(29)テロⅨ・仲間たち
地上では、すさまじい破砕音とともに、戦車の砲塔から後ろがフランチェスカ機の射撃によって引き裂かれ、スクラップになっていた。
爆発こそは起こさなかったものの、赤熱した破断部からは炎が出ていた。
「やったか?」
「そのようですね。乗員は?」
「あの様子なら、ドライバーは助かっていると思うが、砲手と車長は跳弾で駄目かもしれんな」
「おおお、ナンマンダブ、ナンマンダブ……」
「一歩間違えば、こっちが霧にされていたからな」
スクラップ同然となった、戦車の状況を確かめるべく、隊長たちがビルの陰から出てくると、別の方角から、地鳴りのような音とともに、瓦礫の崩れる音がした。
「ん? なんだ」
「隊長、まずいですぜ、どうやらまだ生き残っている奴がいたみたいです」
瓦礫にうずもれていた筈の装甲車が、息を吹き返したかのように、核貯蔵施設に向かって、動き始めた。
「まずいですぜ、隊長! このままじゃ!」
「もうライフルも弾切れです。ロボットの数が多すぎた」
「“プリマ” 応答しろ! 装甲車がまだ一台残っている、撃破できるか?」
高度を取り、上空をゆっくりと旋回していたフランチェスカ機に、隊長からの無線応答があった。
『“プリマ” 聞こえるか? 装甲車がまだ残っている』
「う、ウソ! もう一台!?」
『フラン、GUNの残弾は20よ!』
「20……全然足りないわ。レーザーじゃ、多分無理!」
『足止めできるかも怪しいわね。フラン、地表ギリギリで後ろに回り込んでみて。タイヤを狙ってみる!』
フランチェスカは、シルヴィアの言うとおりに機体を地表スレスレに降下させて、装甲車の後方から射撃位置につけた。障害物を避け、廃ビルの乱流に翻弄されないように、機体各所のスラスターを小刻みに使うため、まるで機体が青白いリングに包まれているかのように見えた。
『うーん、さすが私の妹!』
機首に取り付けられた機銃が一瞬だけ火を吹いた。
それは照準どおりの正確な方向へ向かって吸い込まれていったが、装甲車のタイヤに命中できるまでには至らなかった。
「た、弾切れ!? やっぱり足りなかった……」
『フラン! イジェクトするなら、付き合うわよ!』
「い、イジェクトって?」
『この機の残存兵装じゃ無理なんでしょ? それなら機体を直接ぶつけちゃいなさい!』
「うわぁ……、シルヴィアさんって、カゲキ! じゃあ一度、安全なところまで下がりますから、そこでベイルアウトしてください」
『そんな時間ないわ。付き合うっていったでしょ。大丈夫、地上に降りたら、あの人が守ってくれるから』
「でも……」
逡巡するフランチェスカのレシーバーに、隊長の声が響いた。
『“プリマ”! シルヴィの言うとおりにしろ! どうせシルヴィは俺の言うことだって聞かん!』
「隊長まで……。もう! 知りませんからね!」
フランチェスカは装甲車の軸線に機体を乗せ、正対するようにして突っ込んでいった。
ぶつかる直前、機体を僅かに引き起こすと同時に、コックピットモジュール毎切り離した。
慣性で前方に進みながらも、コックピットモジュールは機体後方に引き離されていった。そしてGキャンセラーの効果で装甲車のはるか前方に軟着。機体の本体部分は、切り離されたショックで急激にバランスを失って降下し、見事に装甲車を直撃した。
コックピットモジュールから脱出した、フランチェスカとシルヴィアは、直ぐに隊長たちと合流した。
「シルヴィ、“プリマ”、怪我はないか?」
「大丈夫よ、あなた」
「私も怪我はありません」
「見事な操縦だったな。“プリマ”」
「へへへ、それほどでも……」
テレ笑いをするフランチェスカだったが、シルヴィアが夫に正した。
「あなた、フランはもう立派な戦士よ。“ストレガ”と呼んであげて」
「“ストレガ”だと? だがそれは……」
「私はもう引退したの。私の技術はフランちゃんに引き継いだわ。それを彼女は自分なりにものにした。だから、彼女こそが新しい“ストレガ”だわ」
「そうか……。では、“ストレガ”、我々と合流し、任務を継続せよ」
「はい、隊長!」
「よろしくな、“ストレガ”」
「これからも頼むぜ! “ストレガ”」
口々に隊員たちが、フランチェスカを称える。
「しかし良くやったな“ストレガ”。トリプルエース達成だな」
「え? 車両でもスコアになるんでしたっけ?」
「今ので戦闘艇をスクラップにしたのも、ここに来てから通算で2機目じゃないか」
皮肉交じりにローゼンバウアー隊長が褒めた。
「自分の乗機じゃなければね……」
肩をすくめ、ばつが悪そうに言うフランチェスカに、隊員たちも大いに笑った。
「さて、じゃ、反戦テロリスト共の証拠保全に行くか」
「大丈夫、ですかね?」
「死体でもかまわんが、生きていればなお都合がいい。だが武装している可能性が大だ」
「“ストレガ”、PDWは持ってるか?」
「(サバイバル)キットの標準装備だけ……と、あれ?」
フランチェスカがキットの入ったトランクを開けると、普通ならあるはずの拳銃の代わりに、小型の短機関銃が入っていた。
