(28)テロⅧ・肉迫
フランチェスカ機は満月の夜空を、戦場となる目標地点に向けて飛行していた。
『月明かりのせいか意外によく見えるわね。フランちゃん、IRSTはどう?』
「まだそれらしきものは……。でももうすぐ現着しますよ」
目標地点に近づいたところで、前方に砂煙が上がっているのを発見したフランチェスカは、無線を地上のチャンネルに切換え、そこにいる筈のローゼンバウアー隊長に呼びかけた。
「This is STREGA, BEAST Do you read? This is STREGA...BEAST! This is STREGA,Read Back!!」
何度か呼びかけると、ザザッというノイズの後に応答があった。
『その声! “プリマ”か?!』
「隊長! よかった無事で! 今応援に来ました!」
『助かるぜ、こっちは身動きできない。戦車が見えるか?』
「見えます。なんなんです? あれは!」
『バスターレールガンを装備している。対空装備はないが、低空侵入時は気をつけろ、砲身仰角は概ね最大20°、だが射界に入るなよ。跳弾がウンカみたいに押し寄せてくるぞ!』
「バスター……?」
聞き覚えのない兵装に一瞬フランチェスカは戸惑ったが、直ぐに思い直して言った。
「それで、装甲車のほうは?」
『“バスク”が片付けた。捕虜の確保は断念』
「“パンテル”は? ディッケル少尉はどうなったんですか?」
『わからん。だがそう簡単に死ぬ奴ではないと思う』
「判りました。とにかく隊長、攻撃の指示を!」
フランチェスカは、敵目標と思われる戦車の頭上を航過すると、一旦上空を離脱した。
『こっちは手持ちの武器が無い。まだ少しなら持ちこたえられるが、先に核貯蔵施設へ向かっている戦車をなんとかしたい。できるか?』
「対地ミサイルを装備しています。やっつけちゃっていいんですよね?」
『出来れば捕虜をとりたい』
「捕虜?」
『バスターレールガンは正規軍の最新装備だ。つまり奴が破壊したものは、軍が破壊したものだと、反体制派に喧伝されることになるだろう』
「それじゃ……」
『なんとしてもテロリストの仕業だったという、証拠を抑えておく必要がある。そしてそれは軍の中に手引きしている奴の、尻尾を掴む事も出来るだろう』
「でも、対地ミサイルじゃ、運がよくても丸焦げですよ、どうすればいいんですか? 隊長!」
『プリマ。落ち着いて、機関部だけをレーザー機銃で撃ち抜け』
「機関部だけを? 動いている目標をですか? 第一どこを狙えばいいのか……」
『車体自体は軍の払い下げ品だ。20式MBT!』
「そんなことを言われても、AFVは専門外ですぅ~!!」
『そうだったぁっ!』
おまけにいくらFCSの精度が高かったとしても、機銃弾はある一定の散布界があって、距離によっては小さな戦車全体を散布界の中に包んでしまう。レーザーなら照準の一点にエネルギーを集中できるが、モジュラー装甲ならば、超低空で側面から近づいて、長い時間照射し続けなければ、打ち抜けないだろう。しかも相手は移動中とあっては難しい。回り込んでいるうちに、バスターレールガンによって、戦闘艇といえども一瞬で霧にされてしまう可能性が高い。
フランチェスカが躊躇していると、意外な人物が無線に割り込んできた。
『それはこちらからデータを送ろう、フランチェスカ君』
「その声……、憲兵隊の!」
「なんでお前がこの周波数使っているんだ、アル!」
『憲兵の特権。説明は後だ。フランチェスカ君、その機体のFCSはモードSTL(単一目標収束)を使えるか?』
「モード、ST……?」
『君の機体には、レーザーと通常の徹甲弾を発射できる機銃があるはずだ。モードSTLなら機銃から徹甲弾で精密射撃が出来る。機体を安定させることが出来ればの話しだが』
「はい、ええっと……これじゃない……」
フランチェスカはFCSの画面を切り替えたが、初めて扱う機体だけあって、共通コンソール以外はよくわからなかった。そのため、FCSのどの階層にあるかがうまく探せなかった。
『フランちゃん、FCSのC階層1番目にKE-GUNをストアして!』
『この声は、シルヴィア夫人。貴女がフランチェスカ君の機体に?』
『ええ、成り行きでね』
「あ、あった、ありました! ここからどうすればいいんです?」
『バウマン大佐。照準データは暗号コードCFBFで送って頂戴』
『あなたが乗っておられるなら安心です。今送ります』
シルヴィアは、データの受信をコンソールの表示で確認すると、直ぐにフランチェスカに指示を出した。
『受信したわ。フラン、戦車への攻撃は私に任せて、貴女は操縦に専念しなさい』
『え? 夫人が操縦なさっておられるのではないのですか?』
バウマン大佐の疑問の声に、シルヴィアは自慢げに答えた。
『ええ、そうよ。操縦はフランちゃんがやってるの』
『……』
「バウマン大佐、何かご不満でも?」
『いや……その、照準はFCSがやるので、キューに従ってトリガーを引くだけですが、機動は……』
『フランちゃんは私の一番新しい愛弟子なの。とっても優秀なのよ?』
『はぁ……。いや、シルヴィア夫人が、そうおっしゃられるのならば……』
ぶつぶつと何か呟くような声がレシーバーの奥から聞こえたと思うと、ターゲットコンテナの形状が変化し、矢印と小さな十字がHMD視界の隅に移動した。
『"プリマ"、こちら“ビースト”。先に奴を足止めするんだ! 戦車前方の廃ビルを破壊しろ!!』
「破壊って! ミサイルでビルをですか?」
『そうだ! 距離をとってミサイルを発射し、そのまま奴の後方から接近するんだ。イルミネータの準備はできた。第1目標、先ずビルを狙え!」
