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20・『あいつ』の戦績!弟子未満の楽しい日々

 でも、と草歩は思う。


 「ピョン、『あいつ』が指南役しなんやくになったのは五年前なんだろう?それに国をかけた戦いや、他にも大きな『宣誓決闘オースデュエル』をしている。そしたら能力だってある程度対策されてるだろうし、みんなで全力で『あいつ』にぶつかって、指南役からおろすこともできるんじゃない?」


 ピョンは涙でただでさえ赤い目を白目まで真っ赤にして、草歩をキッとにらんで首をふる。


 「いいえミ。『あいつ』に勝つことなんてできないですミ。ミーたちも最初はそう思っていました。こんなひどいことをする奴は、来年必ず負けて復讐ふくしゅうされるんだって。でも」


 ピョンの次のセリフは衝撃的だった。


 「『あいつ』は負けたことがないんです。最初に貴族皇棋戦きぞくこうきせんに現れて無敗で『御前試合ごぜんじあい』を制してから、ただの一度も」


 「なんだって!?そんなバカな!」

 そんなことあり得ない。


 そう、どんなに強い人だって、五年戦ったら必ず負けることもあるはずだ。


 藤井聡太ふじいそうたさんはプロデビューして負けなしで29連勝という信じられない記録を持っている。それでも期間は2016年12月24日から2017年6月26日までの半年だ。


 それ以降は8割以上の勝率で、とんでもなくすごいけれど、7冠を独占していた時の羽生善治さんだって8割5分くらいの勝率だ。


 負けないなんてあり得ない。


 どんなに強くったって、それこそ相手とすごい実力差がない限り、五年にも渡って様々な強い人と戦って勝ち続けるなんて無理なのだ。


 草歩は『あいつ』を倒さないと、と思っていた自分を少し反省する。


 そりゃそうか、言ってみればトー伯斎はくさい師匠ししょうですら勝てないってことなんだろうし、この国を守るためにみんな必死で戦った結果が今の状況なんだものな。


 どれだけ強い奴なんだろう。

 ピョンを抱く草歩の手が震える。ピョンはそれに気付いて、草歩の手に自分の手を重ねた。


 「兄貴あみきミーたちのために、『あいつ』に勝とうと本気で思ってくれているのがわかりミす。そうでなかったら無敗だと聞いてこんなにショックを受けたりしないですミ。


 昔はミんなそうだったんです、『あいつ』を絶対倒してやろうって『皇棋』の腕をみがいて挑ミ続けて。


 今はこの世界の住人はあきらミてしまって、奴隷ですら、ミーのように仕方ないと思って受け入れて無気力に過ごしていたんですミ」


 ピョンは草歩の手をとって、両手で強く握りしめる。

 泣いていたはずのピョンが草歩をみる目に、キラキラした希望の光を感じて草歩は戸惑とまどう。


 「でも、兄貴あみきは勝てるとか勝てないとかよりも、まずミーを助けようと怒ってくれたミ。そしてミーは思いますミ、兄貴あみきなら、かならず『あいつ』を倒せると!」


 そんなふうに思ってくれているなんて。


 「絶対に『あいつ』を倒して、この世界を救ってくれると、このピョンは確信していミす!!」


 くじけかけていた草歩の心に火が宿った。

 そうだ、最初からあきらめてちゃできるはずない。


 ここで『皇棋』の力をつけて、『あいつ』を倒すんだ。僕の能力で! 


 と、普段だったら勢いがついてモリモリ勉強しだすはずなのだが、「無敗」という言葉がどうしても草歩の中に引っかかる。


 負けたことがないって、やばい。 

 トー伯斎師匠でも勝てないことの凄さが、師匠と一度戦った草歩には実感を持って感じられる。


 ピョンはこんなに信じてくれているのに、僕に果たしてできるだろうか?裏切ることにならないだろうか?


