(6)体力の限界と射撃訓練
訓練二日目。初日とほぼ同じ内容では合ったが、午前中のメニューに長距離走が含まれており、炎天下の基地外周路を3週もしたフランチェスカは、それだけでもう息も絶え絶えであった。
午後はまた昨日の体術訓練の続きで、午前中で体力を使い果たしていたフランチェスカは相手にもならなかった。
結局この日も、アルフォンソ曹長にお姫様抱っこで、医務室の医療ポッドに放り込まれた。
訓練三日目。アルフォンソ曹長の口添えで訓練メニューの軽減を図ってもらったフランチェスカだったが、午前中は何とかこなしたものの、午後はへとへとになっていた。課業時間の終わりには何とか歩けていたが、医療ポッドへ放り込まれるのは逃れた。だが、これが間違いだった。
訓練四日目。起床すらままならなかったフランチェスカは、シルヴィア夫人に抱きかかえられながら、基地内の医療センターに連れて行ってもらい、医療ポッドで強制的に回復した。そして午後には再び、アルフォンソ曹長との訓練ではあったが、格闘術はやはり、話にもならなかった。
訓練五日目。午前中はいつも通りの基礎訓練だったが、昼食後はローゼンバウアー隊長に呼ばれた。
「格闘術は……、見込みなさそうだな」
「うぅ、落第ですかぁ?」
まだ訓練を始めたばかりなのに、落第では便宜を図ってもらった長官に、会わせる顔が無い。
「ま、普通ならそうなんだが、“ビッグス”相手じゃ、どうにもならんだろ。それにお前さんは航宙艦に乗るんだろ? 白兵戦になったら、誰かに守ってもらえ」
「じゃあ……」
「格闘術はとりあえず免除。だが一日のうちに一回は、俺か“ビッグス”に一発入れろ。避けられたらノーカウント。いいな?」
「とりゃっ!」
隊長がそう言うや否や、フランチェスカは隣に立っていた“ビッグス”の足に思いきりケリを入れた。
突然のことにアルフォンソ曹長は驚いたが、もちろんビクともしなかった。
だがフランチェスカの方は、逆にその反動で床に弾き飛ばされた。
「…………ああ、まぁいいだろ。今日はそれでいい」
フランチェスカの体たらくに、ローゼンバウワー隊長は、やれやれと額に手をやった。
「午後から武器取扱いだ。“ビッグス”、地下射撃場で、一通り教えてやれ、投擲術も忘れずにな」
「了解しました、隊長。……大尉殿、落ち込んでいないで、早く立ち上がってください」
「うぅぅ……」
フランチェスカは、アルフォンソ曹長に引きずられるようにして、地下射撃場へと連れて行かれた。
地下射撃場、射撃レンジに二人は立つと(ただしフランチェスカは踏み台付)、防音用の耳あてをつけたり、各種弾丸の入った箱を準備していた。
「じゃ、気を取り直して、まずは拳銃から行きましょう」
アルフォンソ曹長は、大きな武器ケースからいくつかの拳銃を並べていった。
「どれでもいいの?」
「装弾してありますから、気を付けてくださいよ」
アルフォンソ曹長は一丁づつ安全装置を確かめ、弾倉に弾を込めながら言った。
「どれがいいかな……」
フランチェスカは久々の射撃訓練にうきうきしながら、まるで甘い菓子でも選ぶかのように、並べられていた拳銃を物色すると、その中から一つを選んだ。
「これにしよ。撃ってもいいの?」
「どうぞ……」
この時、アルフォンソ曹長は弾倉の調子の悪い銃に意識をとられていて、フランチェスカがどんな銃を選んだのか、見ていなかった。
直後、ドゴォンと言う射撃場全体に響きわたる轟音がしたかと思ったら、天井からコンクリートの破片が飛び散り、フランチェスカは踏み台から転げ落ちて、持っていた拳銃は、手からすっぽ抜けてあさっての方向へとすっ飛んで行った。
「あいたたた……」
「た、大尉! 大丈夫ですか?」
「な、何あのよ、あの銃……」
フランチェスカは痛む腕をさすりながら体を起こした。
「いったいどれを撃ったんです?」
「どっかいっちゃった……あ、あった! アレよ」
射撃場の入り口のところにある、ロッカーをへこませて床に転がっていた、大型の拳銃を指差した。
「あれは……デザートファルコン55口径? あれは自分用の奴です。弱装弾込めておいてよかった。強装弾だったら腕ごとなくなってましたよ?」
「紛らわしいのを並べないでよ! て、言うか何? あの音と反動!」
「何と言われても……。でもなんで、あんな大きな銃を選んだんです?」
「いつも使っていた銃に、似ていたから?」
「あんな大型拳銃使っていたんですか? でも今はその体じゃ無理ですよ?」
