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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
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(4)基礎訓練


 フランチェスカはアルフォンソ曹長に案内されながら、ロッカールームへの廊下を歩いていた。


「大尉。ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何? コ、コラフ……」

「アルフォンソか、“ビッグス”でいいですよ。発音しにくいのは分かっていますから。」

「じゃ、“ビッグス”。質問をどうぞ」

「はい。大尉は、どうしてラヴァーズに?」

「うーん。くじ引きで当たったから?」

「はぁ? どう言う事です?」


 フランチェスカがラヴァーズになったのは、壊滅状態の艦隊の士気を維持するためであった。

 その選出にあたって、くじ引きが行われたのは確かであったが、フランチェスカ自身がそのくじに細工をしたことは、誰も知らないことだった。


「説明すると長くなるんだけど……それより、“ビッグス”はコードネーム通り、ずいぶんと体が大きいのね。ローゼンバウアー隊長も大きな人だったし。ここの隊の人はみんなそうなの?」


 フランチェスカは隣を歩くアルフォンソ曹長を見上げた。

 フランチェスカの方こそ、成人女性とは思えないほど小さかったが、逆にアルフォンソ曹長の背は飛び抜けて高い。

 曹長の胸にも届かないほどで、大人と子供以上の差があった。


「自分は特殊な方でして……。隊長もウチの中では大きい方です。まぁ部隊の性格上、大男が多いですが」

「そう? うーん……。じゃあ、輪姦される覚悟はしておいたほうがいいかな」

「はっ!? い、今なんと?」


アルフォンソ曹長はぎょっとした表情でフランチェスカを見た。


「大男ばかりなんでしょ? まとめてかかられたら、とてもじゃないけど敵わないわ。だから……」

「とんでも無い! 大尉には他の連中に指一本触れさせるなとの、隊長からの厳命です。自分が大尉をお守りしますから、ご安心ください!」


 アルフォンソ曹長は膝をついて、フランチェスカと目線を合わせると胸に手を当てて、そんなことはとんでもない、というふうに慌てた様子で言った。

 まるで護衛騎士の宣誓の様なシチュエーションと剣幕に、フランチェスカも一瞬固まったが気を取り直すと、目線を逸らしながら言った。


「そ、そう? ありがとう。でも、無理矢理とかじゃなくて紳士的に誘って下さるのなら、別にかまわないわよ? 曹長」

「か、からかわんで下さい!」

「ごめんごめん」


 見かけよりもずっと紳士的でまじめなアルフォンソ曹長に、フランチェスカは安心すると同時に、自分の言ったことにも、なんとなくおかしさを感じた。




 第3種作業衣(上下セパレートの軽快な作業衣。アルフォンソが苦労して用意した)に着替えたフランチェスカは、アルフォンソ曹長とともに部隊の施設内にある体育館にいた。


「じゃ、まずは軽く柔軟からですかね。自分と同じようにやってください」

「こう?」

「いえ、そうじゃなくて、こうです」

「こうかしら?」

「もっと脚を開いて背中を曲げて」

「ぎゃっ! い、いたいいたい!」

「す、すみません」

「いえ、いいのよ。やっぱり体、なまっているのかなぁ……」


 始めるまでは余裕の表情だったフランチェスカも、一時間もしないうちに、全身の痛みと疲れが目立ち始めた。

 一方、アルフォンソ曹長の方も精神的なストレスが溜まっていった。

 フランチェスカに柔軟運動や体術を教えているうちに、フランチェスカの体に触れることも何度もあった。

 普段余り接点のない女性の体。

 汗をかき、苦しそうに喘ぐフランチェスカの傍にいると、その気はないのに、もやもやとしたものが下半身に集まってくるようだった。


「ちょ、ちょっと大尉、そんなに体をくっつけんで下さい!」

「え? だって、届かないんですもの」


 鉄棒を使った体操をしようとしたフランチェスカだったが、はるか頭上の棒に手が届かず、曹長に抱きかかえられて手を伸ばしていた。


「やっとつかめた。やっぱり体が小さいと不便だわ」

「すみません、自分はちょっと……」

「どうしたの? 私はぶら下がって、どうすればいいの?」

「適当に懸垂でも、逆上がりでもやっていてください、ちょっとトイレに……」


 曹長は股間を抑えるようにして、そそくさと去っていった。


「どうしたのかしら? 急に……」


 体育館の高い鉄棒にぶら下がりながら、フランチェスカは溜息をついた。




 午前中の柔軟体操と鉄棒だけで体力を使い果たしてしまったフランチェスカは、あきれてものも言えなかったローゼンバウアー隊長の無言の指示で、医務室の簡易ポッドに放り込まれ、強制的に体力を回復させられた。


