19・明らかになるこの国の秘密。一体過去になにが!?
トー伯斎。
草歩の将来の師匠の名前だ。
草歩がなんだか感激して、滝に打たれるトー伯斎を見ていると、チェスナが今度は優しい声で話しかけてきた。
「あのお方が滝行をするのは珍しいことではないが、今回は普段とは違う。俺がきてからはずっと険しい、迷いを払うような顔でなさっていたんだがな、今のお顔の、なんと晴れやかで純粋なことか。お前がああさせたんだとすると礼を言わねばならないな」
「そ、そんないいよ、です。礼なんて」
いきなり今度は褒められて、草歩はどうしていいかわからない。
どうもこのチェスナって人、ピョンと同じような感激しやすいタイプ見たいだ。
でもそれが怖いんだよな。
「お前の能力に興味を持たれたようだったな。あのお方は『詰皇棋』作家でもあるが、ずっと己の作品作りになやんでおいでだったようだ。きっとお前に刺激されて、何か閃きが浮かんでいるんだろう」
チェスナは労わるような目でトー伯斎を見る。
「常に今の状況に心を痛めておいでだから、ああして己と皇棋の世界に深く潜って周りのことを考えずに没頭なさるのは、俺は初めて見る」
「その、今の状況っていうのは、やっぱり『あいつ』っていうのが関わっている、いるのですな?」
「ちぇっちぇっちぇ。妙な敬語だな。よし、いい。俺にはそう無理に敬語を使わないことを許そう。あのお方に対しては決して許さんがな。そうだ、お前名前は?」
「天沼草歩」
「ソーフか。俺はチェスナ。『神の心宿る朱の森』から来た。よろしくな」
「うん、よろしく、チェスナ。チェスナも僕と一緒でよそからきたんだね」
と、チェスナの表情が急に変わった。
怖いほどに真剣で、苦しみと怒り、やるせなさや後悔といった負の感情が混ざり合いその激しさに自分が押し潰されるのを堪えている、そんな顔だ。
「来たくてきたわけじゃない」
「チェスナ?」
「ああ、すまん。しかしソーフは本当に『あいつ』のことも、この国のことも知らんのだな。ある意味羨ましい。俺もその頃に戻りたいものだ、できるならばな」
「一体何があったんです?」
草歩の問いに、チェスナは急に壁を作るかのようにいままでのような無表情になり、短く答えた。
「言う気はない。ただ一つ。俺がここにいるのは、あの方から皇棋を教わっているのは『あいつ』を倒すためだ」
そして振り向くと皇棋盤のあるテーブルに座り、一人で皇棋の研究を始めてしまった。
「『あいつ』って、一体?」
呟く草歩。と、
「怖かったですミ」
と言いながらピョンが近づいてきた。
そうだ、ピョンなら何か知っているはずだ。
「ピョン、ピョンは『あいつ』やこの国の変化について知ってるんだよね。よかったら教えてくれないかな、チェスナや他のみんなと話すのに、今のままじゃ相手の気持ちもわからないんだ」
「そ、そうですミ、兄貴は本当に何にもしらないんですミ?」
と言ってため息をつくピョン。
「ミんなが話したがらないのは当然ですミ。辛い話ばかりですからミ。わかりミした」
ピョンは草の上に座って、目の前のピンクの花をそっと摘むと、その匂いを嗅いで切なそうな顔をする。
草歩は隣に腰を下ろした。
「何があったんだい?」
「あれは、そう、『あいつ』がこの国を変えてしミったのは、五年前になりミす。
この国が『皇棋の神』の国だというのは、兄貴も知ってミすよね?で、この国を実際に治めているのは皇王様でして、代々王家にその時代たった一人、皇棋の神と直接やりとりのできる力を備えたお方が存在し、その方が皇王になるのですミ。
皇王の力はあまりにも絶大で、何しろ神の力を借りれるのですからミ、かつてはその傍若ぶりや傲慢さで悲劇が起こったこともあったのですミ。そこである時代の聡明な皇王が、自分の子孫がこれ以上道を間違えないように、神官や家老、識者たちと協議してルールを決めたのですミ。
