10・先を急ぐ草歩、ピョンに捕まる
「ありがとう、ありがとう」
ピョンは何度も何度も草歩にお礼を言った。そしてお礼を言って今度は泣き出してしまう。嬉しいのと緊張がとけてほっとしたのと、いろいろ入り混じっているのだろう。
レストランのおばさんに優しく抱きしめられながら、頭を撫でられて泣いているピョンを見て、草歩は本当によかったと思う。
でも、草歩にはもっと気にかかっていることがあった。
あの酔っ払いの老人は誰なんだろう?『宣誓決闘』他の人には見えていないはずだし、ピーグイの能力は誰も知らないとおじさんは言っていたのに。
あの時、まるで僕がどういう理由で悩んでいるのを分かっているかのようにあの老人はアドバイスをくれた。偶然とは思えない。
「おじさん、さっきお酒の杯を落として割ったお爺さんがいたよね?あの人誰だかわかる?」
「ん?ああ。あの人は『皇棋』を教えてる老人だよ」
「やっぱり。じゃあすごく強いんだね?」
草歩の言葉に、おじさんは肩をすくめる。
「そうらしい。『皇棋学校』で指導をしてる棋士たちが教えてもらいに行くくらいだからな。でも変わった爺さんで、気に入った奴としか指さないし、誰が持ちかけても『宣誓』はしないらしいよ」
「『皇棋学校』って?」
「そのまんま、『皇棋』を教えるところだよ。強くなりたかったら当然いい師匠に教わらないといけないだろ?『皇棋』で上を目指す連中は生徒から入って、学校の先生をやるのが普通なんだ。生徒同士で戦って、もし強ければレベルが上がるし、先生になって生徒に指導すれば効率的にレベルがあがるからな」
そうか、人気のある棋士なら、指導者として教えるだけでもかなり経験を稼げるわけだ。
なんだか動画の再生数が収入や影響力につながる配信者の世界に似ているかな、と草歩はおもった。
それに、「将棋」にも『奨励会』というプロになるための登竜門がある。日本中からプロを目指して小学生が集まってきて、そこで厳しい戦いを勝ち抜かないといけない。
半年で二人、一年で四人しかプロになれないと決まっている狭き門だ。
だから奨励会でプロになれなかった人ももちろんすごく強い。
『将鬼ウォーズ』を動画配信している人にも、『アゲアゲ』さんや『歩』さんという元奨励会の人たちがいて、草歩もよく見ている。
そしてなんとアゲアゲさんは、動画配信を続けながらアマチュア大会でプロ棋士に勝ち続け編入資格を得て、プロ棋士編入試験を勝ち抜いてプロになったのだ。
本当にすごいことだ。
草歩も将棋を初めたばかりだったけれどそれを見てすごく感動した。
これだけ『皇棋』が盛んで勝てばなんでも手に入る世界なら、『皇棋学校』はもっと熾烈でもっと大勢の人たちが集って競い合っているんだろう。
そう聞いた草歩に、
「『学校』も昔はもっと賑わってたんだが、最近はな」
おじさんはぼやくように言って首を振り、続ける。
「まあ、さっきのことでわかっただろうけど、知らない相手と『宣誓』で戦うこと自体にかなりリスクがあるだろう?だから弱いうちは安心な学校で教わって、自分の力を見極めるのがこの国では普通のことなんだよ」
「てことは、その『指導棋士』が教わりに行くお爺さんは、めちゃくちゃ強いってことだね?」
「俺は指してもらったことないし、酔っ払いの姿しか見てないからほんとのところはなんとも言えないけどさ」
おじさんは笑って厨房の方に戻って行く。
「ありがとう、あと一つだけ」
「ん?」
「そのお爺さんの住んでるところわかる?」
草歩はレストランを出た。そしておじさんに教わった方向に歩いてゆく。
街の中には黄色のカバを連れたホビットや石のような肌をしたゴーレム、爪のついた翼を背中にたたんだ紺色の体をしたデーモンなどがあたりまえに歩いている。
売っているものも、青紫の野菜や真っ黒なワタ毛の花、綺麗な絨毯や鮮やかな色のローブ、派手な飾りのついたをした防具や磨かれてピカピカ光る本物の剣など、草歩が今まで生きていた世界では絶対に目にしないようなものばかりが並んでる。
でも街並みも歩く人たちも、草歩が前によく遊んでいたいくつかのゲームを混ぜ合わせたような見知っている雰囲気なので、初めてくる街のはずなのに全然戸惑うことはなかった。
それどころか周りを見るのにはもう興味を失って、草歩は『皇棋』のことばかり考えていた。
僕にも絶対に『皇棋』の師匠が必要だ。ピーグイには勝てたけど、あいつは弱い奴としか戦わない「ずるさ」で勝負する相手だったからだ。
もし相手がもっと強かったら今の僕では歯が立たない。
そして、「師匠」にするならあのお爺さんしかいない、と草歩は心に決めていた。
早く教わった場所へ向かおうと、気がはやってズンズン歩く草歩。
すると、いきなり誰かが抱きついてきた。
「わあっ」
考え事で頭がいっぱいだった草歩は飛び上がって驚き、後ろを見る。
「あの、驚かせてごミんなさい。何回も呼んだんだけど、兄貴、全く気づいてくれないんだモの」
そこには息を切らせたピョンがいた。絶対に草歩を逃すまいとしているのか、腰のあたりにがっしり抱きついて離れてくれない。
「だって、まとミ(まとも)に礼も言わせてくれないで行っちまうんですモの。逃しミせんからね」
ピョンの耳が顔に擦れてくすぐったい。
「わかったわかった、逃げないから離れてくれよ」
「ほんとでしょうミ?」
ようやく離してくれたピョンは、草歩にきちんと向かい合い、両手を前に揃えて、うさぎ耳をピンと伸ばして、深々(ふかぶか)と草歩にお礼をした。
「兄貴、ほんっと〜〜〜〜ミありがとうございミした!まさかこの世界に自分の身を賭けてまで他人の僕を助けてくれるお人がいらっしゃろうとは思いミしませんでした」
「ううん、いいんだよ。君が乱暴に扱われるのが許せなかっただけさ。それよりその、「あみき」って何?」
ピョンは顔の位置は草歩より低く小柄だ。人間とウサギが混じったような顔をして、ベージュ色のふさふさの毛に赤い大きな目をしている。
その顔を思いっきり草歩の方に突き出すと、
「これからあなた様のことを、兄貴と呼ばせてくださミ!このピョン、一生兄貴についていきミす!!」
と言って草歩の手を両手で握ると大きくぶんぶんふって、そのうち大きな目がだんだん潤んで、また泣き出してしまった。
「ミュウウウウウッ。このピョン、こんなミ感動したのはうミれて初ミてです!人生の手本になるお人をミつけたんです。この御恩、一生かかってお返しいたしミす、ミュウウウウウウ〜〜〜〜〜ッ」
「わかった、わかったからもう泣くなよ。そっか、ピョンも自由にはなったけど行くとこないのかな?じゃあ、一緒に来なよ」
草歩が笑ってそういうと、ピョンはパッと笑顔になって、
「いいんですか、兄貴!ありがとうございます!ありがとう、ミュウウウウウウウッ」
と言ってまた泣き出した。
なんだかひどく感激しやすいたちみたいだな。草歩は頭をポリポリかいて、この妙な道連れをやれやれと眺めた。




