国や家族を奪われてから初めて未来について考えることができたのだ。

 本当に感謝してもしきれない。


 あのお方を裏切るような真似をしたくはなかったが、ここで戦わなければミャーは二度とこいつの前に立てないかもしれない。


 草歩とピョンがきてから。

 チェスナはふっと表情を緩める。


 ミャーはあの生活に皇棋とは違う満足を感じてしまっていた。

 まるでもう一度家族ができたような幸せ。


 末娘すえむすめであるミャーに、世話すべき、面倒を見るべき弟ができたかのような温かい感覚。

 これが一生続くのも悪くないな、と思ってしまった。


 家族が今もなお苦しんでいるのに。


 だからミャーにはそんな幸せを味わう権利はないというのに。 


 この悪魔を、必ず倒す。

 そして全てを救ってこの悲劇を終わりにする。


 盤面では相手の銀が5四へと上がっている。飛車先は4五が突かれている。次に銀を使ってくる展開だろう。こちらは5八に金が上がっていて美濃は完成しているが、本来王がいるべき地点に角がいる。そんな奇妙な囲いだ。


 チェスナは4七の歩を4六についた。

 相手の歩が効いている地点だ。当然相手はそれを取り返す。


 チェスナはさらにその歩を5七の銀で取り返す。

 相手の顔に初めて、戸惑いが生じた。


 そう。この銀はタダだ。今とった地点には、相手の飛車が効いている。

 必ず何かの罠がある、そう思うはず。


 だがこいつはそれを承知で罠にかかってくるはずだ。そういう奴だ、この悪魔は。

 チェスナの狙い通り、相手は飛車で銀をとってきた。


 やった。

 チェスナはすかさず能力を唱える。


 「『角跳飛遊カークワープ』!!」


 8八にいたチェスナの角が、2二の地点で紐の切れた角を取りながら馬として成り込む。


 7七の歩は動かぬままに。


 どうだ!!

 チェスナは対戦相手を見据える。


 扇で口元を隠しながら、局面や能力を確かめるように見ている。

 銀は捨てたが4筋は王と金が効いていて相手は飛車は成り込むことができない。


 馬によって1筋2筋はこちらが制圧した。そして自分の角が8八からいなくなったことで玉が美濃の中に逃げ込むルートができた。


 2筋の飛車も相手の角がいなければ簡単に攻め込むことができるはず。

 思わずこぼれそうになる笑顔をチェスナは押し込める。


 まだだ、勝ってから笑うんだ。心の底から!!

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