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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
7/119

(5)大佐夫人


「はぁ、はぁ……もう、限界。動けないわ……」


 休憩をはさみながらの、約3時間。

 少女の体になってからは、まともに体を動かした事もなかったフランチェスカには、体力の限界だった。

 気力を振り絞ってみても、立ち上がることすらできなかった。


「まぁ初日ですからこんなもんでしょう。大尉殿の体の使い方も判りましたので、明日からは悪いところを直していきましょう」

「ええ、わかったわ。でも、こんなの……続く、かしら」


 息も絶え絶えにフランチェスカは答えた。

 そこにローゼンバウアー隊長がやってきた。


「おい! 二人とも。そろそろ今日は切り上げよう。“プリマ”、宿舎へ案内するから……どうした? 床に寝っ転がって」

「いえ、ちょっと、息切れが……」

「“ビッグス”、手加減してやれよ? 相手はまだ子……いや、地上には慣れておらんのだからな」

「はぁ。しかし、隊長が言ったんですよ。『週明けまでには基礎訓練を終えろ』って」

「そうだったか? “プリマ”、立てるか? 今日はもうあがっていいぞ。着替えて俺と一緒に宿舎へ帰るんだ」

「りょ、了解しました」


 フランチェスカはやっとの思いで起き上がろうとしたが、半身を起しかけたところで力尽きた。一度寝転がってしまうと、もう一歩も動けなかった。


「やれやれ、おい“ビッグス”、医療ポッドへ放り込んでやれ。“プリマ”、動ける様になったら、隊長室に来い、官舎まで連れてってやる」

「「了解しました」」


 フランチェスカは床に横たわったまま、アルフォンソ曹長はビシッっと姿勢を正して敬礼し、隊長を見送った。


「さ、大尉殿。医務室へ」

「ちょ、“ビッグスぅ”、お姫様抱っこはやめてよ!!」

「暴れんでください、腕に力も入らんのでしょう?」

「そりゃそうなんだけど……」


 アルフォンソ曹長の言うとおり、腕に力が入らないので、おんぶも普通の抱っこも無理そうだった。台車は……見る限りなさそうだった。


 約30分後、医務室の医療ポッドに放り込まれていたフランチェスカは、ポッドから出ると、ロッカールームに行き、着任時に着ていた女性用のコスプレ士官服に着替えた。


「あー、当分はこんな訓練の日が続くのかしら……」

 

 小さな少女の体にも慣れたつもりだった。だが、本格的に体を動かそうとすると以前とは全く違う体格の違いに、まだ当分慣れそうにないなと、ため息をついた。



 フランチェスカは、ローゼンバウアー隊長に連れられ、47訓練戦隊の隊舎とは、敷地を金網の柵で区切る形で隣接する、官舎地区へと歩いて行った。


 その道すがら、身の回りのものだけが入った荷物を抱えたフランチェスカに、大佐は1ヶ月の間、自分の宿舎に逗留するようにと告げた。


「隊長の宿舎に、ですか?」

「ああ。俺のところには妻がいる。大尉も女性が近くにいたほうが、何かと都合が良いだろうと思ってな」

「お気遣い、感謝いたします。お世話になります」


 大佐もまさか“身の危険がありそうだからウチに来い”とは言えなかったが、考えてみれば確かにそれしか、良い考えが浮かばなかった。厄介事には違いないが、これがベストともいえる。女性の部下など、かつて一度も持った事のなかった大佐には、妻が近くで助言してくれたほうが、何かと助かると思った。


「奥様、ご迷惑ではないでしょうか?」

「いや、そんなことはないと思うが……。今日も朝から、中尉の部屋を整えるんだといって、買い物に出かけていたようだしな。料理も期待して良いぞ。Cレーション(野外などで作戦中に食べる戦闘糧食)よりは遥かにうまい。わはは」


 それってぜんぜん褒めていないんじゃないかと、フランチェスカは思ったが、そういう物言いが出来るということは夫婦関係は良好なのだと、逆に安心もした。


 宿舎の扉を大佐が開けるなり、夫人がはしゃいだ様子で出迎えた。


「いらっしゃい! あなたがフランチェスカさんね! 短い間だけどよろしく!」

「は、初めまして、フランチェスカ・ジナステラ大尉です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「私は、シルヴィア・ローゼンバウワー。その“猛獣”の妻よ。“シルヴィア”って呼んでね」

