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17・棋界の伝統、師匠と弟子

 「おまえさん、『詰皇棋つめこうぎ』がたりてねえな、全然よ」

 『宣誓決闘オースデュエル』が終わりガックリとうなだれている草歩に老人がそう声をかけた。


 そうだ、ここにくる前に「将鬼しょうぎウォーズ」をやっていた時にも思い知らされていた。


 強い人は最後の詰みがとんでもなく早い。

 わかっていたはずなのに。


 老人は立ち上がり、酒の樽のある方へ鼻歌を歌いながら歩いていく。


 「ながい〜〜〜き〜〜〜は〜〜〜〜〜〜〜ああ〜〜してみ〜〜〜る〜う〜〜〜〜もんだ〜〜〜〜〜〜〜っと。まさ〜〜か〜〜〜〜〜取ったコマ〜〜〜打つ〜〜〜たああ〜〜〜ぶったまげ〜〜〜〜〜〜〜とな」


 草歩はしばらく動けないでいた。

 負けたことがショックというよりは、これからどうしようか考えられなかったのだ。


 「兄貴あみき?」

 ピョンが近寄ってきて様子をうかがう。


 「大丈夫ですかミ?」


 そうだ、僕はピョンのことも考えなきゃいけない。ここで弟子になれなかったからと言って、落ち込んでたらピョンはどうしていいか困ってしまうだろう。


 「うん、大丈夫。ありがとう」

 草歩はちょっと無理して笑顔をつくる。


 「弟子にはなれなかったけど、お爺さんに一局教えてもらってたくさんのことに気付けたし、ここへ来てよかったよ」


 「そうですかミ!うん、兄貴あみきが粘ったからあのお爺さんも指してくれたんですミ」


 「そうだね、ピョンが果物を持ってきてくれたのも力になったよ。よし、じゃあナチータさんのところへ行こうか」


 「そうですミ。また強くなってリベンジしミしょう」

 草歩は立ち上がって入り口に向かって歩き出す。


 目の前の木に咲く薄黄色の花が風で舞う。

 美しいけれど、草歩の心にはとても悲しく映る。


 強くなって、か。確かにそうかもしれない。でも、師匠と弟子というのは、えんでもある。


 森信雄もりのぶお七段と村山聖むらやまさとしぞう九段のように。


 杉本昌隆すぎもとまさたか八段と藤井聡太ふじいそうた竜王のように。


 豊島将之とよしままさゆき九段も去年、現役棋士げんえききしとしては最年少で岩佐美帆子いわさみほこさんを弟子に取った。きっとこれから、きずなを作っていくだろう。


 どんな師弟でもそれぞれ特別な絆がある。

 でも、師匠はやはり一人だろう。


 僕が『皇棋学校』に入ったら、そこの先生が師匠になる。そうじゃなきゃ先生に失礼だ。


 もう、このお爺さんを師匠と呼ぶことはないんだ。

 足取りはどうしても重くなる。


 ピョンにはがっかりした姿を見せないように気をつけながら、草歩は一歩一歩進んでいく。


 僕の実力が足りなかったんだ。

 これも縁がなかった、ということ。


 「覆水盆ふくすいぼんかえらず」と、お爺さんに教わったじゃないか。前を向いて行こう。


 草歩は草原から岩山に続く道の前で振り返り、景色を目に焼き付けると、深くお辞儀じぎをした。


 ありがとうございました。


 顔をおこし、ピョンに声をかける。

 「さ、行こう」


 「はいですミ」

 振り返って一歩踏み出そうとする草歩。


 と、老人の声が聞こえた。

 「おまえさん、ちょいと待ちねい」


 「えっ」

 慌てて草歩は振り返る。


 老人はお酒を飲みながら川に向かってゆっくりと歩いて、草歩に向かってちょいちょいと指を曲げる。

 「ちいっとばかし、ききてえことがある」


 「は、はい」

 なんだろう。もしかしたらという思いが勝手に胸を高まらせる。