 そして午後からは、基礎体術と称してアルフォンソ曹長と格闘戦の訓練に入った。


「午前中だけで体力使い果たしたのに、午後も持つかしら?」


 アルフォンソ曹長もその意見には全く同意だった。

 が、面と向かって言わないだけの分別はあった。


「挌闘戦にはいろんな型や流派がありますが、大尉は何がお出来になります?」

「どんな型も流派もないわ。士官学校でマーシャルアーツⅠを習ったぐらい」


 戦闘艇のパイロットだったフランチェスカは、基本的に挌闘戦を行うことはない。

 だから本格的な格闘術など、訓練でも実践でも経験が無かった。


「ああ、大尉は戦闘艇乗りでしたね」

「それも空間戦闘に限るわ。いまどき艦隊所属のパイロットが白兵戦なんて、ありえないから」


 それに加えて、フランチェスカは今の体になってから、ほとんど体を動かしていない。

 残存艦隊のラヴァーズ(仮)の間、作戦シフト中はずっと艦橋に詰めていたし、ラヴァーズの当番中も基本的には、話し相手や一緒に食事といった事しかしていなかったからだ。

 その結果、体をあまり動かさない癖がついていて、そのことが午前中の体たらくと言う結果につながっていた。。


「じゃ、まずは護身術ですかね? 女性向けの護身術と言えば、合気道とか棒術なんかが定番なんですが、自分は良く知らないんですよね」

「私もどっちも知らない……ジュードーとかは? テレビなんかで時々やってるじゃない」


 (確か女子柔道とかのコミックを読んだことがあったな……)

 フランチェスカは思い出していた。


「そっちなら、少しはかじったことがありますが……」

「じゃあそれで行きましょうよ」

「はぁ……」


 うろ覚えのアルフォンソ曹長と、コミックで読んだだけのフランチェスカの知識ではうまくいくはずもなかった。


「なんか、違う気がする……」

「自分もそう思います」


 “背負い投げって確かこうだった筈”という、いい加減な知識でフランチェスカは曹長に挑みかかったが、そもそもまったく体格が異なる相手に、できる筈もなかった。

 無抵抗の棒立ちの曹長に技をかけたフランチェスカだったが、3倍以上の体重の曹長に押しつぶされるだけだった。


「もう、なんでもいいから相手を倒せばいいんでしょ? とりゃーっ!!」


 と、とび蹴りをかましたが、当然ビクともしなかった。

 “逆に攻撃かわすのはどうかしら?”と、アルフォンソの超手加減をした腕払いにも耐えられず、床をゴロゴロと転がされる始末。

 いかんともしがたい体格差であり、全く相手にならなかった。


「武器なしで挑むのは、やっぱり無理だと思うんですが?」

「じゃ、銃で」

「それじゃ、体術の訓練ではなくなります!」

「そうだよね……」


 飛び道具以外の武器使用可でかつ、ルール無用とハンデをつけてもらったフランチェスカは、“隙がある”と思ったアルフォンソの急所を蹴り上げようとするが、脚を捕まれて逆さまに持ちあげられてしまった。


「体の小さい者が自分よりも大きな相手を倒そうと思ったら、急所を狙ってくるのは自明です。だから……」


 言い終わらないうちに、フランチェスカはさかさまに吊り上げられた状態のまま、渾身のパンチをアルフォンソに打ったが、逆に拳を痛めてしまった。

 そのまま放り投げられた後、かろうじて受身の態勢を取りながら床に転がったフランチェスカは、近くにあった木刀を拾い上げると、ダッシュして袈裟懸けで殴りかかった。

 だが、アルフォンソはいとも簡単に素手で受け止め、掴んだ木刀を振ってフランチェスカを再び投げ飛ばした。


「駄目! ぜんぜん話しにならないじゃない! 一体どうすればいいのよ!」

「単純な攻撃じゃ駄目ですよ。複数の攻撃パターンを同時にかけて、意表をつくとかしないと」

「たとえば?」

「例えば……今の場合であれば、木刀で殴りかかるふりをして、足払いをかけるとか?」

「足払いって、この体格差でかかると思う?」


 フランチェスカの身長はアルフォンソ曹長の胸にも届かず、体重は話にならない程の差がある。


「相手が大男の場合、とにかくバランスを崩させて、そこを攻めるしかないでしょうね」

「どう考えても、無理だわ。体のハンデがありすぎる」

「戦場ではそんなことは言ってられんでしょう、とにかく諦めずに相手の意表をつくことです」

「意表、かぁ……」


 フランチェスカは暫く考え込んだが何も思い浮かばず、とりあえず動きやすいように作業衣の上だけを脱いでTシャツ姿になった。

 そして床に転がった木刀を拾い、再び曹長に挑みかかった。


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