(36)突撃
第4次ジュランド会戦編、最終局面です。
途中で区切るのもテンポが悪くなるのでちょっと長いです。
サウザンド星系外縁への超長距離転移航法を強行してから3時間後。
全艦に非常警報が発令されていた。
けたたましいアラーム音に、皆が緊張を隠せずにいた。
「敵艦隊正面! 距離10光秒!」
索敵士官の報告に、フランチェスカも参謀も緊張の度合いを高めていた。
ただ一人、リッカルド・ガルバルディ司令だけは、涼しい顔で司令席にふんぞり返っていた。
「やはり、敵の待ち伏せですな。ロングジャンプの航跡を辿られたのでしょう」
「どうするんです? 司令、敵は我々のおよそ30倍ですよ!」
敵はおよそ正規2個艦隊、250隻近い数に、フランチェスカも悲鳴のような声を上げた。
「慌てるな。全艦、艦隊戦準備!」
「「「「「戦う気ですか!?」」」」」
これには艦橋の何人もが声を上げた。
「30倍の敵を打ち破り、トリポリに帰還すれば、全員昇進は間違いなしだな」
「それって、2階級特進という事ではないでしょうね!?」
「俺には自殺願望など無いぞ」
リッカルドはあくまでも落ち着き払っていた。
「ではその高度な戦術を、是非ご教授願いたいですね。戦闘副官としては!」
「ドローン13号の位置は判るか?」
「何のんきなこと言ってるの!? いまさら偵察なんて……13号?」
フランチェスカは、とりあえず索敵コンソール画面を開き、リッカルドのコンソールにも共有させた。
自分が偵察用のプログラムを組んだのは12機分で、それぞれ№1~12を割り振った。全機不具合無しで射出したから、№13のプログラムは自分はしていない。 だが、コンソール画面上にはロストした分も含めて、確かに13基の現在位置、及び推定位置が表示されていた。
そして13と表示されたアイコンは意外にも現在位置からそれほど遠くない、艦隊の背後、距離3光秒の位置にいた。
「こんな近くに……。これって……?」
「13号に、現在の彼我の座標をベクトル付きで共有しろ」
「はい? 一体何のために……」
「いいから、いま直ぐにだ」
「やってます! 共有!」
「続いて各艦の機関部! 全艦、全力加速後の極短距離転移航法、連続2回、行けるか?」
リッカルドの無茶な指示が各艦に飛んだ。
全艦、問題なしとの返答が返っては来たが、フランチェスカには一体リッカルドが何をしようとしているのかが判らなかった。
「では全艦、単縦陣! 装甲の厚い順に並べ、先頭は本艦! フランチェスカ、同調転移プログラム準備。全力加速して敵艦の正面2光秒まで近づいたらショートジャンプ。転移先は敵艦隊、後下方45度2光秒!」
「な、なんだって!!??」
「いいから復唱しろ!」
「同調転移プログラム! 全力加速後のショートジャンプ、ラジアル座標0、マイナス45、2光秒、フロムブルズアイ!」
「転移プログラムが準備出来次第、全艦加速始め!」
「ちょっ! ちょっと! 座標を各艦毎バラバラに、しかも精密に指定する必要があるからシミュレーションさせてよ!」
「5分でやれ!」
「そんな無茶な!」
そこに索敵士官の報告が割り込んだ。
「敵艦隊移動開始、凹形陣を取りつつあります!」
「ほら、時間ないぞ」
「もう! シミュレーションと転送は加速中にやるから、5分頂戴!」
「わかった。艦隊各艦、準備良いか?」
「ジナステラ君に代わって私が引き継ごう! ジナステラ君は転移プログラムに専念」
「ありがとうございます、参謀」
心の中で参謀に頭を下げながら、フランチェスカは逐一変化する彼我の相対関係を頭の中で計算しながら転移プログラムを組み始めた。
「敵艦隊は我が方を包囲する形で展開を始めている。我々は単縦陣でその中心に全力で加速し、敵からの砲撃を受ける直前にショートジャンプを敢行する!」
フェラーリオ参謀の良く通る声で指示が飛ぶのを聞きながら、フランチェスカは必死になってプログラムを組み立てた。
