幕間:軍管区司令室にて
フランチェスカに辞令を渡す、ガルバルディ大将視点の幕間劇です。本編未登場のフランチェスカの先輩であり、上司のリッカルドも似たような性格です。親子ですからw
アレキサンダー・ガルバルディ大将 第5軍管区宙域艦隊司令長官 兼 同艦政本部長。
この長ったらしい肩書が私の軍における地位である。
軍管区司令とは、分刻みのスケジュールに忙殺されがちな役職である。
だがこれは仕方がない。私が束ねているのは最前線の宙域と、その兵站の全てを担う前線基地を含むからである。
これは宿敵タイロン銀河人民代表会議とかいうクソッタレな敵勢力に対する、正に正面だからだ。
したがって私が統括指揮する部隊は大小32艦隊、3つの補給処、4つの工廠を主として、基地のある惑星トリポリに駐在するすべての部隊が含まれるからである。
それをもって、12星系を守る任務を課せられているのだ。
もちろんその全てを掌握しきれるはずもない。当然副指令や各艦隊司令、補給処長、工廠長などなどが隷下を掌握し、報告させている。私はそれらを書類によって確認し、決裁し、時には命令書を出すのである。
とどのつまり単なるデスクワークである。
また、指令室付の執務官によって整理分類された書類は、大体においてロクに見なくても承認決裁するキーを叩くだけでも、なんとか事足りる。
優秀なスタッフ達よ、ありがとう!
「長官、随分と退く……いえ、お疲れの様に言えますが、休憩されますか?」
おい、いま俺が“退屈そうだ”と言いそうになっただろ。
私の副官は、厭味ったらしい顔つきの厭味ったらしい眼鏡をかけた男で、上官を上官とも思っていないような大変失礼な奴だが、事務処理能力に長けた優秀な男ではある。不愉快なこともしょっちゅうではあるが、奴のおかげで私が楽できるのだから、我慢するしかない。
今だって真面目に執務しているつもりではあるのだが……まぁロクに内容も見ずに、かっちゃんかっちゃんと、決裁キー押しているだけだけどな、わはは。
「そうだな、一息入れよう。コーヒーでも入れてくれるか?」
「8分ほどお待ちいただけますか?」
「ああ」
ちらと机の時計を見ながら返事を返す。珍しいな、私の優秀な副官は、このパターンであれば、すぐにコーヒーを用意してくれるものなんだが……?。
というか、8分ってなんだ? その中途半端な時間は?
などと考えていると、開きっ放しの扉の所にいる従卒が告げた。
「長官、面会の士官殿が参られました」
開きっ放しの扉の向こうに、緊張した面持ちの見慣れない女性士官が立っている。
「ああ、通してくれ」
軍管区司令執務室の扉は、執務時間中は常に開けっ放しである。これはこの執務室独特の慣習だ。
というのも、執務室には面会や報告の類で出入りする人間が非常に多い。
以前はその都度扉の所にいる従卒が開けたり閉めたりをしていたそうだ。
だが何代目だったか司令の時、不慣れな新任従卒が扉を開けるタイミングと、入退出者のタイミングが合わず、扉の所でお互いに衝突することがしばしばだったという。
あわて者で知られた当時の司令も、もちろんその被害者だった。
それで、たまたま虫の居所が悪かった時に衝突事故にあった際、『いちいち開けたり閉めたり面倒だ!扉を外してしまえ!!』と怒鳴ったそうだ。
まさか扉を外してしまうわけにもいかず、妥協案として執務時間中は、常に扉は開けっ放しにすることで、対応したのだという。
それがいつの間にか定着して、“軍管区司令執務室の扉は、執務時間中は開放したままとする”という不文律が出来あがったのだそうだ。
着任初期の頃は、廊下の喧騒がそのまま伝わってくるので、煩わしいなとも思っていたが、いつの間にか慣れてしまった。
まぁこれはこれで、事情を知らない民間人の来客などは『開放的で素晴らしい執務室ですね』などと言ってくれるのだが、真実は知らない方がいいだろう。
