(3)出撃
誤字・脱字報告ありがとうございます。お盆休み中のためちょっとだけ更新頻度が上がります。
新たな敵が3時方向に現われたとの一報を受け、前線にある第31遊撃艦隊に動揺が走った。艦隊司令のシューマッハ中将は即座に麾下の駆逐隊を前進させ、近接戦の準備を始めた。
総旗艦を含む、第2機動艦隊は新戦術によるデコイ制圧のため右舷回頭していった。だが、右舷方向の敵艦隊は数を増していき、最終的には敵正面艦隊とほぼ同数、総彼我の戦力差は2:1以上に開いてしまっていた。
この段階で、通常は速やかに撤退するか、倍以上の敵を各個撃破に持ち込んで、2回以上戦うかを選択すべき状況であった。
しかし、総司令官であるユーフラテス中将は、敵の増派艦隊は正面艦隊の増派艦隊がそうであったように、ほぼすべてがデコイだとの判断を下したようだった。
だが実際にはデコイを除いても、正面艦隊とほぼ同じ数の実艦隊であったのだ。
総旗艦を失ったため、正面艦隊からの集中砲火を浴びる可能性のあった、第31遊撃艦隊、及び第312巡航艦隊は、近接戦闘で砲撃戦を封じ、その間に撤退の体制を整えるべく、艦載艇の発進を各艦に命じたのだった。
「ちぇっ、今頃かよ! ジナステラ隊、発艦準備!」
フランツ・ジナステラ中尉は、第31遊撃艦隊の航空宇宙母艦“キアサージュ”の第2飛行隊隊長として、この第4次ジュトランド会戦に参加していた。
戦闘開始直後から待機命令が出たため、待機室で戦況モニタを睨んでいたが、していたが、何時まで経っても出撃命令が出ない為、悶々としていた。
だがやっと出た出撃命令も、今の状況では自分が見る限り、いち早く味方と合流して撤退すべきと判断していた。
『今頃出撃って、何をすればいいんですかね? 隊長』
副隊長のフェルナンド・グエルディ少尉がめんどくさそうに応えた。
「言われたとおり、出撃するしかないだろ。フェルナンド、サルヴァドーレ、トミー、出撃する。対艦装備で全員搭乗!」
ジナステラ中尉の率いる第2飛行隊は4分隊からなり、全部で8名。
名前を呼んだ3名が分隊長で、残り4名は各分隊の僚機である。
「トミーたちは、残さなくていいんですかい?」
「残っていても仕方ないだろう? 全力出撃する。砲撃戦の間合いなので、各自十分注意すること!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
ジナステラ中尉は、格納庫に待機しているはずの、武装小隊に中隊全機に対艦装備にしてもらうように要請した。そして僚機の皆を連れて装備を整え、格納庫に駐機している艦載艇に乗り込んだ。
整備員の支援を受けて、飛行直前のショート点検を終えると、各員に指示を出した。
「全員準備はいいか? 格納庫から直接発艦する。格納庫管制からの許可が出次第、一気に発艦する!」
『カタパルトは使わないんで?』
「順番なんか待ってられん! 行くぞ」
それぞれがコックピットに乗り込んでいる最中に、艦全体が揺らいだ感じがした。
「おい! これって」
「母艦が攻撃を受けているみたいだな。今のは着弾した衝撃か?」
隊員達に動揺が走ったが、ジナステラ中尉は部下に落ち着くように言った。
「砲撃を受けたからって、すぐに沈むわけじゃない。母艦の中にいるよりも外の方が脅威だ。心してかかれよ!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
ジナステラ中尉も自分の機体の周りを一通り確認し、コックピットに乗り込んだ。ハンガーマスターのハンドサインをキャノピー越しに確認すると、エンジンを点火し、アイドル状態にして待機した。
格納庫が減圧され、艦外へ直接出ることが出来る大きな扉が開いていった。
「PURPLE-FLIGHT request HANGAR-OUT」
『“PURPLE-READER” Cleared HANGAR-OUT. 砲撃が激しいので十分注意してください。GOOD-LUCK!!』
「Thank You! MASTER!」
ハンガーマスターに許可を求め了承を受けると、ジナステラ中尉機率いるパープル編隊は次々と離艦を始めた。
「PERICAN-CONTROL. PURPLE-FLIGHT DEPART MATHER. BOGY-DOPE」