「転移プログラムセット、シミュレーション開始!」
「よし、全艦突撃!」
フランチェスカは念のため2回シミュレーションを行い、問題が無い事を確かめ終わった頃には、ほぼ加速が終わろうとしていた。
「敵艦隊までの距離、3光秒! 砲撃、来ます!」
「フランチェスカ!!」
索敵士官の悲鳴に、リッカルドも腰を浮かせた。
「転移プログラム転送……完了!」
「よし! 転移!」
無重力で体が浮き上がるような不快感が一瞬だけ襲い、通常空間に戻った。
「各艦状況知らせ!」
各艦のモニタに割り振られた艦橋要員からは、各艦とも異常なしとの返答が返ってくる。
「敵艦隊、反転して来ます!!」
「索敵士官! 重力震の兆候はあるか?」
「いえ!……ありませんが?」
リッカルドは何を気にしているのだろうと、フランチェスカは思った。
だいいち、正面ですら敵わないのに、後背を突かれたら瞬く間に全滅するだろう。こちらは敵の1/30だった。敵艦隊の斉射1回で全滅させられた上に、おつりがくる。
「司令!」
「各艦、散開! ランダム加速!」
気休め程度でしかないが、回避動作を命じた。
1斉射で全滅が、2斉射で全滅の違いでしかない。
フランチェスカは、冷たい汗が背筋を流れるのを感じた。
せっかく半年以上もかけて、帰還しようと努力してきたのも、これで無駄になったと思った。
「敵艦隊後方に巨大な重力震!!」
「やっと来たか!」
「“来たか”って何?」
フランチェスカの疑問には、索敵士官の報告が代わりに答えた。
「我が方の救援艦隊です! およそ4個艦隊! 400隻以上です!!」
「4個艦隊……?」
艦橋にはしばらく沈黙が流れた。突然の展開に誰も言葉が発せられなかった。
思考停止に陥っていたフランチェスカに、リッカルドは叱咤するように叫んだ。
「フランチェスカ! 艦隊全艦、下方へショートジャンプ! 2光秒!」
「あ、ア、イアイサー!!」
頭で考えるよりも手が勝手に動いた。同調転移プログラムを組む間もなく、個艦毎に転移先指定をした。現在座標から真下に2光秒。ただそれだけを。
転移直後、艦隊頭上を何度か光芒が走り、そのあとを追いかけるようにして、目標を外れた対艦ミサイルと思しき航跡が駆け抜けていった。
「な、何が起きているの?」
「敵艦隊と、我が方の味方艦隊からの砲撃だな。敵のはしらんが、味方のは照準無しで攻撃したんだろう。無駄撃ちかもしれんが、敵の倍の火力だ。牽制以上の効果がある」
リッカルドは簡単に状況を説明したつもりだったが、フランチェスカにはまだうまく理解できずにいた。
「た、助かった……んだよね?」
「ああ、そうだとも!」
力強く答えたリッカルドに、ようやく状況が好転したこと理解できた者から、歓声が上がった。
「敵艦隊混乱している模様。味方からの攻撃で、すでに半数以上が行動不能、もしくは撃沈と思われます!!」
一撃で屠れると思った貧弱な艦隊が突然ジャンプしたかと思ったら倍近い艦隊から後背を突かれたら、ひとたまりもないだろう。
形勢は一気に逆転した。
「フランチェスカ、隊形を組み直せ、本艦とピエンツァを先頭に、紡錘陣形!」
「りょ、了解。何をするの?」
「俺たちだけやられっぱなしで、黙っているわけにはいかん。索敵士官! 敵の旗艦は識別できるか?」
「で、できるとおもいますが、少し待ってください!」
それまでまだ、呆けたままだった索敵士官が、慌てた様子で答えた。
「敵旗艦と思しき艦、1隻だけ確認できます」
「通信士官、敵の艦隊リンクシステムは探知できるか? 発信源を強調して戦術マップに重ねろ!」
索敵士官が戦術マップに、敵味方両方の起点を表示させ、通信士官が指示されたリンクシステムの発信源をプロットした。
「よし! あれが敵の旗艦だ。突撃するぞ! フランチェスカ! 準備はいいか?」
「い、いいけど、突撃って……?」
「全艦、シールド展開、エネルギーはシールドと推進機にすべて回せ!」
