(9)艦橋
「……何か、懐かしい夢見た」
割り当てられた自室で目を覚ましたフランツは、額に手をやりながら起き上った。
(そうか、昨夜あまりに疲れてしまったので、そのまま寝ちゃったんだ……)
汗臭いうえに、よれよれになってしまった制服を脱ぎながら、シャワーを浴びることにした。
(シャワー付き個室だなんて、贅沢だよね……)
昨晩、割り当てられた部屋に入った時は、あまりに疲れていて気が付かなかった。アマルフィ艦内に割り当てられた自室は、高級士官用の部屋だった。
身支度を整えて艦橋へ行くと、司令官席では、リッカルドが腕組みをして目を瞑っていた。
「司令代理、おはようございます」
「……ん? ああ、フランツか。どうした?」
小声で問いかけると、リッカルドは眠そうな目をこすりながら、コンソールに向き直った。
「もしかして、寝ていないの?」
「ああ、2徹かな? ちょっとした仮眠は取ったが……」
「代われる物なら、代わってあげたいけど……」
「あー、そうだな。しばらく任せていいか?」
「僕が? 教頭……じゃなかった、フェラーリオ参謀は?」
「“次席”参謀と艦長は、いま他の艦の状況整理中だ。二人ともシャトルで各艦を回っている」
「幕僚が全然足りていないの?」
「あー、そうだな。だが艦隊と言っても、20隻もないのだから、何とか回せるだろう、ふわぁー」
リッカルドは眠気を払う様に、眉間を揉んだが効果はなさそうだった」
「すまんが少し、仮眠させて欲しい。代わりにここに座っててくれ」
「僕が?」
「なぁに、今は小惑星帯に隠れるように停泊中だ。なにかあったら起こしてくれ、自室にいる。重要案件でなければ、お前の判断で処理してくれ」
「ちょ、ちょっと、いきなりそんなこと……」
「じゃあな、おやすみ……」
戸惑うフランツを置いて、リッカルドは艦橋を退出してしまった。
困ったように、艦橋を見回すと苦笑した表情でフランツを見る者がいた。
「ええと……どうしたものかね?」
「大丈夫だと思いますよ。司令代理も言っていた通り、今は特に緊急の事案が発生する要因は無いと思います。警戒は必要でしょうけど……。あ、自分は航海長のアルバート・ターナー中尉です」
今の艦橋の最高位は彼の様らしく、席を立って敬礼した。
「自分は、第31遊撃艦隊“キアサージュ”の第2飛行隊隊長……だった。フランツ・ジナステラ中尉です」
「存じ上げていますよ、我々が辛くも脱出できたのは、中尉の隊が敵旗艦の攻撃に成功したからでしょう?」
「その一助になれたのであれば幸いです」
「御謙遜を、ダブルスターの最年少記録も中尉が立てたと、同期の中では有名ですよ」
ターナー中尉の賞賛に面映ゆく感じていると、コンソールの呼び出し音が鳴った。
「はい、アマルフィ艦橋、司令席。自分は……留守番役のジナステラ中尉です」
『留守番役……? ああ、ジナステラ君か、司令代理はどうされた?』
通話の相手は、次席参謀のフェラーリオ中佐だった。
「仮眠を取りたいとおっしゃられて、自分は留守番を押し付けられました」
『……そうか、まぁいい、人手不足だ。中尉にも艦橋要員として詰めてもらうことにしよう』
「よろしいのですかね?」
『君の実力は把握しとるよ。先だって脱出時の第2分艦隊の指揮も見事だった』
「あれは指揮と言うものでは……」
『まぁ、とにかく頼む。私は今、戦艦ピエンツァからだが、調査を終えた。あと30分ほどで戻れると思う』
「司令代理に報告しますか?」
『いや、いい。彼も疲れているだろうから、寝かせておいて構わない」
「もしかして、教頭……じゃない、次席参謀もお疲れでは?」
