(9)捜索Ⅰ
フランチェスカは、ラウンジでくつろいでいた専用機の後席であるフェルナンド中尉を呼んで合流すると、コンテナの中を調べた。
「いったい何事なんです? 少佐」
「密航者がいるみたいなのよ、これを見て」
「毛布に、食品パックのゴミ……。端末は?」
「パスワードが判らないのでアクセスは出来なかった。これは後で分析に回すとして、これらを使った人間がどこにいるかよ」
「人間なら、いいっスけどね」
「冗談ならやめて。パック食料は未開封のがあと6パックあるわ」
「つまり、まだどこかに潜伏している可能性は非常に高いと言うわけですかい?」
フェルナンド中尉はやれやれと言った風に両手を上げた。
「で、武装している可能性は?」
「考慮に入れておくべきね。でも……」
「あっしら、丸腰ですぜ?」
「専用機に戻れば、サバイバルキットの中に……あー駄目だわ。空間装備だから信号銃ぐらいしか入っていない!」
「この艦には? 軍艦仕様じゃないですか」
「民間輸送船よ、それも星系近傍向けの。海賊が出る宙域ならまだしも。一応聞いてみるけど……」
フランチェスカは艦橋にいるヴァイオラに尋ねてみたが、やはり武器らしい武器等積んでいないとのことだった。
『下手に戦闘なんてことになったら、アタイらじゃ太刀打ち出来ないからねぇ。ヘタに武装するより、そんなもの積んでいない方がいいのさ』
とのことだった。
「艦隊から応援を呼んだ方がよさそうね。ピエンツァから海兵隊を呼びましょう」「大げさすぎやしませんかねぇ?」
「イヤな予感がするのよ。それに軍事物資を大量に積んでいるのよ。大げさすぎるぐらいでいいわ」
「たしかに……」
フランチェスカは端末を取り出し、ペトラと共にレセプションルームに避難させていたウィンチェスター少尉に、艦隊と連絡を取るように言った。
「私たちは艦橋に行きましょう。ヴァイオラ艦長たちが、艦内監視システムで、不審人物がいないか探しているはずだわ」
「このコンテナはいいんですかい? 調べなくても」
「担いで逃げられるわけじゃないわ。それは後でいい。いくわよ!」
「へいへい……」
★ミ
艦橋にたどり着いたフランチェスカとフェルナンド中尉は、艦内監視システムを操作している、副艦長兼オーナーのドグ・スチーラとモニターを見つめていた。
「この艦、一体何区画あるのかしら?」
「ざっと300区画ですが、あまり細かくは区切っていませんし、監視システムが付いていない区画もあるので、仮に密航者がいたとしても発見できるかどうか……」
「それは仕方がないわ。軍艦並みのシステムと言うわけにはいかないでしょう。乗組員は?」
「全部で25人。あとはボットです。今は持ち場から離れないように言ってあります。現在位置はこれで」
サブモニターに艦内略図といくつかのシンボルが表示され、装着している人員の状況を示すと思われる数値が小さく表示されていた。
「バイタルセンサ付のIDをつけさせているの? 大したものね」
「輸送船乗組員は、体が資本ですからね」
「優良艦として報告しておくわ。通話はできる?」
「もちろん。近くの端末からなら、映像も送受信できます」
「全員に徹底させてちょうだい。密航者を見つけようとはしないで。もし発見したとしても、追いかけたりはしない様に。もし拘束されるようなことがあったら、絶対に抵抗しないで!」
「はい、徹底させます。お優しいのですね」
「民間人に怪我でもさせたら、クビが飛びかねないわ。これは軍の義務よ」
「判りました。徹底させます」
全艦放送でフランチェスカの指示が流されるのを聞きながら、フェルナンド中尉に言った。
「私たちは海兵隊が来るまではここで待機。オープンデッキの主計課員とは連絡は取れた?」
「へい、通話出来ます」
「こっちへ回して。ああ、ネルソン中尉? ジナステラ少佐です。そちらは何か異常はない?」
『ご指示通り、待機中です。なんなんですか、一体?』
「密航者がいるようなの。もしかしたら、テロリストかもしれないわ」
「『テロリストぉ!?』」
フランチェスカの言葉には、通信相手のネルソン中尉だけでなく、艦橋にいたヴァイオラ艦長たちも思わず聞き返した。
「もしかしたら、よ。最悪の事態を想定しているだけ。ピエンツァから海兵隊を呼んだわ。あなたたちは彼らが到着したら、彼らの揚陸艇で待機して頂戴。EVA(船外活動)は問題ないわよね?」
『問題ありません。でもまだ検品の途中なのですが……』
「あとどれくらいかかるの?」
フランチェスカは腕時計を確かめながら言った。
『2時間ぐらいの作業です』
「できる限り進めておいて、揚陸艇が着艦したら、作業は中断。先ほどの指示通りに」
『了解ですが……』
「何?」
『我々が載ってきた連絡艇なのですが、もしテロリストが密航者だとしたら、ロックしておいた方が良いのではないかと……』
フランチェスカは思わずフェルナンド中尉を振り返った。
中尉は自分とフランチェスカを指差してから、親指を立ててウィンクした。それはフランチェスカたちの乗ってきた専用機の方は問題が無いという意味だ。
「そうね、ありがとう中尉。今の指示は撤回。すぐに連絡艇に2人とも戻って中で待機。ドアはロックして頂戴」
『了解しました、少佐』
フランチェスカは一息ついたが、ヴァイオラ艦長は真剣な顔で問いかけた。
「テロリストかもしれないって、どういうことだい? ジナステラ少佐」
「これは機密事項だけど、艦長と副長には知っておいてもらった方がいいかもしれない。他言無用よ。フェルナンド中尉もいいわね?」
「「はい」」
フランチェスカは艦橋の隅に3人を招くと、小声で言った。
「先日、トリポリ首都での大規模なテロ事件があったという事は知っているわよね?」
「少佐が解決したっていう、事件のことかい?」
「解決なんてしていないわ」
「何だって?」
「あんな大規模なテロは、よほど大きな組織がバックについていない限り、不可能よ。たかが市民団体がいくら集まったところで、実行なんてできないわ」
「そりゃそうかもですが、じゃぁなんですかい……まさかタイロンのスパイが?」
フェルナンド中尉が焦るように言った。
「とある情報によると、その可能性が最も高いのよ。私もそう確信している。でもその実行の総指揮をしていたらしい人物は他にいるらしいの。足取りは捕捉は出来ていなかった」
「だから、あのコンテナの荷主が、タイロンの会社だってことを気にしているのかい」
ヴァイオラ艦長が不安げに言った。
「そうよ。でもこれは私の想像でしかない。本当にただの密航者かもしれない。けれど……」
「そう言う事なら、あっしらもそのつもりで行動しやしょう。少佐の状況を判断する目は、確かですから」
“戦場では戦局を見誤ったことは無い”と呼ばれるほどの、フランチェスカの状況判断は、度々戦場を共にしてきているフェルナンド中尉はよく心得ていた。
そのおかげで何度も窮地を脱している中尉にとって、フランチェスカの判断には絶対の信頼を置いていた。
ブックマーク、評価等ありがとうございます。お仕事の関係でまた土曜日更新になります。