「“突撃”って、砲撃するんじゃないの?」
「砲撃? そんなものしなくていい、敵艦にぶつけるつもりで、ただし本当にぶつけるなよ」
「判ったけど……」
「ああ、そうだな、ミサイルも全部適当に撃ちまくれ、機雷も全部放出しろ。もういらない」
あとロングジャンプ一回で、トリポリまではもう目の前だった。味方の艦隊もいる以上、この後に戦闘は無いと考えてよかった。
「フランチェスカ、席を立って俺の前に立て」
「ええ? でも戦術コンピュータに入力が……」
「フェラーリオ参謀に任せろ。俺が何をしたいか、わかっているだろう?」
「何となくだけど、それと私がリ、司令の前に立つのと何の関係が?」
「我が艦隊最初で最後の反撃だ。士気を上げたい。お膳立ては全て終わったんだ。後はオマエが指揮を取れ!」
「ええっ?」
「いいから言う通りにしろ。指揮を戦闘副官が引き継ぐ! 皆もいいな!」
リッカルドがそう言うと、フェラーリオ参謀もふくめ、艦橋の全員がフランチェスカに振り向き頷いた」
「……か、艦隊司令に代わり、小官が指揮を引き継ぐ、全艦進撃用意!」
「「「「 アイアイ! マァム!! 」」」」
そしてフランチェスカは意を決したように席を立ち、艦橋の一段高くなったフロア、艦隊司令官席の正面に立った。
「味方艦隊に、攻撃を5分だけ停止するように要請しろ。本艦隊が突撃を敢行すると伝えろ。変更は無し!」
「アイ、マム!」
通信士官が元気よく応じた。
「目標! 敵旗艦! 全艦、加速開始!」
「「「「 アイアイ! マァム!! 」」」」
フランチェスカが意を決した面持ちで命じ、腕を振り下ろすと、機関が唸る振動が艦橋にまで伝わる様な感じがして、加速を始めた。
「敵艦隊、陣形を組み直した模様」
「索敵士官、こちらに気付いているか?」
「いえ、こちらへ意識している艦は無い様です」
フランチェスカは、掌に汗が噴き出しているような感じがした。
「敵艦隊まで、1光秒!!」
攻撃目標まで目の鼻の先まで近づくと、味方艦からの攻撃が止まった。
「フィッツ・ジェラルド、アタゴは前方の障害となる艦にミサイル発射!」
フランチェスカの攻撃指示で、後方からミサイルの輝く航跡が伸びていき、複数の艦に命中した。
「敵旗艦まで、 距離10万!」
「進路変更! 右4度!」
“体当たりする必要は無い、牽制しろ”とリッカルドは言った。だから進路をずらそうとした。
だが後ろから、フランチェスカにだけ聞こえる様にリッカルドが言った。
「左だ」
一体今さら何を言っているのかと、フランチェスカは一瞬思ったが、敵艦隊の通信状況が重ねられたままの戦術状況マップを見て、気が付いた。
「シグレ、ミナヅキは左10度前方に向けて、機雷散布! 全部ぶちまけろ!ダニエル・カー、デルフリンガー、ラファエロⅢは、それ以外の障害になりそうな目標に向け適当に機雷を放出。艦隊のスピードに乗せているから誤差修正忘れるな!」
戦術状況マップには、敵艦隊の各艦へ伸びて行く通信リンク網の中心が旗艦であり、そこが目標だと想定していた。
だがそのすぐ左隣に、そのリンクの中心と通常では考えられないほど、太い線で結ばれていた敵艦があった。
リッカルドは、それこそが本当の敵旗艦だと看破したのだった。
「目標まで3万! すれ違います!!」
航法士官が悲鳴のような声を上げた。
「全艦衝突に注意! 本艦とピエンツァは前方の障害艦に向けてミサイル全弾発射! 道を切り開け!」
「「「「アイ! マァム!!」」」」
2つの戦艦から伸びるミサイル航跡がいくつも伸びていき、リッカルド艦隊は敵艦隊を突き抜けた。
後には敵艦隊の中央を下方から貫く空洞ができた。
無事に全艦が、敵艦の中央突破を成功させたことにフランチェスカがほっと胸をなでおろしていると、アマルフィの艦橋だけではなく、艦隊の全ての部署で歓声が上がった。
次回、本章最終回です。