「は、はぁ。では私も“フランチェスカ”とお呼びください」


 フランチェスカの手をとって、ぶんぶんと振り回しながら歓迎の意を示す夫人に、フランチェスカは目を白黒させながら応えた。


「シルヴィ、大尉は訓練でくたくたなんだ。一応医療ポッドには放り込んだが、汗をかいたようだから、シャワーを使わせてやってくれないか?」


 大佐がそう言うと、夫人はフランチェスカにウィンクをしながら、手をとったままシャワールームへと案内した。




 フランチェスカが軽く汗を流し、夫人の用意してくれた部屋着に着替えてリビングに行くと、既に食事の用意がされていた。


「さぁ、たくさん食べてね。Cレーションよりは美味しいわよ」


 その言葉に、ぴくっと反応した大佐を横目にフランチェスカは、指し示された席に着いた。

 夫人が用意してくれた、ゆったりとしたデザインの、ひらひらのワンピースに戸惑いながら椅子に腰掛けると、婦人がグラスにワインを注いでくれた。


「乾杯しましょう。今日はフランチェスカさんの歓迎会ですよ。ささやかですけど」

「ありがとうございます。シルヴィアさん」


 “Cレーションよりはうまい”と夫婦は謙遜していたが、夫人の料理は慣れない地上訓練の初日でくたくただったフランチェスカを、元気付けるには十分な美味しさだった。

 物資の乏しい長い撤退戦の後と言うこともあったが、忘れかけていた家庭料理の味わいに感激していた。


 食事の後、洗い物を手伝うフランチェスカに、夫人は様々なことを質問し、また夫人自身の事も答えた。

 フランチェスカが今までどんな経験をしてきたのかや、なぜラヴァーズになったのか、夫人と大佐との出会いのこと、どういう経緯で夫婦となったのかなど、初対面にしてはかなり深い内容ではあったが、それを何気ない話であるかのように、打ち明けあうだけの交際術を夫人は持っていた。


シルヴィアは昨今では珍しくもない、性同一性障害であったが、なかなか診断がもらえず、また手術のお金もなかった。やむ得ない事情で徴募兵として軍に入り、手術費用は稼ぐことが出来たが、天性の才能であったのか優秀な戦闘艇パイロットだった彼は、早期退役を軍が認めなかった。

 だが、あるとき地上戦に出た当時のローゼンバウアー(当時少佐)の部隊が、危機との報を受けた。

 同じ作戦に参加していた彼は、戦闘艇を駆って少佐の救出に向かった。

 窮地に陥った少佐の部隊を上空から援護し、劣勢を一気に挽回させるだけでなく、逆に敵の部隊を撃退した。

 地上に降り立ち、無事を喜ぶ少佐と彼だったが、隠れていた敵兵士の強靭が襲った。

 咄嗟にかばった彼の体をナイフが裂き、もつれ合う形で倒れてしまった。武器を持っていなかった彼は重傷を負った。

 危うく命まで失うところであったが、体制を立て直した少佐が敵を激闘のうちに倒した。

 一命を取り留めたシルヴィアは、医療ポッドに入る際に、かねてからの願いであった請願書を出した。

 その結果彼は彼女となり、戦地であったこともあり、シルヴィアと名前を変えて、ラヴァーズに志願した。

 ラヴァーズがどんなものかはもちろん知っていた。仮初とはいえ男性と関係を持つことには、抵抗がないわけではなかったが、仕事は仕事と割り切っていた。


 だがローゼンバウアー少佐の方はそうではなかった、優れたエースだったシルヴィアが自分のせいで負傷し、ラヴァーズになったのは、自分の責任だと思っていたのだった。

 それゆえに何かと気遣い、何度か関係を持つうちに少佐はシルヴィアに求婚した。

 その時にシルヴィアもラヴァーズになった本当の理由を明かし、少佐の誤解も解けたが、既に心を寄せ合っていた二人は程無くして婚約し、シルヴィアの退役を待って結婚したのだった。


「……私の話はここまで。それで、フランチェスカさんには、今好きな人はいるの?」

「ええ? いませんよ、そんなの」

「そう? でもさっきのあなたの話しの中に出てきた、リッカルドさんって、あなたに気があるんじゃないかしら?」

「あははは! まさか! リッカルド大、じゃなくて准将とは士官学校時代からの関係で、そりゃあ付き合いは長いですけど、それだけですよ」

「ふうん……。まぁいいわ、きっとそのうち、判るでしょうから」

「判るも何も……」


 自分もいつかは誰かと、結婚することになるのだろうか?

 その相手は男だろうか、それとも?

 フランチェスカには、まだそういったことは、全く想像ができないでいた。




 翌日、隊長と共に登庁したフランチェスカだったが、またもや門の警衛所で止められた。

 コスプレ用の士官服は着用していたが、階級章は大尉になったばかりで、まだつけていない。IDカードは、解隊前の艦隊の所属のままで、まだ書き換えていなかった。


「あ? お前、新しい辞令、貰ったんじゃなかったのか?」

「昨日、BX行くの忘れてましたぁ……」


 マイクロチップの入った階級章か、正規のIDカードがあれば入門時に止められることはない。BXに行けば、新しい階級章も購入できるし、IDカードの更新手続きもできる。しかし昨日は訓練でへとへとだったため、フランチェスカの意識からは綺麗に抜け落ちていた。


「仕方がない、今日は面会票で入れ。君、彼女は私に面会だ」


 隊長は警備の兵士にそう言うと、彼はにこにこした笑顔でいった。


「ローゼンバウアー隊長のお子さんでしたか、かわいらしいですね」

「誰が子供よ!」 「俺に子供はいない!」

「し、失礼しましたー」


 2人が思わず大声で怒鳴ったため、兵士は慌てて敬礼した。


 説明するのもめんどくさかった二人は面会票を受け取ると、47訓練戦隊の庁舎へと向かった。


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