それは、毎年貴族の間で皇棋を戦わせ、年に一度の決勝戦を皇王の前でおこなう。その『皇王御前試合』で一番強いものが皇王の『皇棋指南役』として御側につかえ、その一年は『指南役』の意見が国の意見として代表される、と」
草歩は納得して顎に手をやる。
「なるほど、確かに皇棋の国ならではの発想だね。皇棋が強かったら力も知識も一番あるわけだから、その人の意見ならみんな聞くのは仕方ないものね」
ピョンもうなづく。
「そうですミ。それをその皇王は神に願って、以降の皇王はそれに従う、という約定を神と結んだのですミ。
実際その取り決めはとてもうまく行きミした。貴族中からよりすぐりの棋士が集って切磋琢磨し、また純粋に強さで決まるわけですから変な駆け引きも生まれない。
兄貴もいうように皇棋の強い人は総じて頭もよく力も度胸もありますし、一年という期限なのも、おかしなことをすると来年仕返しされることにもなりかねないので、みんな善政を敷いたのです。
皇棋によって周りの国々とも対等に交渉し、関係を保った。
チェスナさんの『神の心宿る朱の森』やドラゴン族の『天上海峡』、ゴブリンの国にホビット族、エルフ族の国などが連邦のような関係性でこの国を中心に平和に過ごしていミした。
僕の『砂鼠ヶ原』もそういう国の一つでしたミ」
ピョンの声が次第に小さくなり、言いづらそうに変わっていく。
「でも、五年前『あいつ』が、貴族たちの戦いの中に突然現れて、『皇王御前試合』で勝利して『指南役』になった、その時から全てが変わりました。
『あいつ』は周辺国とのゆるやかな連携をぬるいとして、全ての国を直接皇王が治めるべきと進言し、相手の国に皇王の軍を送ったのです。
戦争など何世代も前のこと、それぞれの国の長たちは同族の血を流すことを恐れ、『あいつ』に言われるがままに国の権利をかけて『皇棋』で『神前決闘』に挑むことになったのです」
「そんな、なんだって?ピョンみたいに自分自身だけじゃなく、国の支配権まで『皇棋』でかけるなんて、そんな馬鹿な話」
ピョンが初めて、責めるような目で草歩を見た。
「じゃあ兄貴は戦争をした方がいいというんですミ?いままで仲良しだった相手と、国民たちに命をかけさせて、傷つけあって血を流し合う方がいいと言うんですミ?」
「それは」
草歩は答えに詰まる。
確かに殺し合いは良くないけど、でも『皇棋』にそんな大事なものまでかけるなんて。
やっぱりおかしいと思ってしまう。
「ともかく、指導者たちはわずかな望みをかけて血を流さない『神前決闘』を選びました。そして皆負けた。
僕の『砂鼠ヶ原』の長耳の王も負けて、国は皇王、いや。『あいつ』のものになったんです」
泣きそうな声でピョンはいう。
「もともと貧しかった僕の国は『あいつ』の決めた皇王への奉納品をとても納めきれなくて、国民は出稼ぎや引越しでバラバラになりました。そしてそれでも食べていけない人々は、『あいつ』が復活を許した奴隷制度によって自分自身をかけて戦わざるを得なくなって、それで僕のお母さんも、僕も」
どんどん言葉が小さくなっていく。
シクシク泣き出したピョンの背中をさすって、反対の手を肩にまわしてギュッと抱きしめながら草歩はいう。
「ピョン、つらい話をありがとう。君は大変な思いをして生きてきたんだね。そうか、そんなひどい話だったのか」
草歩はこの国にきたばかりのことを思い出す。
みんな皇棋を楽しんでやっていると思っていたけれど、そういえばやっていたのはいかめしいゴロつきみたいなやつらばかりだった。
きっと『あいつ』に雇われている兵隊なんだろう。『皇棋』は強いからいい思いをしていて、ピョン見たいな弱い人間をたすけようともしない。
それどころかきっと他の国をいじめているんだ。
あとの人はレストランのおじさんや街の商人のように、皇棋で戦うのを諦めてそいつら相手に商売して生きていくので必死なんだろう。
許せない。
草歩の中に、誰かもしらぬその『あいつ』への怒りが大きくなる。
ピーグイなんかを倒しても何も解決しないんだ。
ピョンみたいな子を作らないためには、『あいつ』を倒さないと。




