(35)戦闘
「何やってるんです? ジナステラ中尉?」
「ああ、ターナー中尉。そっちは持ち場を離れてもいいの?」
翌日、フランチェスカは再び艦橋に詰めていた。
艦隊の全艦がCBOに紛れてステルス状態にしていたため、今はフランチェスカを入れても3人しかいなかった。通信士官のアイザワ中尉は、やることが無いのか居眠り中。
航海長のターナー中尉は、さっきまでコンソールに向かって何かをしていたが、今はフランチェスカの座っている、司令官席のコンソールによりかかって話しかけていた。
3人は階級は同じだが、フランチェスカは先任となるので、司令官席に座っていたのだった。
「艦隊全艦のパッシブセンサを光学リンクで繋いで、全自動で警戒できるようにプログラムし直したんですよ。何かあれば警報が鳴るから、ここのどこにいても問題なしです。そちらは?」
「敵艦隊と遭遇した時のシミュレーション。準備しておくに越したことはないからね」
「ああ、マーフィーの法則ですか?」
「バカ言わないで。哨戒部隊ぐらいならともかく、正規艦隊なんかと出くわしたら、一目散に逃げる以外ないわ」
「でも長距離転移も、あと2回でトリポリでしょう? もう敵と遭遇することも無いんじゃないですか?」
「そういうのが、“フラグ”っていうのよ」
「でも、逃げるしかないなら、シミュレーションたって、選択肢なんかないでしょう?」
「敵艦隊の初撃で……」
フランチェスカが説明しようとしたところで、注意喚起シグナルがフランチェスカのコンソールにも表示された。
「ターナー中尉……」
「いや、今のは俺のせいですか?」
じろりとフランチェスカが“フラグの原因”を睨みつけると、ターナー中尉は慌てたように手を振った。
「ドローン4号が重力震を捉えたみたい。規模は……」
「ドローン4号って、第一ハビタブルゾーンですよね? 座標は?」
「今そっちにも送るわ」
ターナー中尉もコンソールに向き直り、フランチェスカから転送されてきたデータを分析し始めた。
「続いて重力震、規模は小さいですが、あ、今また! 計3回! どうします?
警報出しますか?」
「ちょっと待って。規模と回数からみて、敵の哨戒部隊と思われるわ。ヘタに刺激すると、おまけがやってくる可能性がある」
「司令と参謀には、今通報しました。警戒レベル上げますか?」
「そうね、レベル2発令。駆逐艦シグレとミナヅキに、パッシブセンサを当該座標へ向けさせて!」
「アイ、マム!」
しばらくして、寝ぼけ眼で制服も着崩した、だらしない恰好のリッカルドと、
ぴっちりと制服を着こなし、緊張した眼差しのフェラーリオ参謀が艦橋にやってきた。
「せっかく寝ていたのに、何事だ?」
「先ほど、第一ハビタブルゾーンの天頂方向、主星から距離5光分の位置に重力震を確認。恐らく敵の哨戒艦と思われます。数は3」
めんどくさそうな声のリッカルドに司令官席を譲り、フランチェスカは告げた。
「それで、ジナステラ君の意見は?」
「本隊から離れた位置にいる、シグレとミナヅキにパッシブセンサを指向させています。間もなく分析結果が返ってくるかと」
フェラーリオ参謀の問いに答えると、直後に2隻から詳細な観測データが送られてきた。戦術コンピュータの分析では、巡航艦1、駆逐艦2と返ってきた。
「はぁ……、大したことはなさそうだな。恒星充電でも、しに来たんじゃないのか? ふぁ~ぁ……」
大きな欠伸を臆面もなく晒しながら、のんびりとした事を言うリッカルドに、フェラーリオ参謀もフランチェスカも、少しイラっとした。
「そんなのんきな話なら良いのだが……。ジナステラ君の判断は?」
なんでいちいち戦闘副官に過ぎない自分に聞くのかと、フランチェスカは一瞬思ったが、隣の司令官席で早くも転寝を始めているように見えるリッカルドを見て、溜息をついた。
「しばらくこのままの状態を続けるのが良いかと。下手に動けば、敵にこちらを察知される可能性が……」
「今すぐ、シグレとミナヅキを合流させろ。合流したら即座に同調空間転移」
居眠りを始めていたと思ったリッカルドの言葉に、フランチェスカはきっと向き直った。
「そんなことしたら、敵に発見されます! 何のために潜伏しているのかと……」
「復唱はどうした? 命令に従え!」
有無を言わせない調子で返された言葉に、フランチェスカは憎々しげに発令した。
「くっ……ミナヅキ、シグレの2艦は直ちにショートジャンプ! 艦隊第一隊形の所定位置に! 他の全艦も機関始動! 指揮を艦隊司令が引き継ぐ!」
「「「……あ、アイアイ、マム!」」」
自分の意見をあっさりと無視されたことに、腹を立てたフランチェスカは、意趣返しとばかりに指揮権も押し付けた。
一瞬苦虫をつぶしたような顔をしたリッカルドだったが、言い返しはしなかった。
「シグレとミナヅキが合流したら、直ちにショートジャンプをする。同調プログラム用意!」
「司令、同調転移先の“座標”は?」
フランチェスカは“目標”ではなく“座標は?”と問いかけた。
これは例え意に反した転移であっても、星図をある程度覚えていなければ、指示できないからだ。“目標”ならば、どうあれ最終的にその目標宙域に到達できればいいのであって、ある程度は自分の意思を反映させられる。 だが“座標”指定は、転移先を直接指定することになる。考慮の余地もなくそこへ先ず転移しなければならない。
