(7)初めてのAFV(戦闘車両)
訓練開始から、9日目。
午前中の基礎訓練と、午後の射撃訓練は前々日と同じだったが、デブリーフィングでの隊長の命令が、フランチェスカを困惑させることとなった。
「明日は模擬戦を行う。青軍、防御側は“ティーガー”(キリング少佐:副隊長)が指揮するA班。赤軍、仮想敵攻撃側は“アドラー”(ビューロー少佐)が率いるB班」
「隊長、私は?」
「“プリマ”には赤軍になってもらう。青軍と陸上戦闘を展開するんだ」
「えー?」
「『えー?』 じゃない!」
「でも、いきなりなんて。それに私、敵の陸上戦闘ドクトリンなんて知りませんよ?」
「そう言うと思ったので、特別に教科書と作戦指示書をやる。明日までに読んでおけ」
「はぁ……」
渡された分厚い資料に、フランチェスカが戸惑った。
「では解散! ……ん? どうした、“プリマ”?」
フランチェスカは隊長に押し付けられたファイルを開くと、首をひねりながら尋ねた。
「隊長、この装備品一覧なんですが、すだこ……ふつ? 224 ……後は読めないんですけど、これなんですか?」
「酢ダコ? 何を言っているんだ、お前は?」
「これです、コレ」
「あぁん? ……このバカモン!」
「きゃぁっ! いっったぁい!!」
フランチェスカがファイルの一点を指差すと、隊長からゲンコツを食らった。
とっさのことで、思わず変な声と仕草が出てしまった。
「『きゃぁっ』 じゃない! 都合のいい時だけ女の子ぶるな!」
「だって……」
ラヴァーズ用の睡眠学習効果恐るべし!
普段は意識しているから、成人女性としての反応が出来るのだが、とっさの時なんかは件の学習効果が出てしまう。自分では成人女性の設定でセットしたはずなのだが、寝ている間に誰かが悪戯して設定を変えてしまったらしい。好きでやっているわけではなかった。
「コレは“Sd.Kfz.224 陸小籠”、“ゾンダークラフトファールツォイク、ツヴァイツヴァイフィーア、リゥシャオロン”と読むんだ!」
「ながっ! で、その“ぞんだぁ……”って、何です?」
「お前、そんなことも知らんのか?」
「はぁ……」
「Sd.Kfzってのは、“特殊車両”という意味で、敵の鹵獲品や同盟国からの供出品につけられているんだよ。224はその識別番号。100~400番台は敵の鹵獲品につけられる。“陸小籠”ってのは、この車両のニックネームだ! お前、情報戦艦に配属予定なんだろ? そんなことも知らんのか?」
隊長は呆れた口調でフランチェスカに言った。
「だってぇ、陸戦兵器は専門外ですもん……」
「そんなこと関係あるか! お前は今日は居残り! 格納庫へ行って“陸小籠”の操縦をマスターしておけ!」
「えー? そんなぁ……。ワタシ、AFV(戦闘車両)の操縦課程なんて、受けていませんよ?!」
「いい機会じゃないか。この際マスターしておけ」
「ムリです! 半日でだなんて!」
「作戦開始は明日の1000時から。まだ17時間以上もある」
「オニ……」
「なんか言ったか?」
「いえ」
「さっき渡した作戦指示書もよく頭に叩き込んでおけ。演習中はそんなもの読んでる暇なんか、無いからな!」
「ふぇ~ん……」
「泣いても駄目! シルヴィには“今夜は帰らない”と、代わりに伝えておいてやるからな。以上、行って良し!」
フランチェスカは隊長の指示どおりに格納庫へ行き、格納庫長に“陸小籠”がどれかを尋ねると、一両の戦闘車両を指さされた。
「コレ……キャタピラじゃない。装軌車の実物見るのも初めてなんだけど、どぉしよう~?」
どこから乗り込めばいいのかもよく判らない装甲の塊のような車両を前に、おろおろしていると、フランチェスカのお守り役が声をかけてきた。
「おや? 大尉。どうしたんですか、こんなところで?」
「あ、アルフォンソぉ~。 ねぇ、お願い! コレの動かし方、教えて!」
「“リゥシャオロン”ですか? コイツはちょっと、大尉には無理だと思うけど……」
「だってぇ、隊長命令なんだもん……」
「隊長が? まぁ、教えろといわれりゃ、教えますけどね。でもその体格じゃぁ、足がペダルに届かないんじゃ?」
「タイヤじゃ無いのは、動かしたこと無いんだけど、大丈夫かな?」
「……」
アルフォンソはフランチェスカに背を向けると、被っていた制帽のつばを手で引っ張り、顔を隠すようにして格納扉の方へと歩き始めた。
「あ! 待って!! 見捨てないでぇ~!」
