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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
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(3)着任


 翌日。

 女性職員用の宿舎に空きが無いとのことで、市内のホテルで一泊したフランチェスカは、僅かな身の回りの物を持って基地正門へ向かった。


 警衛所ではMP(憲兵)に面会先の保護者は誰かとの問答を繰り返され、うんざりしながらも、配属先の47訓練戦隊に連絡を取ってもらい、ようやく通ることが出来た。

「正規のIDカードなのに、どうして信じてくれないのかしら!」


 “面会票にちゃんとスタンプもらってきてね”と最後まで、自分が正規の軍人であることを信じてもらえなかったことに、憤慨したフランチェスカだった。

 だが、庁舎入口のガラスドアに映った自分の姿を改めて見れば、そう思われても仕方がないかとため息をついた。


 正規の士官服であれば、襟に縫い付けられた階級章にはマイクロチップが埋め込まれていて、偽造防止と身分証明の代わりにもなるのだが、フランチェスカの着ているものは、土産物の子供用の衣装であり、もちろん身分証明にはならなかった。IDカードは正規のものではあったが、所属は解散されたばかりの艦隊のもので、新しい所属への書き換えがなされていなかった。

 

 本来であれば新しい辞令を持って、BX(Base Exchange:基地購買部)へ行けば、新しい階級章の購入とIDの書き換えも一緒に行える。


 だが昨日、ガルバルディ司令長官との面会の際、気を効かせてくれた長官が、市内のホテルの予約と公用車の手配をしてくれたのだった。

 昇進に加えて退役勧告が無かったことに浮かれていたフランチェスカが、その事を忘れていたことに気付いたのは、ホテルのベッドに飛び込んだ後だった。


(そもそも土産物の子供向け士官服じゃ、信じてもらうのが無理かしら? 今日こそはBXで正規の士官服を注文しなきゃ!)


 そう意気込んだフランチェスカだったが、この日もBXへ行く事がかなわなかったが、それはまた後の話である。




 47訓練戦隊の隊長室では、筋肉質で頬に傷のある大柄な人物が出迎えた。


(彼が隊長のローゼンバウアー大佐。噂どおりの野獣と呼ばれるだけの風貌だけど、目は優しい感じだわ……)


 とフランチェスカは思った。

 逆にローゼンバウワー大佐は、改めて実物をみるフランチェスカがミドルティーンのコスプレ少女にしか見えないことに、内心でため息をついた。しかしそんなことは、ちらとも見せずに平静を装った。


「ようこそ、我が47訓練戦隊へ。私が隊長のレオポルド・ローゼンバウアー大佐だ」

「初めまして。フランチェスカ・ジナステラ中、大尉です。短い間ですが、お世話になります」


 フランチェスカは敬礼すると、差し出された手をとり握手をしたが、改めて自分の手の小ささを意識させられた。


「失礼します」

 

 ノックと同時に、男が入ってきた。

 2mはあるはずの扉よりも、さらに背の高い大男にフランチェスカは驚いた。


「おお、丁度よかった。紹介しよう、彼が大尉の世話係だ。判らないことや困ったことがあったら、何でも彼に言いつけてもらってかまわない」


 フランチェスカは、隣に立った大男を見上げた。


「大尉の身の回りのお世話をおおせつかりました、アルフォンソ・コラフランチェスキ曹長であります」

「よ、よろしく。フランチェスカ・ジナステラ大尉です。フランチェスカでいいですよ」

「大尉、ここでは訓練中は互いにコードネームで呼び合うことになっている。私は“ビースト”。まぁ隊長と呼んでもらってもかまわない。彼は“ビッグス”」

「了解しました。私は?」

「大尉は、そうだな……」


 大佐は一瞬、ある単語が頭をよぎったが、しばらく考えて、こう言った。


「“プリマ”と言うのはどうかな?」


 “プリマ”とは、兵士としてはあまり似つかわしくないコードネームだとフランチェスカは一瞬思ったが、今の自分の容姿からすれば、仕方がないと思った。


「はい、結構です」

「よろしい、では“プリマ”、皆に紹介しよう」


 大佐は席を立つと、ブリーフィングルームへと向かった。

 その後を、フランチェスカとアルフォンソ曹長が続いた。




 ブリーフィングルームには、隊の全員が集められていた。


(全部で……15人? みんな大きな人たちばかり、一人だけ小柄に見えるけど、周囲が大きいせいで、実際には普通の体格かしら……?)