『This is PERICAN-CONTROL.Now Heavy JAMMING. Set ECCM MODE-3』
「PURPLE-FLIGHT Roger. Thank you. GOOD-LUCK!」
無事に離艦できたまでは良かったが、索敵レーダーが真っ白になってしまったため、母艦の宙域管制《PERICAN-CONTROL》に指示を乞うと、濃密な電子妨害がかかっているので、対電子妨害装置の動作モードを“3”設定せよとの答えが返ってきた。
『中尉! 敵だらけですぜ、どっち行きます?』
「TADILは、総旗艦艦隊の防御を優先しているようだが……」
グエルディ副隊長の質問に、ジナステラ中尉は進路を右後方へセットしようとした。
だが突然の明るい閃光を、4時の方向に認めた。
『おい! 今のって!』
『TADILが切れた?!』
『何が起こったんだ!?』
編隊内通信を通じて部下たちの混乱している様子を聞きながら、ジナステラ中尉は、データリンクのチャンネルを順に切り替えた。すると、BARCHNに“GFLG-S <LOST>”の表示を見つけた。
「“ばーちゃん”によれば、総旗艦が消失したそうだ」
『アンドロメダが沈んだのか!!??』
『何てことだ! じゃ、艦隊の指揮は?』
『アマルフィが引き継ぐんだろ?』
『総旗艦がやられたのなら、俺たちゃどうすりゃいいんだ??!!』
部下たちの混乱に拍車がかかるのを避けるために、ジナステラ中尉は命令を下した。
「全機、ステルスモードへ移行。下方の星間物質濃度の濃い領域ギリギリに沿って正面の敵艦隊へ向かう! いいな! 遅れるなよ!!」
『『『『『『『了解!!』』』』』』』
だが、その直後。後方に激しい閃光が走った。
「何だ!?」
ジナステラ中尉は思わずそう叫んだ。繋ぎっぱなしのBARCHNの表示も消失していた。
『母艦が、俺たちの母艦がやられた……』
『“キアサージュ”が、沈んだのか?』
『なんてこった! 俺たちゃどこへ帰ればいいんだよ……』
「落ち着け! 長く戦っていればこんなこともある。俺たちのやることは決まってる!! 母さんの敵討ちだ!!」
ジナステラ中尉は部下の戦意を鼓舞するように叫んだ。
(だがしかし、まずいことになった。この戦いはヤバい……)
部下の間に動揺が走り続ければ、戦闘どころではなくなってしまうかもしれない。ただでさえ、TADILは、沈黙したままだった。撃破されることを想定されていない前提の、総旗艦の戦略・戦術コンピュータが消失したとなれば、データリンクの再構築に時間がかかるだろう。
(アマルフィの先輩は、リッカルド先輩はどうしているだろう……)
ジナステラ中尉は、士官学校時代の先輩でもあり、プライベートでも付き合いの長い人物である、彼のことが気にかかった。
明日も更新の予定です。
今回(しょっちゅう?)、管制用語がいろいろ出てくるので、ちょっと解説を。
フランツの母艦は航空宇宙母艦、いわゆる空母という艦種になります。
艦載機を飛ばして、敵艦艇を攻撃する艦ですね。搭載する艦載機の運用・整備をする艦です。
現代では、遠距離で艦載砲やミサイルの届かない遠距離に攻撃するために艦載機を使いますが、宇宙空間では主に近接戦で乱戦に持ち込むために運用されます。なぜかというと宇宙空間では燃料のほかに、推進剤という物が必要になるためです。小さな艦載機では航続距離がどうしても短くなってしまう上に、遠距離では無重力で大気減衰の無い宇宙空間ではビーム砲や電磁砲など艦載砲で戦う方が、合理的になってくるからです。
では文中では注釈のない用語解説
〇HANGAR:格納庫のことです。ハンガーマスターは格納庫内での一切の権限を持つ人のことです。
〇ECCM:ECM(Electronic Counter Measures=電子攻撃)に対抗する手段、Electronic Counter Counter Measuresのことです。
〇BOGY-DOPE:敵(BOGY)の情報をくれという意味です。
〇GFLG-S <LOST>:連合艦隊旗艦 Grand FLaG-Ships が消失(LOST)。
他にも「わからないよー」という用語とか出てきたら、質問等していただければ、解説するようにしまね。




