(3)機体の整備をしよう
昼食を摂った私は、午後から専用機の整備をすることにした。
当直についているリッカルドに一言断ろうと、一度艦橋に戻った。
「じゃリッカルド、じゃなかった。提督、私は機体整備のために格納庫に行きますので、何かあったら連絡をお願いします。
「ああちょっと待て、フランチェスカ」
「何でしょう?」
何か懸案事項とかあったかしら?
というか名前で呼ぶなよ。部下がみんな見てるぞ!
「未決書類の件なのだが……」
「それなら、副官のミラー大尉に引き継いでいます。彼に聞いてください」
存在感の薄いミラー大尉は、フェラーリオ参謀にすら、『そういえばいたな……』と言われてしまうほど印象が薄い。リッカルドが雑事から何から私ばかり呼びつけるものだから、それをいいことにミラー大尉も裏方に徹するようになってしまった。たぶんそれが、原因じゃないだろうか?
本来なら、彼が正式な提督の副官なのだから、その手の職務は彼が担当する筈なのだ。
「では、次回の演習計画はどうなっている?」
「まだ前回の演習結果のまとめが、終わっていなかったと記憶しています。参謀にお尋ねになっては?」
前回の演習はランダム要素を混ぜすぎたせいか、想定外の事象が多く、改善点やROE(交戦規定)の改定申請とかがあって、時間がかかっていた。確か今日もフェラーリオ参謀と航空科の会議が入っていたはず……。
「む、では、次の補給計画は……」
「業務部長の谷少佐の領分ですね。午後に補給科長と会議と聞いています」
「………………艦隊内で、病気療養中とか怪我で勤務を離れている者とか……」
「医務部長のブルーノ先生に聞いてください」
そろそろ怒ってもいいかな?
「そうだ! 群艦隊司令部に出す定期報告書の件で……」
「リ、じゃなかった、提督! 私はあなたの秘書ではないんです!!」
私は提督の目の前のコンソールを バン! と叩いた。
「お、そうだ、ジナステラ少佐を首席秘書官に任命……」
「人事部長か法務部長と相談してください! 私はもう行きますからね!」
「あ、ちょっと待て! フランチェスカ!」
私は呼び止められるのを無視して、格納庫へ向かった
★ミ
「……と言うわけなのよ、どう思う?」
「そうですねぇ……。ちょっと自分らには……」
私は専用機の格納庫で、機付長のニジェール曹長とヤス3曹と機体の点検整備をしていた。
二人は、わざわざこの専用機の為に、トリポリ基地から転属してきたのだ。本当は技術士官付の整備エンジニアなのだけれど、機体データの収集も兼ねて派遣されてきているのだ。
「いいのよ、ちょっと愚痴りたかっただけだから」
「はぁ……」
艦橋詰の幕僚トラブルなんて、整備の人たちには全く関係ない事柄だから、返答にも困るだろう。
「でも、わざわざ少佐に整備を手伝って頂けるなんて、恐縮です」
「2人に任せておいてもいいのだけれど、まだ航宙軍に1機しか存在しない私専用の試作機だし、よく知っておきたいのよ。グエルディ中尉もよく来ているんでしょう?」
フェルナンド・グエルディ中尉は、私の後席担当だ。付き合いの長い、気心の知れた同僚で、何度もバディを組んで戦場を翔けた。
「中尉は新しい物好きだそうですからね。よく手伝って頂いています」
「そうなの?」
見かけによらず、心配性の彼のことだ。きっと私が不安にならない様に、何時でも乗れるように、気を使ってくれているのかもしれない。
「少佐、油圧系統の点検終わりました。ジャッキアップして着陸脚の格納テストしませんか?」
「了解、じゃコックピットへ行くわ。ついでに動翼とスラスタの可動チェックもする?」
「そうですね、お願いできますか?」
「了解」
あらかじめジャッキは当ててあったので、慎重に機体を上げるだけだ。
