21・幸せは長くは続かない?チェスナの破門!
草歩も時々はトー伯斎師匠に皇棋を教わった。
師匠はコマを落として戦ってくれ、能力も様々なものを使って、その使い方や反撃の仕方までみせてくれた。
草歩にも、最初に師匠が言っていた『宣誓』は一度しかしない、ということのメリットがわかってきた。
はじめ草歩は、チェスナと師匠の戦いをみていた時も、なんで宣誓しないんだろう、その方が経験値がもらえるのに、と思っていたのだ。
しかし、そこには理由があった。
宣誓ではお互い自分の能力しか使えないという条件がある。これが曲者で、同じ相手と続けるとどうしても戦略の幅が狭くなってしまう。
しかし木のコマにはその条件がなく、どんな能力でも設定することができる。
自分が持っている能力だけでなく、師匠が経験してきた数々の能力を使って教えてもらえることで、草歩に足りない『能力』についての知識をつけることができる。
そしてその能力をたくさん知る、ということが『皇棋』で強くなる大前提なのだ。
草歩も師匠に言われて自分の『不殺友愛』だけでなく、いろいろな能力を設定して戦わされるが、これもすごく役に立つ。
なにしろ、その能力を使うために必死に頭を使うから利点や欠点、使うべきタイミングや油断したらやられる条件などがわかりやすいのだ。
例えば『越冬母熊』は玉を将棋の「穴熊」の位置に囲う能力で、チェスの「キャスリング」のように特定の条件に香車と銀をうごかすと発動できる。
同じような能力で『剛掩体壕』は将棋の「トーチカ」の形に桂馬と角、銀を動かして玉をその中に囲う。
これは相手も発動できるのだが、「キャスリング」と同じで玉を先に動かすともう使えないので、作戦によってはかなり有利になれる。
『背水乃陣』は『成り』の範囲を4ラインに広げるという変わった能力だ。相手も同じ条件になる特殊発動で、一度発動すると試合が終わるまで変えられない。
この能力は発動のタイミングと、いかにこの「4列目でなれる」という条件のもとの戦術を熟知しているかが鍵になる。
他にも様々な、将棋では考えられない変わった能力たち。
能力に慣れてくると、『詰皇棋』も次第になんとかだけど解けるようになってきた。
もちろんものすごく時間がかかるし、1問解くまでに何日も時間がかかる。うんうんうなって、こうじゃないかと予想しても、その予想が見事に罠でほんのちょっとでどうしても詰まない、ということが何度もある。
でも、そうやって頭を悩ませて、考えに考えて、もしかしたらこうなんじゃないかと閃く瞬間がとても気持ちがいい。
いままで見えなかった景色が急に晴れるように、正しい道が目の前に自然に現れて、美しい手順で収束してゆく。
それは体感する芸術作品だ。
なんで気づかなかったんだろう、と自分を責めるときもあるし、これはわからないと総当たりに考えてやっと理解ができることもある。
1問とけたからといって調子に乗って次に挑んでも、またおなじように悩まされる。
あまりにも高い壁で全部解くのはいつになるかわからないけれど。
ただ、今まで飽きっぽく、将棋の「詰将棋」では投げ出してしまっていた長い手順の「詰皇棋」が、時間をかけたとはいえ解けたのは草歩の自信になっていった。
いい師匠と、いい兄弟子と、いい『詰皇棋』の本。
優しい弟であるピョンには疲れた時に散歩や遊びで癒してもらって。
本当に最高な時間を草歩は過ごしていた。
そんな暮らしが一カ月も続いただろうか。
草歩はここでの生活がすっかり気に入っていて、このままいつまでも続けばいいと思っていた。
いつまでも続くんじゃないか、と心のどこかで思ってしまってもいたのだ。
だがある日、草歩とピョンが山での薪拾いから戻ってくると、師匠の大きな声がした。
その迫力に、ピョンはびくりと怯えたように立ち止まる。
「行くな!チェスナ 。これはおめえの師匠としての命令だ!おめえじゃ勝てねえって言ってんだろ!」
いつもの余裕のある師匠の声じゃない。荒々しく、苛立っている。
「おめえ、これだけ言ってもわからねえか?おいらの言いつけを守れねえなら、おめえは今日限り弟子でもなんでもねえ、破門だ!それでいいのか!」
「トー伯斎様、私は、近くにいることを知りながら見過ごすことはできません!師の言葉に背く私は破門で当然です。今までありがとうございました!」
「ちいっ、てめえ、おい!!」
草歩は急いで山を駆け下りた。
あれだけ師匠のことを尊敬しているチェスナがこんなことをいうなんて信じられなかった。
息を切らせて草原に出てみると、師匠が街に続く道を見送って立ち尽くす、力ない後ろ姿が見えた。
「師匠、一体何があったんですか!」
声をかける草歩に、トー伯斎はフラフラと椅子にすわり、テーブルに肘をついてため息をつく。
「はあ〜〜〜。情けねえ師匠だ、笑えや、草歩。弟子から破門食らっちまうたあな。よっぽどおいらあ無能にちがいねえ」
「そんなこと言ってる場合ですか!止めないと!」
トー伯斎は草歩をみて寂しげに笑う。
「おまえさんはいつだって真っ直ぐさな、まぶしいくれえだ。止めたって無駄なんだよ。チェの字にゃおいらの命令より大切なことがある。ここにいりゃ守ってやれるかと思ったが、心ん奥底でグツグツ煮え続ける怒りまでは消せねえ」
「それって」
草歩は、一度だけ見たチェスナの顔、負の感情に取り憑かれた怖い表情を思い出す。
「『あいつ』ですか?『あいつ』のところに行ったんですか?」
ピョンがそれを聞いて怯えたように耳をたたむ。
答えない師匠に、草歩は痺れを切らした。
薪を放り出すと、街に続く岩山の道へ向かって駆け出す。
「おい草歩!まちやがれ、どこえ行くつもりだ!」
「どこって、決まってるでしょう、チェスナさんのところです!」
草歩はたちどまりイライラしたように答える。早くいかないと置いていかれてしまう。
「追いかけて何をする気だ?」
「そんなの、わかりませんよ!でも放っておけません!!」
「クッソ、おいらはなんでこう頭の弱え短気なやろうばかりに好かれちまうのかねえ、類は友を呼ぶってやつかい?おい、きけ草歩」
トー伯斎はブツブツ一人で文句を呟いたあと、顔を上げて草歩に言った。
「チェスナを止められるもんなら止めてみやがれってもんだが、ぜってえ無理だ。今、下の『皇棋学校』に『あいつ』がきていやがるらしい。チェスナの足の早さとおまえさんのを考えりゃそもそも間に合わんだろう。
それにおいらにおまえさんを止められねえともわかってる、それほど頑固だ、おまえさんはよ。だから一つだけ言う。行ってもいいが、絶対に『あいつ』とは戦うな」
草歩はトー伯斎の真剣な口調に思い当たる。
そうだ、師匠は『あいつ』の能力を知っているんだ。それでチェスナにも口を酸っぱくして戦うなといい、破門までかけてとめようとした。
「わかりました、でも師匠、それなら教えてください」
「なんでえ?」
「『あいつ』の能力って、なんなんですか?そこまで言う相手って?」
師匠の顔が表情をなくす。怖いくらいに緊迫した空気が流れる。
一体師匠と『あいつ』の間に、何があったんだ?