そんなことを思っていると、10代半ばといった感じの少女が入室してきた。
一応女性用の士官服を着てはいるが、如何にも安っぽい。おそらく街のミリタリーショップとかに置いてある、子供用のコスプレ衣装なのだろう。
だがなんでコスプレ少女がこんなところに?と訝しげに見つめると、当の少女が官姓名を名乗った。
同時にすっと副官が手元に書類を置いた。
ほぼすべての書類は電子決裁ではあるが、資料だけは、こうして紙で渡されることも多い。どれだけ表示デバイスが進化しようとも、やはり紙にはかなわないところがあるのだ。
資料に目を落とすと、それは確かに記憶のある内容だった。
ああそうか、彼……いや彼女がそうか。
そういえば直接本人に会ってみたいと思い、人事部に自分が直接辞令を渡すと命じたのだった。
輝くような金髪に緑色の瞳は、確かにうちの馬鹿息子と仲良くしてくれた、フランツ坊やの面影がある。が、おそらく身長は150cmにも満たない華奢な容姿は、およそ軍人には見えない。
だが、その戦術的智謀は、それが馬鹿息子の唯一の取り柄に匹敵、或るいは上回るのだ。
見た目的には初対面となるが、互いに知らぬ仲ではない、だが初めての再会に表情を緩めると、彼女もやや緊張を解いたようだった。
簡潔に辞令を言い渡すと、彼女は少し驚いたようだった。
どうやら彼女は自分が地上勤務か、退役を勧告されると思っていたらしい。
まぁ普通に考えたらそうだろうな。だが、彼、いや彼女の才能は惜しい。その戦術的洞察力もさることながら、希少なエースオブエース(撃墜王)でもあるのだ
私が辞令を伝えると、彼女は輝かんばかりの笑顔を見せた。
うん、なるほど。美少女の笑顔とは何物にも代えがたい。
馬鹿息子がこだわるわけだ。
守りたい!この笑顔!
ああ副官、これは事案ではない。拳銃で背中を小突くな、一応上官だぞ?
しかし、戦場へ戻れるのが望外の喜び? 戦争狂か? そんな子だったかな?
というか、ラヴァーズへ再任? こんな小さな子をか?
そりゃあ、かなりニッチなニーズだなw。
改めて彼女をじっと見つめると、少し頬を染め、居心地が悪そうに身をよじった。
だから副官、拳銃で背中をつつくな。事案ではないというに!
しかし、その容姿では、元のように体が動かせまい。
だからこその訓練部隊への一時配属だが、この宙域には“猛獣”との異名を持つ、あの男が隊長をやっている部隊しかない。
いささか彼女には厳しいと思うが、中央の訓練部隊まで行かせてやる時間的余裕が無いのだ。
許せ。
なにしろ、馬鹿息子が艦隊司令をやる遊撃艦隊の、幕僚が予定されているのだからな。
一士官に辞令を告げるだけであるが、知らぬ仲ではない。
席をソファに移し、彼女にも着席を勧めた。
するとすかさず副官がコーヒーを二つテーブルに置いた。
準備がよすぎるなと思いつつふと目に入った時計を見ると……丁度、あれから8分が経っていた。
副官、お前はエスパーか!
まぁいい。休憩ついでに、彼女の武勲と馬鹿息子の話でも聞かせてもらおう。
彼女が退室すると、副官が私に言った。
「長官が幼女趣味だとは思いませんでした」
「馬鹿なことを言うな! 彼女の中身はれっきとした成人だ。いくらなんでも"幼女"は可哀そうだろうが」
いきなり失礼なことを言うな。
「では、言い換えましょう。ロリコンだとは思いませんでした」
「同じだろうが! 息子がご執心だからどんな風に変わったのか、気になっただけだ」
副官は深くため息をついた。
「親子そろって、業が深いのですね……」
「だから違うというに。もう何でもいいわい! それより副官。例のグループがトリポリ市に降りたとのことだが、地上部隊との情報共有はどうなっているか?」
「はい、こちらが報告書になっております」
ガルバルディ大将は厳しい表情で「極秘」と朱書きの付いた報告書を受け取り、副官に次の指示をどうするかに、頭を悩ませるのだった。
次の投稿は明日の予定です。