 女性としてもかなり小柄なフランチェスカから見ると、アルフォンソ曹長ほどではないものの、山のような大男揃いで、一癖も二癖もありそうな連中だった。


 隊員達から見れば、まるで子供のような……いや一般的に見ても、ようやく中等学校に入ったばかりの少女にしか見えない、小さなフランチェスカを見た隊員たちはざわついた。


「静かに! 紹介しよう。フランチェスカ・ジナステラ大尉だ。約一ヶ月の予定で、我が隊に訓練生として所属することになった」

「フランチェスカ・ジナステラ大尉です。短い間ですが、皆さんよろしくお願いします」


 一瞬の沈黙のあと、ブリーフィングルームに失笑が漏れると、隊員たちが囃し立てた。 


「隊長、何の冗談ですか?」

「いつからここは、託児所になったんすかー?」

「お嬢ちゃん、怪我しないうちに、パパのところに帰ったほうがいいぜ?」

「まさかこんな小便臭いガキが、隊専属のラヴァーズだとか言うんじゃないでしょうね?」


 フランチェスカはこれも想定の範囲と涼しい顔で、隊員たちを一通り見回した。

 自分が逆の立場だったら、たぶん彼らと同じ事をしただろうから。

 さて、なんと言い返すべきかと考えていると、大佐の怒号が飛んだ。


「静かにしろっ! 下種野郎共っっ!」


 ブリーフィングルームの窓ガラスが割れそうなほどの怒声に、思わずフランチェスカも耳を塞ぎそうになった。


「大尉はお前らみたいなクソ虫共と違って、将来を嘱望されたエリート様だ! 失礼だぞ!」


 そう言う物言いも失礼じゃないかと、フランチェスカは思った。

 仕方がないとは言え、あまり歓迎されないのも困る。

 それに自分は、エリートなんかではないとも思った。


「ご覧のとおり、私のこの体は元ラヴァーズだったからです。しかし、私は犯罪を犯したわけでもありませんし、何かの懲罰でラヴァーズでなったのでもありません。自分からなりました」


 フランチェスカは毅然とした態度でそう言ったが、隊員たちの目は冷ややかだった。


「自分からなったってよ! もしかしてそういう趣味の人?」

「俺たちの相手もしてくれんのかよ?」

「“バスク”、お前ロリコンだったのかよ!」

「どんな女性にも、お誘いをかける。それが俺のポリシーさ」

「わははは! ただのスケベだろうがよ。“エロバスク”」


 再びざわつき始めた隊員たちに、隊長の2度目の怒号が飛んだ.


「静かにしろ! 隊内でスキャンダル起こした奴は、理由の如何を問わず営倉入りだからな! 大尉も、いいな!」

「もちろん」

「ジナステラ大尉は約一ヶ月の間、我が隊で訓練を受ける。大尉のコードネームは“プリマ”。世話役はアルフォンソ曹長に任せてある。以上! 解散」


 “やれやれ”という、呟きとため息を後に隊員たちは三々五々、ブリーフィングルームから出て行った。

 

 隊長はフランチェスカに向き直ると、命じた。 


「早速今から訓練に入ってもらう。本来なら3日間の座学からなんだが……期間も短いので省略」

「えー?」

「後でテキスト渡しておくから、空き時間にでも読んどけ」

「どんな内容なんです?」

「海兵隊員向けのテキストだよ。お前さんは訓練後は、戦艦の艦橋要員なんだろ?うろ覚えでも問題ないさ」

「まぁ、そうですね」


 確かに隊長の言う通りなので、フランチェスカは納得したが、疑問も感じた。


「と、言う事は私のカリキュラムって、海兵隊員向けのメニューなんですか?」

「たった1ヵ月では無理だな。本来は半年、落第すれば1年間の訓練期間だ」


 普通は後方に下がって行われる錬成訓練が、わざわざ前線基地に部隊まで配置してやっているのだから、相当な内容であることを予測していたが、フランチェスカには見当もつかなかった。


「1ヵ月で合格しなかったら、私も訓練延長ですか?」

「合格しようが落第だろうが、1ヵ月でモノにしろとの指示だ、覚悟するんだな」「えーっ!?」


 フランチェスカは頭を抱えたくなったが、その様子を笑いをこらえる様にニヤニヤと見つめる隊長に気付いた。


「あれ? もしかして……冗談?」

「そのちっこい体で、海兵隊に入る何ざ無理を通り越して絶対に不可能だ。ま、とりあえず、一般兵並みに動ければいいだろう。まずは基礎訓練だ。“ビッグス”、新兵向けの体術を教えてやれ」

「了解しました。では大尉。こちらに着替えて、体育館へお越しください」


 フランチェスカは曹長が抱えていたバッグを受け取った。


「わかったわ。では隊長、失礼いたします」

「うむ」


 こうして、地上基地におけるフランチェスカの訓練が始まった。


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