「ムリです! 絶対ムリ!」
「ムリでもやらないと、隊長に怒られちゃうよぉ~!」
逃げようとするアルフォンソの腕にしがみついたフランチェスカは引きづられながら、必死に引き止めた。
「……仕方ありませんね」
「ありがとう! 神様、アルフォンソ様! お礼にキスしてあげる!」
「いえ、それは遠慮しときます。隊長や他の奴に知られたら、面倒なことに……」
アルフォンソ曹長は、しぶしぶながらも、フランチェスカに付き合うことになった。
翌日、予定時刻どおりに演習は始まった。
「赤軍、降伏しました」
「あん? まだ5分もたっていないじゃないか!」
指揮所で演習開始を命じたローゼンバウアー隊長は、副官役のディッツ少尉からの報告に、淹れたばかりのコーヒーを噴き出しそうになった。
「で、“プリマ”はどうした?」
「BR224は、作戦開始3分50秒後に操縦ミスにより自陣側の塹壕に擱座。即座にA501の砲撃を受けて戦闘不能になりました」
「たったの5分も保たなかったのか! それで?」
「被害は後部兵員室に集中。“プリマ”だけが捕虜として、捕らえられたそうです」
「“バスク”の奴め! わざと操縦室(エンジン横)に当てなかったな!」
「まぁ、誰でも女の子は生かしたまま、捕らえたいでしょう」
「アホか! だから奴は駄目なんだ」
「でも、実質的な戦闘能力を持たないプリ……いえ、白兵装備ではない操縦者だけを捕虜として残したのは、ある意味正解かと」
「ふん! まぁいい。模擬戦終了! 全員即時、指揮所に集合!」
「早くしないと、捕虜になってる“プリマ”に、イタズラ始める奴が出るかもしれませんからね。へへへ」
「やかましい! 赤軍残存戦力25%じゃ、模擬戦の意味が無い」
「へい、了解。……総員に伝達! 演習終了。直ちに指揮所へ集合!」
デブリーフィング後、罰ゲームのためにだらだらとグラウンドへ集まった隊員たちは、早速フランチェスカに愚痴をこぼした。
「まったく! “プリマ”のせいでエライ目にあったぜ……」
「ホント、俺なんかただ座っていただけだぜ? 一発も撃たずに模擬戦終了なんて、初めてだ」
「ゴメンなさい! でも全部隊長が悪いのよ。AFV(戦闘車両)、それも装軌車なんて操縦したことも無いのに、やらせるんだもん」
「被弾後の処置はマニュアルどおりだったけどな」
「まぁ、そのおかげで、グランド30周だけという、ありがたーい罰で済んだわけだ」
「ほんと、みんなゴメンナサイ……」
昨晩、フランチェスカは、アルフォンソの丁寧な説明にもかかわらず、結局まともに操縦出来ずじまいだった。前進ともたもたしながらの右旋回だけがやっと、という状態のフランチェスカに、アルフォンソは被弾後の手順だけを叩き込んだのであった。
「ま、それはともかく、罰ゲームの後のシャワーぐらいは一緒に浴びてもらわんと、割りにあわねえぜ? “プリマ”」
女好きの“バスク”が、性癖を隠そうともせずに言った。
シャワーを浴びると言っても、課業時間はまだ3時間以上残っている。人体の急所を保護するコンバットインナーは課業時間中は脱げないから、全裸になるわけではない。下着姿ぐらい見せたところで、ラヴァーズ経験のあるフランチェスカにとっては気にするほどのことでもなかった。
「私はかまわないけど、隊長や青軍の人たちが、なんていうかしら?」
「あーあ、結局貧乏くじかぁ」
「ごめんねぇ、みんな」
結局、フランチェスカは罰ゲームであるマラソンの後は、隊長命令でステイ先である、官舎のバスルームを使った。
翌日、仕切り直しで朝から昨日と同じ、模擬戦を始めた。
フランチェスカは、今度こそと、“陸小籠”を猛スピードで敵陣へ突っ込ませた。
「一点突破! 背面展開よ!」
そう息巻いて、敵陣を飛び越えたまでは良かったが、その場で超信地旋回を始めたとたんに、操縦不能となってしまった。
「わ、わ、わ……だ、だれ、か、と、めてぇ、~っ !」
激しい横Gにフランチェスカは目を回し、そのままコマのように車体を回転させてしまったのだった。
後部兵員室でいつでも展開出来る様に銃を構えていた隊員たちも、激しく回転する車体にゆさぶられて目を回して、転げまわるようにシェイクされてしまった。
当然フランチェスカのB班は全滅した。
隊長はもちろん、体中あざだらけのB班の隊員達と、“陸小籠”の超信地旋回でぶちまけられた、泥だらけのA班に、こってりとしぼられた。
明日も更新します。