(30)テロⅩ・収束
銃声を聞いた二人は、すばやく反応し、身を伏せた。
と、同時に短機関銃の発砲音が廃墟に響き、怒号が飛び交った。
捕虜は何処かからの狙撃によって即死しており、隊長とフランチェスカは身をかがめながら周囲を警戒した。
「“ビッグス”! シルヴィ! 大丈夫か!?」
「奥方も自分も無事です! そちらは?」
「捕虜が狙撃された。周囲を警戒!」
装甲車を調べていた、”アドラー”達も、銃声を聞きつけて戻ってきた。
フランチェスカも背を低くして立ち上がった。隊長から数歩離れて、”ビッグス”とシルヴィア夫人が退避した右側に見える廃ビルの陰に移動しようとすると、反対側の廃ビルから黒い小さな影が飛び出してきた。
黒い影は射線を固定されないように、飛び跳ねるようにして左右へジャンプしながらローゼンバウアー隊長の死角から背後へと間合いを詰めていった。
隊長の一番近くにいたフランチェスカは、小さな影のその手に鈍く光を放つ短剣を見て、思わず体が動いていた。
「隊長! 危ない!」
「ストレガ! こっちへ来るな!!」
「フランちゃん! 駄目っー!!」
叫び声と悲鳴が飛び交うなか、フランチェスカは隊長と黒い影の間に入ろうとした。
だが、影は目標をフランチェスカに変えて、鋭い眼光を放ったかと思うと、赤熱した熱短剣の矛先を向けた。
「こ、子供!?」
間近に迫った黒い影の正体が、少年であったことに気付いたフランチェスカは、思わずその場に固まってしまった。
「死ねぇっ!!」
右手に持った武器のようなものを避ける寸前、少年の顔が月明かりにはっきりと見えた。
「あ、君はあの時の!!」
昼間、シルヴィア夫人と出かけていた街。本屋で万引きと間違われた少年にそっくりだった。ジャケットに野球帽という姿に、見覚えがあった。
少年の方もフランチェスカに気付いた。
「お前! あの時の女?!」
ジャケットの少年、“ジュニア・リー”という偽名の少年は、自分に見覚えのあるフランチェスカを、今最も倒すべき敵として認識した。
「見られたからには死ね! 女!」
「きゃっ!」
飛びかかってきた少年に、フランチェスカは押し倒された。
かろうじてナイフを持った手を抑えることはできたが、力は少年の方が強いようでじりじりと刃が迫っていた。
「「“ストレガ”!」」「フランちゃん!!」
隊長たちが叫ぶと同時に、“バスク”が短機関銃を、威嚇発砲した。
銃声に一瞬気を取られた少年を、フランチェスカは足で蹴り飛ばした。
だが直ぐに体制を建て直し、起き上がれないでいたフランチェスカに再び襲いかかった。
だが凶刃が襲うのよりも一瞬早く、ローゼンバウアー隊長が猛然と突進してきた。
「隊長!!」
フランチェスカが悲鳴を上げたが、隊長は小さな襲撃者をものともせずに、その巨体で弾き飛ばした。
フランチェスカたちを襲った少年は、ローゼンバウアー隊長のタックルに弾き飛ばされたものの、受け身をとって立ち上がり、持っていた閃光弾を破裂させると、いずこへと去って行った。
「くそっ! よく訓練された奴だ!」
「隊長、追いかけますか?」
フランチェスカが訪ねたが、隊長は首を振って答えた。
「いや、身を隠す場所が多いここでの追撃は、この人数じゃ無理だろう。後は憲兵の連中に任せよう」
「隊長! その怪我!」
見ると隊長は、少年の持っていた刃物で傷つけられたのか、腕から血を流していた。
「いや、大丈夫だ。救急キットあるか?」
おろおろするフランチェスカの代わりに、副隊長の"アイアン"が答えた。
「カンガルーに戻れば。幸い車両放棄後、特に被害を受けてはいないようなので
「隊長、すみません。私のせいで……」
「何、これぐらいのけが、大したことはないさ、俺は二人目の妻をもらう気はないからな」
と、片目を閉じながら、妻であるシルヴィア夫人のほうをちらっと見ながら言った。