 「な、なんですか?」


 川に面した、竹で作った腰掛けにいる老人のところに駆け戻り、うながされて横に座る。


 椅子に片足をあぐらのように上げて、片ひじを膝にのせて鯔背いなせに構えながら、鋭い、あの全てを見透かすような視線を草歩に向ける老人。


 「おまえさんの『能力』だがな。おれぁ今まで3千を超える相手と指してきたが、一度も見たことがねえ。それどころか似た能力すら知らねえ」


 老人の探るような目に、草歩はなんだか居心地が悪くなる。

 別に隠し事があるわけでもないのに悪いことでもしたような気分だ。


 「そんなやつあ、『あいつ』だけだ。そしてだな、おまえさんにもどこどなく、『あいつ』に似た何かを感じる」

 また『あいつ』だ。


 「その、『あいつ』っていうのは、この国を変えた人のことですか?」


 「ふん、ああ。そうさな」

 老人の目がいつもと違う険しさを帯びる。お爺さんがこんな余裕のない顔をするのは初めてだ。


 「その人のこと、知ってるんですか?」

 「おいおい。質問してるのはおいらのほうだぜ?」


 と老人が草歩にぐいと顔を向け尋ねる。

 「おまえさんこそ、『あいつ』の仲間なんじゃねのか?」


 「えっ?」

 意外な問いに言葉に詰まる草歩。誰だか知りもしないのに、仲間なんて。


 「そうとしか思えねえんだなあ、おいらにゃあ。こんな誰も思いつかないような能力、それこそ」


 グビリ、とわざと音がでるように酒をのんで老人がにらむ。

 「この世界の『外側』からきたようなやつじゃなきゃよ」


 うっ。するどい。

 草歩は慌てて両手を振って否定する。


 「そ、そんな、違います。僕、その『あいつ』ってのが誰かもほんとに知らないのに。この国に来たばかりなのは事実ですけど」


 異世界転生してきたなんてとても言えないので、なんとか誤魔化ごまかそうと必死な草歩。


 「そうですミ!兄貴あみきが『あいつ』の仲間なんてとんでモないミ!!ミーを助けてくれた兄貴あみきは、あんな悪者の仲間どころか、真逆まぎゃくのヒーローだミ!」


 隣で聞いていたピョンが老人に本気で怒ってくれた。

 ありがとう、ピョン。


 「かっかっか。まあ、そりゃそうじゃな。こんあ弱っちいガキンチョが、『あいつ』の仲間なわきゃねえか」

 老人は急に相好そうごうくずして高笑いだ。


 「弱っちいなんて!」

 思わず怒る草歩。


 「それに、おまえさんの指し手は、もっとこうのびやかで指してて気分がいいやな。能力もそうだ。殺さずの力、か。

 そうさな、ほんとうにちょうどそのがいうように、真逆まさかかもしんねえな」


 ニコニコと草歩の肩を叩きながら老人がいう。

 これは、もしかしたらチャンスかもしれない。


 「あのお爺さん、僕さっき負けちゃたんですけど、でもお願いです」

 と草歩は椅子から立ち上がり、老人の前で姿勢を正して頭を下げる。


 「どうか僕を弟子にしてください!」

 「いや、ダメさな」


 ずっこけそうになるほどのテンポで老人は答えた。

 「そ、そんな」


 期待してもダメだとわかってはいたけれど、やっぱりガッカリしてしまう。


 「おまえさんにゃあ、基礎きそがなってねえ。俺にゃあ教えようがねえほど、弱え」

 老人の追撃が胸に刺さる。くそ、なにも言いかえせない。


 「弱えは知識ちしきはねえは考えは甘えぇは救いがねえ。ともかくまず『詰皇棋』が弱え」

 とグサグサ草歩に追い討ちをかけた老人は、ふところに手を入れて何かを取り出した。


 そしてそれを椅子の上に投げた。

 それは二冊の本だった。

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