フランチェスカはSMSを操作してAGMに切り替えた。
そしてHMDに表示されているIRST映像の中から、戦車前方の廃ビルをFCSのプライマリにロックさせた。
「廃ビル、ロックできました!」
『よし、続いて第2目標、敵戦車! “バスク”、イルミネータ照射始めろ!」
シルヴィアが暗号で送られてきていた戦車の照準コードを、FCSのセカンダリにストアさせるとほぼ同時に、レーザーイルミネータからのリンク要求がHMDに表示された。
『“プリマ”! キャプチャできてるか?』
フランチェスカはFCSを叩いて空対地モードを移動目標に切り替え、戦術データリンクのチャンネルを合わせると、“バスク”が廃ビルに向けて照射しているレーザーイルミネータからの情報が機体に流れ込んできた。
「はい、捕らえました。ビルの谷間かぁ……。乱流が怖いわ」
『フランちゃん! 戦車の方は垂直降下で狙える?』
「ええっ? 引き起こしの時、Gキャンセラの効果を超えますよ?」
ビル群が巻き起こす乱流を避けるのならば、ビルよりも高い上空から深い角度で降下すればよい。だがバスクが使っている、照準を得るためのレーザーイルミネータは有効距離が短い。もし実行するなら、照準にかける時間はほとんどない。それにそんな高度から降下して、地上に激突する前に引き起こしをかけるなら、機体の限界に近い過大なGがかかる。
『私だって元パイロットよ、大丈夫。それに直上からならば、例えモジュラー装甲で守られていても、収束射撃なら一瞬で撃ち抜けるわ』
フランチェスカはFCSのキーを叩いて、照準の継続に必要な高度と時間を計算した。
「判りました。エイミングタイム、1秒でいいですか?」
『充分過ぎるわ! フランちゃんの腕が確かなら!』
「任せてください!」
フランチェスカは、ビルを破壊するため、FCSを再度地上固定目標に変え、先ほどロックした第1目標に合わせた。タイミングを見計らってAGMを全部発射し終わると、アフターバーナーを全開にして垂直上昇を始めた。ミサイルの爆発音とそれに続くビルの倒壊音、さらにエンジンの咆哮がまじりあって廃ビル群に反響しあい、戦場全体が鳴動した。
そしてフランチェスカは機体を上昇の頂点に到達させると叫んだ。
「隊長! 目標の正確な座標を!」
『“バスク”! イルミネータ照射角度変えろ! 真上だ! データリンク再接続!』
垂直上昇により、一旦リンクが切れたデータリンクが再びつながり、戦車の正確な座標データが送られてきた。すかさず後席のシルヴィアが後席のSMSのコンソールに手を伸ばし、GPSからの座標データと重ね合わせてFCSの第2目標にストアする。
その結果は前席のHMDにも表示され、目標の位置を正確に捉えていることを示した。
「ボギーキャプチャ! シルヴィアさん、加速しながらの降下、行きますよ!」
『いつでもいいわ!』
エアブレーキとスラスターを併用すれば、降下中でも射撃時間が長く取れる。
だが、廃ビル群が巻き起こす乱気流で、機体が揺さぶられる可能性があった。フランチェスカは地形状況から、より機体が安定するだろう、加速しながらの降下のほうを選んだ。
フランチェスカはアフターバーナーをカットし、スロットルもアイドルに入れた。
それまで急上昇を続けていた機体が一瞬空中に静止すると同時に、フランチェスカの操作でくるっと反転して下を向き、スロットルを再びミリタリーに戻すと、今度は猛然と垂直降下を始めた。
「TARGET INSIGHT!」
『MASTER-ARM ON! FCS,SELECT KE-GUN MODE-STL』
「MANEUVER-LIMITTER CUT!」
『TARGET LOCK!』
「ON COURSE!」
『LASER CAPTURE! AIMING START!』
HMDのターゲットコンテナが、正確に目標を捉えていることを示すように赤く光り、目標までの距離を示すインジケーターが、瞬く間に小さくなっていく。
すかさず後席のシルヴィアが叫んだ。
『FIRE!』
機首下部に備えられた機銃が火を吹き、一瞬の間に大量の徹甲弾を猛烈な勢いで吐き出した。
その間にも機体はものすごい勢いで地面に迫り、VWSが“TERRAIN!! TERRAIN!!”と地面への衝突警告を発した。
「舌かまないでくださいよ!!」
フランチェスカはHMDの中に閃光を認めると、すぐさまそう叫び、スティックを力いっぱい引いて、強引に機首を上げた。スラスターも併用した機動で、機体は縦方向に向きを変えはじめた。
過大なG変化がコックピットの二人を襲い、レーダー高度計の甲高い墜落警報が鳴り響く。フランチェスカは握り締めていたスロットルを力いっぱい押し出し、アフターバーナーを全開位置にした。VWSが今度はGキャンセラの効果を超えて過大なGが機体にかかっていることを知らせた。 フランチェスカは目の前が徐々に暗くなり、過大なGで放してしまいそうなスティックを必死に維持し続けた。暗く狭くなっていく視野の中、かろうじて高度計がプラス上昇に転じたのを見て、フランチェスカはスティックを緩めた。
視野が回復し、機体にかかっていたGが緩んだ。
「シルヴィアさん! 大丈夫ですか!!」
「……ええ、大丈夫よ。ブラックアウトしかけたのも久しぶり!」
キャノピーミラー越しに後席を見ると、そこには少し上気したシルヴィアの笑顔があった。
フランチェスカは、ほっと一息つくと、地上にいる隊長たちを呼び出した。
次の更新は週末になります。
サブタイの番号がミスっていたので修正しました。