「そうだけど、あんな音しなかったし、反動だってなかったわ」
フランチェスカは首をかしげていると、アルフォンソ曹長は気が付いたように言った。
「もしかして、使っていたのはビームガンですか?」
「そうよ。カスタムメイドだったの。今は乗艦に……って、そうだ! 前の艦に置いてきちゃった。誰か預かって置いてくれたかしら?」
「あー、そう言えば大尉は、航宙艦の艦橋要員していらしたんでしたね」
「本来は戦闘艇乗り、パイロットだけどね」
フランチェスカはパイロットとしては、トリプルスコア直前のエースパイロットであり、それが自慢だった。
「えーと、ここにはKE弾(物理的に弾を発射する実体弾)を撃つ銃しか、使っていないんですよ。地上では、というか、大気中ではビームは減衰してしまうので、射程も短く威力もないでしょう?」
「あ、そうか!」
「大尉が使ってらしたのは、無反動のビームガンで、レンズ口径が大きめでバッテリーも強化してませんでした?」
「そうよ。でも同僚のパイロットたちも、みんな同じの使っていたわ」
「だから見慣れた大きさのを選んだんですね。でも大尉にあれは無理です。ちょっと小さ目の対物ライフルぐらいの威力があるんですから。ここであれを撃てるのは隊長と自分ぐらいですよ」
「えー? じゃ私に使えそうなのは?」
小さな体がこんなところにも影響するのかと、ちょっと落ち込んだフランチェスカだった。
「そうですね、これかな……? あんまり小さい口径のが無いなぁ……」
アルフォンソ曹長はそういいながら、一丁の銃をフランチェスカに渡した。
「マタネバ38口径スペシャル。今時珍しいリボルバー拳銃(弾倉が回転する拳銃)ですが、スライドのリコイルショックが無いですし、シングルアクションに改造してありますから、トリガーも軽いですよ」
「あ、大昔の映画で見たことあるわ! 年代物?」
「いや、今でもこのタイプはありますよ。ハンドメイドの少量生産で、反動が小さいから、命中精度は抜群ですし、サイレンサーをつけるとほとんど音がしませんからね。ストック付ければ、狙撃にも使えるんですよ。あ、小口径とはいえ、ちゃんと両手で構えてくださいよ」
へぇーと言いながら、フランチェスカは銃を受け取り、射撃レンジの踏み台に上り銃を撃った。
発砲音とともにターゲットを打ち抜いたが、もちろん黒点(的の中心)には当たっていなかった。
「くぅー、しびれるぅ~」
「ね、いい銃でしょう?」
アルフォンソ曹長はフランチェスカの悶絶を、銃の素晴らしさに感動したのと勘違いして言った。
「そうじゃなくて、やっぱり反動が強くてダメだわこれ。一発撃ったらしばらくは撃てないわ」
「えー? これでも駄目ですか。それじゃあ……これは?」
アルフォンソ曹長は箱から銀色に輝く銃を出した。
「これ、軽くていいわね! これなら撃てそう」
再びフランチェスカは射撃レンジの踏み台に上って、渡された銃を撃った。
「なにこれ! すごぉい! 弾が火を噴きながら飛んで行ったわ!!」
「ロケット銃ですよ。弾は超小型の固体ロケットになっていて、トリガーを引くと燃料に点火するようになっているんです。ロケットなんで初速が遅いから、ある程度遠くの目標じゃないと、小石が当たった程度の威力しかありませんが」
「へー、面白いのがあるのね。反動もないし、気に入ったわ!」
フランチェスカのテンションは高かったが、アルフォンソ曹長は首を振った。
「でもこれじゃ、射撃訓練になんかなりませんし、今日は少しずつでいいので、マタネバの方に慣れましょう」
「ええぇ~? ダメかぁ」
「ストック付ければ、ある程度肩で衝撃を吸収してくれますし、安定するからそれで訓練しましょう」
アルフォンソ曹長は先ほどの銃にストックをつけ始めた。
「あ、そうだ! こういうのどうかな?」
「なんです?」
フランチェスカは、手には何も持たずに銃を構える仕草をして、アルフォンソ曹長へ向き直り、片目をつぶり笑顔で言った。
「ばあぁん❤」
「…………」
「…………」
アルフォンソ曹長は何が起こったのか、理解できずに固まった。
しばらくの間、沈黙が二人の間を支配した。
困惑した顔のアルフォンソは、はっと気が付いたように、
「うぅっ、やられたー」
と、うめきながらばったりと床に倒れた。
「……ゴメン。いたたまれないから、復活して」
“やらなければよかった”と、フランチェスカは激しく後悔した。
次の投稿は週末になります。