 知らず、ピョンに握られた手がまた震え、今度は冷や汗をかいていた。


 ピョンがそれに気づき不思議そうにみるので気まずくなった草歩は手を離し、汗をふくと強がっていった。


 「武者震いさ。ピョン、ありがとう。僕は必ず『あいつ』を倒してみせるよ」


 草歩はそう言ってから、自分の中で思う。

 これはピョンを喜ばすための言葉じゃない。僕の本心だ。


 この国をめちゃくちゃにして、ピョンや、きっとチェスナにも辛い思いをさせるようなやつを許すわけにはいかない。


 今の僕では勝てないかもしれないけど、いつか必ず。

 草歩は拳を握って自分に誓う。


 『あいつ』を倒す。


 決意の表情になった草歩を見たピョンは、嬉しそうに笑ってなんどもうなづき、


 「そうですミ、兄貴あみきなら倒せるですミ!」

 と興奮こうふんしたように言った。



 ピョンの情報はそこまでだった。


 『あいつ』の能力に関しては知らないようで、ただ「無敗」という噂だけが国中に流れているらしい。


 チェスナには二度と聞く気になれなかったし、今のところは『あいつ』の情報は諦めて、草歩は『皇棋』の修行にはげむことにした。


 チェスナはいざ草歩を認めてくれた後は、とても面倒見のいい兄弟子あにでし(姉弟子じゃないの?と草歩は思うのだけれど、チェスナが自分でそういうので仕方ない)だった。


 一度『宣誓オース』で、能力の説明もかねて戦って負かされたけれど、それ以降は木の盤を使って教えてくれた。草歩に『宣誓』で勝ち続ければチェスナのレベルがあがるというのに、そうやって相手を利用することは嫌いなようだった。


 『詰皇棋』に悩んでいれば、気晴らしにどうだと言って1局指してくれ、その中で指定した能力などでさりげなく気づきを与えてくれることもあった。


 掃除や薪割り、果物の一番美味しい収穫時期や、かまどの火の付け方まで、厳しいが丁寧に教えてくれる。


 草歩は一人っ子で兄弟がいなかったが、もし姉さんがいたら、こんなかんじなんだろうか、それとも兄さんかな?と思ってなんだかくすぐったい気持ちになった。ピョンもいるし。


 ピョンは弟だから、まるで三人兄弟でキャンプをしているみたいだ。


 それにチェスナのトー伯斎師匠への気遣きづかいぶりは本当にすごい。


 教えてくれることのうち半分くらいは師匠の好みに関するものなんじゃないかと思うほどだ。


 お酒の銘柄めいがらの好み(これは時々一緒に街に買いにいく)、燗酒かんざけ(お湯にお酒を入れた容器を入れてあっためたお酒のこと)の一番いい温度、酒の容器につかう瓢箪ひょうたんは水に沈めて腐らせてから中のタネを取ること、好きな魚の焼き方、朝何時に起きるか、寝たら起こさないこと、瞑想めいそうの邪魔をしないこと、風呂を入れるタイミング(これは滝行のあとは風呂に入るらしいので見計らって沸かす)、果物の好み(なかでも桃が好物なのでよくれた桃を出すこと)、歌が始まったら話しかけないこと、『皇棋』を教わるタイミングはトー伯斎師匠の気が向いた時でこちらから言わないこと、師匠と戦った皇棋の棋譜きふをつけること(これはまともな教え)、敬語を使うこと(師匠がやめろと言ったらやめて、でもまた次の時は使うこと)、尊敬すること、よく見て何をすべきか考えること、感謝の気持ちを忘れないこと、できれば朝晩師匠に感謝する祈りを捧げる、かもし出すオーラを感じる、崇拝すうはいする、うやまう、ともかく日々師匠のことを考える、などなど。


 チェスナはどうもトー伯斎師匠に尋常じんじょうでない思い入れがあるみたいだ。


 ほとんど師匠に口を聞かないから、どうしてそんなに距離をとっているのかと聞いてみたことがある。そうしたらチェスナは顔を赤くして戸惑とまどったような顔をして、


 「しっしっしっし、師匠と話そうとするだ、だけで、き、緊張して、な、なにも出てこんのだ。あ、あんな偉大なお方といられるなんて、いまだに信じられないよ」


 などと言っていた。


 草歩とだんだん親しくなってくると、師匠の話題に関しては口調が変わって、


 「あー、今日もなんて御稜威みいつあふるるお姿であろうな、あの髭、あの悠然ゆうぜんたる立ち居振いふい。みているだけで心が洗われるようだな」


 と小声で、でも興奮を隠しきれない様子で、草歩にはただの酔っ払いにしか見えない師匠を見ながら言ったり、師匠に呼ばれれば、


 「ああ、ミャーにお声をかけてくださったぞ、うらやましいだろう。さあ、今日は何を教えていただけるか、考えるだけで胸が高鳴たかなる!」


 などとにやにやしながら照れたように草歩をこづいて(結構いたいのでやめてほしいが)言って、師匠のところにいくといつもの仏頂面ぶっちょうづらをしている。


 借りてきた猫というか、猫をかぶっているというか。


 草歩が呼ばれれば切なそうな顔で、


 「ああ、なんでこんなチビをお呼びになるのです、ミャーの何が至らなかったのか」

 と泣きべそをかくし、草歩が戻ってきたら

 

「おい、何を教わった?ん?言えよ、どんなお言葉をかけて頂いたんだ?」


 とワクワクしながら、何かアイドルのコンサートに行ったファンが情報交換するみたいなテンションで、自分が教わった素晴らしいセリフを、その時の師匠の顔を思い出しながら夢見るように語るのだ。


 草歩には理解できなかったけれど、チェスナは師匠のことが大好きなんだな、とは思った。

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