「おやっさんも気が利いているな。こっちは弾切れでどうしようかと思っていたが、これが一丁あるだけでも、ずいぶんと心強い」
隊長は短機関銃を取り出すと安全装置を解除し、薬室に装弾してから再び安全装置をかけた。
「“バスク”、お前がこれを持て。お前の銃は“アイアン”に渡せ。“バスク”以外は全員マガジンチェック。1発だけ残して残弾はすべて“アイアン”へ」
「「「「了解」」」」」
それぞれが銃のマガジンをチェックし始めたので、フランチェスカもしようとしたが、腰に手を回したところで、PDWの入ったトランクは、さっき隊長に渡したことを思い出した。
「隊長! ワタシは銃がありませんが?」
「どうせ当たらないから、持っていなくてもいい」
「酷い!」
フランチェスカの抗議を無視して、隊長は続けた。
「“ビッグス”!お前は、“ストレガ”とシルヴィを守れ! 後方に下がっていろ、と言いたいところだが敵の全容がまだつかめていない。二人を庇いつつ、俺から離れるな。“ストレガ”もシルヴィもいいな」
「「「「了解!」」」」
「とりあえず、二手に分かれよう。俺たちは戦車の方へ行く。“アイアン”! “ウルフ”と“ドク”、“ファルコン”とともに装甲車の残骸のほうを調べてくれ、残りは俺に続け!」
「了解しました、隊長。おい、いくぞ!」
フランチェスカは隊長の命令に従い、“ビッグス”の後ろに隠れるようにして、自分もシルヴィアに気を使いながら、隊長の後を付いていった。
隊長たちが撃破した戦車を調べ始め、フランチェスカとシルヴィアは“ビッグス”に守られる様にして少し離れた位置、瓦礫に隠れるようにしゃがんだ。
車長と砲手と思しき2人は、明らかに死亡しているのがフランチェスカのところからも見て取れた。
だが、車体の前半分は原形をとどめており、ドライバーは気絶しているだけのようだった。
隊長がナイロン手錠でドライバーを拘束すると、捕虜となったドライバーの頬を叩いた。
「おい! 起きろ! お前は何者だ、なぜこんなことをしている?」
「……これは、高名なローゼンバウアー大佐ではありませんか、お目にかかれて恐悦至極……」
「ふん、俺を知っているなら話は早い。質問に答えろ、お前の名前と所属団体、こいつに乗っていた理由を言え!」
「言えるわけなかろう、弁護士を要求する。それまでは黙秘権を行使する」
「大方、エセ市民団体の息のかかった左翼弁護士だろう? バックにタイロンがいるんじゃないのか?」
「タイロンだと? 何を馬鹿な、我々は純粋な市民組織だ」
「その市民組織とやらが、なぜ戦車なんか持っているんだ? おまけにこの戦車に積んであった砲は、ちょっとやそっとじゃ手に入らない大層なシロモノだ。軍にも手引きしている奴がいるんだろう? 素直に全部ぶちまけないと、お前の顔を誰だかわからなくなるまで殴るぞ?」
「ふん、殴りたければやればいいさ。後で困るのは、お前たちの方だ……」
捕虜はそういうとぺっとつばを吐いた。
「わかった。今この場で言わないつもりなら、どうせ後でも言わんのだろう? 手間を省くために、今ここで始末しよう」
「そんなことが許されると思うのか!」
「知るか! こんなところに我々以外がいるわけでもなし、何とでも理由はつけられる」
「鬼畜軍人め!」
「テロリストなんてその場で射殺が常識だ。覚悟しろよ、残念ながらもう弾がないんだ。銃でラクに逝かせてやることができないんで、その辺の棒っ切れで撲殺ってことになるんだが、苦しいのは我慢してくれよ。おい、ちょっとそこの転がっている棒を持って来い!」
と、隊長がフランチェスカに向かって言った。
「え? わ、私ですか?」
フランチェスカが足元に転がっていた、金属の棒を持って隊長に手渡そうとした。
だが隊長は受け取らずに言った。
「“ストレガ”、こいつを殴り殺せ、一発じゃ無理だろうから、まず内臓を潰してから、頭を潰せ」
「ええっ! わ、私そんなこと……」
フランチェスカはあまりの言葉に、怯みながら後ずさりしようとすると、隊長はフランチェスカのほうを見て片目を閉じながら、左手の親指を立てて上に向けた。
「(あ、そういうことか……)ごめんなさい、私見てのとおり非力だから、楽に殺してあげるのはできないわ。隊長命令だから我慢してね」
と、作り笑顔で捕虜に向かって振り下ろした。
わざとよろけて狙いが外れたかのように、持っていた棒っ切れで捕虜のむこうずねを思いっきり叩いた。
ぎゃっ、と捕虜が悲鳴を上げたが、かまわず二撃目を放とうとゆっくりと振りかぶりながら、こういった。
「ごめんねぇ、狙いが外れちゃった。次はちゃんと当てるからね」
「おい、たかがウジムシ一匹潰すのに、何時間かけるつもりだ?」
「夜が明けるまでには何とか……」
隊長とフランチェスカは、薄笑いを浮かべながら言葉を交わしていると、捕虜がもうたくさんだといわんばかりに叫んだ。
「わ、わかった! 話す! 知っていることは全部話すから勘弁してくれ!」
「最初から、そう素直に言っておけばいいんだよ」
と、隊長が捕虜のほうへ手を伸ばそうとすると、捕虜の頭から血しぶきが飛んだ。