量産されている汎用機ならジャッキアップポイントは、どの機種も大体同じ位置に設定されているので、それ用の整備格納庫に入れれば、直ぐにジャッキアップできるのだが、私の専用機はそれらと配置が全く違うので、一ヵ所ずつジャッキを当てなければならない。面倒だけど仕方がない。5か所に充てたジャッキがそれぞれ連動するのを確認してから、私はラダーを伝ってコックピットに乗り込んだ。
インカムをつけて、機体電源を投入し、姿勢計が正常であることを確認してから操縦系切替スイッチをEXTERNALに切り替えた。
「どう? 操縦系切り替えたけど、モニタできてる?」
『OKの様です。降りてきてください』
「了解」
私はまたラダーを伝って機体から降りた。ジャッキアップ中は基本的にコックピットは無人にすることが決まりになっているので、機体の操作は外部の整備用コンソールから行う。
「では少佐、ジャッキアップしますね。モニタの監視、お願いします」
「了解よ」
ジャッキの集中コントローラーを操作して機体をジャッキアップする。
続いて着陸脚の格納テスト。
「ヤス! ピン抜け」
「了解」
ニジェール曹長が、部下のヤス3曹に指示を出す。
接地している機体の着陸脚が、万が一にも動作しない様に、安全ピンがギアの決まった位置に刺さっている。このピンを抜かないと、ギアが動かないようになっているのだ。
他にも必要に応じて、固定武装や可動部分が、不用意に動き出したりしない様に、動作を殺す安全ピンが各所に刺さっている。
「よし、1000かけて!」
曹長の指示で、機体に油圧を供給しているハイドロスタンドから、圧力がかけられていく。 くぐもったような小さな唸り音がして、“くくっ”とという音が機体のあちこちからした。機体各部の姿勢を変えるための、スラスターが動いているのだ。一番動作が軽いので、小さな圧力でも動作する。もちろん推進剤は噴射はしていない。向きが変わるだけだ。整備用モニタを注視していると、それまで全くばらばらの方向を向いていたスラスターが、中立位置に戻ったことが表示された。
曹長に向かって親指を立て、続きを促した。
「2000……、3000!」
圧力を上げるたびに、それまでだらんと下がった動翼が中立位置に戻り、メインエンジンの可変ノズルも水平位置になった。
「いったん止めて!」
曹長の指示で、ヤス3曹がハイドロスタンドを停止させる。
3人で、機体の各所を回って、どこからか作動油が漏れていないかを確認していく。私は自分が担当した、右舷側を念入りにチェックして、さらに曹長にも見てもらった。
「OKですね。少佐、直ぐにでも整備員資格取れますよ」
「お世辞はいいわ。つづけましょう」
「アイ、マム」
私は整備コンソールの前に座って、手順通りにスラスター、動翼などの機器の動作チェックをしてから、着陸脚の格納、展開のテストをした。
実はこのコンソールを操作するのは、初めてだったりする。
コックピットの計器モニタと違って、細かな情報がたくさん表示されるのが面白い。曹長に表示の意味を聞きながら、“ふむふむ”とか“へぇー”とか言いながら、テストをした。
「どうしましょう、少佐。航法系のチェックも続けてやります?」
「そこはお任せしてもいいかしら? このあとちょっと調べものがしたいのよ」
ウソである。
結構緊張したうえに、体を動かして疲れたので、体を休めたかったのだ。小さな少女の体になってしまったせいか、体力が続かない。彼らと同じだけの作業量はこなせなくなってしまった。
「了解です、じゃ、後はやっておきます。明日の午前中には兵装関係のチェックも終わらせておくので、午後には飛べますよ」
「わかったわ。ありがとう。作業の邪魔をしてごめんなさい」
「とんでもない! ご都合がよろしかったらいつでもどうぞ」
二人に手を振って、私は自室に帰った。