『戻ったら少し休ませてもらうよ。では、通信終り』
フランツも敬礼をして、通信が切れた。
「期待されておりますなぁ」
「やめてください。自分は一介の戦闘艇乗りに過ぎません」
フランツがそういうと、ターナー中尉は軽く笑いながら自席に戻っていった。
フランツはとりあえず現状把握をと、思いながら指揮コンソールを操作しようとすると、メッセージアイコンが点滅していた。開いてみると、簡潔にまとめられた、脱出時から現在位置までの航路と、現在位置の星図、艦隊各艦の配置図に、わかっている各艦の艦体状況などのファイルが送られてきていた。コンソールから顔を上げると、送り主のターナー中尉がこちらに笑顔を向けていた。フランツも軽く頭を下げて、コンソールに向き直った。
★ミ
2時間後、幕僚等会議が準旗艦アマルフィの大会議室で開かれた。艦橋主要要員、及び各艦の艦長と副艦長が集められ、今後の計画を策定するためだった。。
「現在、我々は戦場であったジュトランド星系の2つとなり、スージョウ星系と呼称される星系外縁のCBO(カイパーベルト天体)に停泊中である。星系図を見ての通り、ここは完全に敵支配領域の内側になっている」
次席参謀のフェラーリオ中佐が、大型ディスプレイに表示された星系図を指しながら、状況を説明している。
「……翻って我が艦隊の現状は、戦艦4、巡航艦8、駆逐艦6、補給艦1の総数19隻である」
会議室に沈んだ空気が流れる。艦隊としては中途半端なうえに、バランスが著しく悪い。戦艦の数は多すぎ、駆逐艦の数は少なすぎる。
そのため、数だけ言えば、正規艦隊としては通常の1/3以下、偵察艦隊としては2倍。敵に探知されやすく、敵の通常艦隊に追撃されれば、全滅も覚悟しなければならない。
「ピエンツァ艦長、意見具申」
「どうぞ、タイラー大佐」
「潜伏しながら行動するには、戦艦4は多すぎる。2つの艦隊に分割してはどうか?」
「それも検討したが、戦艦4の内1、巡航艦8の内4、駆逐艦6の内半数が、被害が大きく、分割した場合、片方が全滅か両方が全滅の危険性が高くなる」
「被害の大きな艦は放棄してはどうか?」
「脱出時に、被害の大きかった艦から乗組員を移乗させたので、余裕が無い」
「その件なのですが、巡航艦ヒルデガルドの収容者を一部他の艦に移乗させられませんか? 船室部分に被害を受けているため、艦橋も足の踏み場もない状態で……」
「駆逐艦トーポリⅣ、テンペストⅡも似たような状況です」
「戦艦オストマルクも同様です」
「巡航艦ミョウコウ、モガミ、ヤハギも同様ですね。中には砲座で寝泊まりしている人間もいて……」」
当該艦の艦長たちも、困ったように意見を述べた。
「各艦は現在の収容人数と、受け入れ可能な人数を報告してくれ。戦闘もままならない状況では困る」
「重症者はどうしますか? できれば治療を受けさせたいのです。薬も十分とは言えないので……」
「それも人数と状況を報告してくれ、医療施設のあるアマルフィとピエンツァに移送する。他には?」
フェラーリオ中佐も困惑気味に指示を出した。
「いつまでこの宙域に停泊予定ですか? あまり長期にわたると、補給の問題もさることながら、敵に発見されやすくなるのでは?」
「収容人数の割り振りを終えたら、出発することにしよう。主計科長、どれくらいで終えそうか?」
「報告がいつまでに上がるかに寄りますが、集計が終われば、2、3日あれば行けるかと」
「できるだけ急がせろ。各艦長もよろしいか?」
「「「「アイアイサー」」」」
解散後に、リッカルドは、フランツとフェラーリオ中佐を執務室に呼んだ。