だからフランチェスカは“目標はトリポリ星系方面”という曖昧な指示を期待していたのだった。
だがリッカルドは意外にも、星図の座標を告げてきた。
フランチェスカが、航法コンピュータに座標を入力すると、そこは想定外の地点だった。
「司令! この座標は!?」
「なんだ? 異論でもあるのか?」
「異論も何も、いきなりここへジャンプしたら、敵の追撃を受けます!」
リッカルドが指定したのは、今現在はまだ気づかれていない筈の、敵の哨戒部隊の背後だった。
「それがどうした?」
「“どうした”ではなくてですね!」
「いいから指示通りの座標へジャンプしろ」
「いきなり言われても……」
フランチェスカは小さな声で零したが、リッカルドは司令席でふんぞり返ったまま、艦橋前方の大型スクリーンに表示された、彼我の相関位置表示を見つめていた。
仕方なく同調転移プログラムを組むと、一回だけシミュレーションをして確認した。
「同調転移準備完了! 全艦、航行プログラムファイルLC-01EXを開け! プログラムロード!」
「アイマム! プログラムロード!」
「転移準備完了! 目標、敵哨戒部隊後方、10光秒!」
リッカルドも専用端末に表示された、転移準備完了のサインを確かめると命令を発した。
「よし! 転移開始!」
「「「「転移開始!」」」」
直後に艦橋前方の大型電子窓に、星が流れるような光景が流れ、直ぐに通常空間へ復帰した。
「敵哨戒部隊を目視で確認! 距離約10光秒!」
「敵哨戒部隊に捕捉されました。敵部隊こちらに向けて回頭を始めました」
航法士官と観測士官から、矢継ぎ早に報告が上がる。
「よし、続けてショートジャンプ! どちらへ向けてでもいい! 敵哨戒部隊の探知範囲内ギリギリへ!」
「司令! 機関がオーバーヒートしますよ! それにどこへでもいいだなんて!」
リッカルドの無茶な指示に、フランチェスカは悲鳴に近い声を上げた!
「いいから指示を実行しろ! 今すぐに! 敵が回頭を終える前にだ!」
「あ、アイ、サー!!」
フランチェスカは、同調転移プログラムを組む時間は無いと思い、各艦へは任意のランダムジャンプを指示した。
距離よりも転移終了時間の方を優先させたため、3分後には戦艦2隻を下向きの頂点とした漏斗状に艦隊が散らばってしまった。
「おお、うまい具合に、戦艦2隻が盾になったな」
リッカルドは満足そうに言ったが、ただの偶然だった。
ショートジャンプの場合、チャージタイムと質量は正比例する。
「司令! 次の指示は?!」
「敵艦が発砲したら、最初に停泊していた座標に同調転移」
「そんな無茶な!」
フランチェスカが悲鳴を上げるのにもかかわらず、リッカルドは言った。
「現座標位置を入力すれば、さっきの転移プログラムの起点と終点を入れ替えるだけだ。直ぐにできるだろう?」
"そんなに簡単にできるか! アホ!”と心の中で悪態をつきつつも、コンソールを叩く手を止めずに、言われたとおりにプログラムを修正した。
「敵艦、発砲!!」
「ミサイルも来ます!」
「よし! 転移開始!」
フランチェスカの必死の努力が何とか間に合った。敵のビーム砲は射程ギリギリだったためシールドに弾かれ、ミサイルは到達前に全艦の同調転移が成功した。
「これで確実にこの星系にいることがばれましたな。どうするんです? ガルバルディ司令」
それまで戦況の推移を黙って見ていた、フェラーリオ参謀が言った。
フランチェスカも、リッカルドの言われたとおりにしていたが、本当は代案を意見具申するべきではなかっただろうかと後悔した。
だが敵に発見され、戦闘が避けられない事態となってしまった以上、リッカルドの意図をくみ取って、最善を尽くするべきだと思った。
「周囲の状況は?」
「転移には成功しましたが、数時間もしないうちに再捕捉される可能性があります」
「機関に損傷を受けている艦はあるか?」
戦艦クラスの機関ならともかく、極短時間のうちに立て続けに転移をさせられた駆逐艦、シグレとミナヅキは機関にダメージを受けている可能性があった。
しかし幸いにも、1時間程度のクールダウンで問題は無いと返答があった。
「ではシグレとミナヅキのクールダウンが終わったら、サウザンド星系外縁へロングジャンプ。ジナステラ戦闘副官は準備を頼む」
「そんな……。司令! 無謀です。我々は捕捉されていると考えるべきです。ロングジャンプを敢行すれば航跡が辿られてしまいます。仮にサウザンド星系外縁にロングジャンプしたとしても、機関のクールダウンが必要です!」
仮にサウザンド星系外縁に達したとしても、あの因縁のジュトランド星系は目と鼻の先だった。
惨敗した第四次ジュトランド会戦後、圧倒的戦力でなだれ込んできた敵艦隊が件の星系に、拠点を築いている可能性は高いだろう。
ロングジャンプの航跡を辿られていたなら、待ち伏せされている可能性は高かった。
「さすがに私も異論を挟まずにおれません。ガルバルディ司令、考え直すべきです」
フェラーリオ参謀も、フランチェスカの意見に賛同した。
「いや、ここは私の指示に従ってもらう」
リッカルドは断固たる態度で、有無を言わせなかった。
そして1時間後、敵が追撃してくる前に、サウザンド星系外縁へのロングジャンプを敢行した。