「もう、フランちゃん! 無茶をして! 肝が冷えたわ。この人は自分の2本の足で立っている限りは大丈夫よ」
「ごめんなさい、シルヴィアさん。つい体が動いて……」
「フランちゃんが無事だったからいいわ。はい、あなた。これで上から押さえて」
そういうと、シルヴィア夫人は持っていたハンカチを夫に渡した。
「フランちゃんの方はどう? けがは?」
「倒れた時に背中を打っただけで、大丈夫です」
「まぁ、あれだけ動けたんなら、落第だった格闘術も合格にしてやろう」
「ホントですか! 隊長」
「ただし、落第ギリギリだがな」
「ぶぅ、そういうと思ってました」
とりあえずの緊張が解けた隊員たちも、声をあげて笑った。
放棄した兵員輸送車から、救急キットを回収してきた"バスク"も加わり、隊長の応急手当を済ませていると、風に乗ってかすかにノイズ交じりの無線通信の声が聞こえた。
不審に思った"アドラー"たちが周辺をくまなく捜査すると、破壊した戦車の残骸から、携帯無線機が出てきた。
「これは……」
無線機からは、なぜかテロ鎮圧の指揮無線通信が流れていた。
「この回線は暗号化されているはずなのに、なぜこの無線機は復調できているんだ?」
「恐らく、軍の中に内通者がいるのでしょう」
疑問を口にした隊長に、“アドラー”が言った。
「内通者って、つまりテロリストどものシンパが、軍の中にいるってことですかい?」
“バスク”はヤレヤレと言ったふうに両手を広げた。
「隊長、襲ってきた男の子、見たことがあると思います」
「何!? どこでだ?」
「昼間、シルヴィアさんと出かけた街の本屋で」
「そうなのか? シルヴィ?」
シルヴィアも記憶をたどるように答えた。
「いえ、私のところからはっきりとは。でもフランちゃんの言うとおり、トリポリ市の書店で、少年と眼鏡をかけた長身の痩せた男を見たのは、確かよ」
「バウマン大佐も、彼らを調べていたみたいでしたよね」
「そうね」
「ふむ……後で報告書を書くときに、詳しく話せ。それとこの無線機を持っていろ。後で憲兵の連中に渡しておけ」
『……101、959。……101、959。……101、999……」
隊長がそう言ってフランチェスカに無線機の確保を命じたちょうどその時、件の無線機が数字の羅列を告げた。
「隊長、今のはなんでしょうか?」
「恐らく、連中の暗号通信だろう。数字はたぶん俺たちがやっつけた連中を呼び出しているんじゃないかと思う」
しばらく軍の無線に交じってテロリストの通信が再び入らないかと傍受を続けたが、その後は何も入ることはなかった。
「この連中からの連絡が途絶えたので、作戦は失敗したと気づいたんだろう。黒幕は別のところにいるというわけだな」
「軍の中にも内通者がいるとなると、マスコミ連中の格好のエサですね」
「あの節操無しの出歯亀どもは、軍のやることなすこと、全て悪事だと思っているからな」
バスクも憎々しげに言った。
隊長は無線機のスイッチを切ると、フランチェスカに渡しながら言った。
「内通者が何者か、どこの所属なのか、調べるのは憲兵の連中に任せよう。よし、パンテルの捜索をしつつ、撤収するぞ!」
「「「「了解!!」」」」
その様子を、崩壊しかかったビルの陰から、見守っている男がいた。
「ふん。“A”も顔を見られたか……。仕方がないな」
灰色の厚手のコートを着た男は、周囲の色に溶け込んでいたため、フランチェスカたちがその事に気が付くことはなかった。
その後、フランチェスカ達は合流してきた増援部隊に、行方不明のパンテルの捜索を引き継ぎ、基地へ戻った。
負傷した隊長をかばいながら、指揮所に帰還したフランチェスカは、隊長の指示で、憲兵隊長のバウマン大佐に、鹵獲した無線機と共にこのことを伝えた。
こうしてトリポリ市を舞台にした大規模テロ事件は、収束に向かっていった。




