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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
24/119

(22)テロⅡ・蠢動


 車体の右前部がひしゃげた車が、裏路地を暴走していた。助手席の少年が、運転している男にいら立ちを隠せない風に話しかけた。


「車の運転も満足にできねえのか! 下手くそめ!」

「あれは相手の車が飛び出してきたのが悪い」


 男は曲がり角を、タイヤを軋ませながら猛スピードで曲がっていった。

 同時にブラブラになっていた、車体の一部が外れ、ガランゴロンという音が背後に響いた。

 少年の方は強烈な横Gにうめきながら、さらに悪態をついた。


「曲がるなら曲がると言え! 下手くそ!」

「しょうがないだろ、子供が道の真ん中にいたんだ!」

「いまさらもう一人ぐらい殺ったところで、大した話ではない」

「子供だぞ?! 血も涙もないな! それよりもあの書店にいた女のことだ!」

「あ? 幼児趣味かよ! このロリコン野郎!」

「馬鹿を言うな! 小さい方では無くて、大きい方の女だ!」

「あの女がどうかしたのか?」

「あの女、確か〝魔女”じゃなかったか?」

「〝魔女"?」

「8年前の彗星落着事件の時、ガイエス自治州の避難民に、救援活動を行ったとかいう女だ!」

「ガイエス自治州って、俺たちのシンパが知事をやっていたところか?」


 彗星墜落事件当時、ガイエス自治州は反戦主義を掲げる団体のメンバーが知事を務めているばかりでなく、彼らの所属するテロリストグループへの支援を行っていた。知事は軍の活動をすべて否定するという急進的な思想の持ち主でかつ、盲目的な完全平等主義者でもあった。

 その事を少年が質すと男が答えた。


「そうだ、だから軍の活動を制限するという、知事の意向を無視して救援活動を強行した女だ」

「なんで救援活動した女が〝魔女”なんだ? 〝女神”ならわかるが」

「俺が知るかよ。それと後からやってきて、あの女と話していた男は、駐留軍の憲兵隊長だ」

「何だと!? じゃ、俺たちの作戦がばれているっていうのか?」

「その可能性が高い。今すぐ計画を実行に移さないと、憲兵どもに阻止されてしまう」

「ちくしょうめ! あんな事故を起こせば、いずれ俺たちの素性がばれる。このツケは払ってもらうからな!」

「俺のせいだってのかよ!」

「お前の運転が下手なせいだろうが!」


 少年は抱えていたバッグをぐっと握りしめると、振り返って後をつけて車がいないかを確かめた。

 男は、車の燃料計の残量を確かめながら言った。


「とにかく、警察が追いかけてくる可能性がある。目撃者もいただろう。早く車を捨てて別の手段を取らなければ」

「別の手段ってどういうことだ?」

「次の角を曲がって100m行くと、コインパーキングがある。そこで車を乗り換えよう」

「予備の車なんて置いてあったか?」

「人の乗っていない車は、どれだって予備車両さ」


 そいうと少年は、車の盗難を主な稼ぎにしている犯罪グループから譲り受けたという、電磁ロックの解除ツールを見せた。


「事故を起こして逃亡の次は、車泥棒かよ! 大した自然活動家だな、おい」

「自然活動家は今は休業中で、今はただの〝活動家”だからな」

「ははは、違いねぇ」


 目的の駐車場に着くと、男は少年の持っていたツールで、止めてあった別の車のドアをハッキングして乗り込むと、少しだけ移動させた。

 少年は周囲をうかがうと、一つのマンホールを指差した。


「このマンホールだ。鞄の中の時限装置を作動させる。5分後だ。セットしたらそのマンホールに投げ込め!」

「あ? なんでこんなところに仕掛けるんだよ。適当な店で爆発させて客をパニックにさせるんじゃなかったのかよ?」

「後ろを見てみろ」


 少年が指差すと、そこには窓が少なく屋上に様々な形状のアンテナが林立するビルがそびえていた。


「あ?」

「交通管制センターだ。このマンホールには管制センターからの信号ケーブルが伸びている」

「なるほど、お前大した知恵者だな」


 男がマンホールの中に鞄を放り込むと、少年に向かって親指を立てた。


「ありがとさん。じゃ、悪いな!」


 少年はそういうと、今まで共に行動をしていた男をマンホールに突き落とした。

「うぎゃっ!」


 男はマンホールの底にある、配管に引っかかる形で墜落した。

 運悪く腰が配管と配管の間にはまり込んで、身動きが出来なかった。


「いててて……くそっ!テメエなんてことしやがる!」

「秘密を知る人間は少ない方がいい。そう言う事だ。運が悪かったな」


 少年はそういうと、男の抗議の声を無視してマンホールの蓋をはめた。そしてエンジンをかけてあった車を移動させ、蓋をタイヤで踏んで開けられないようにした。


「いや、今のうちに死ねることを、幸運と思うべきかもな」


 意味深なセリフを呟くと、少年は別の車の電磁ロックを解除して乗り込み、その場を去って行った。

 そして鞄を放り投げてから正確に5分後、マンホールは蓋の上に載っていた車ごと跳ね飛ばす炎を噴き上げた。




 星都トリポリ市内、中心部の商業区画にほど近い、ビルの地下駐車に車が止まった。

 仲間をマンホールに落として爆殺した少年は車から降りると、慎重に辺りをうかがい、地下通路へとつながる扉を開けて入った。

 

 通路をしばらく歩いてから携帯端末を取り出し、いくつかのキーを押した。

 すると壁と壁の継ぎ目を偽装した扉が開くと、中には薄明るい照明のともった部屋があった。。

 部屋には二人の人物がいた。一人は少年と顔立ちのよく似た大人の男だった。

 だが、もう一人は……茶色のジャケットに薄汚れたジーンズ、深くかぶった野球帽という服装を除けば、瓜二つの少年だった。


「やぁ“ビー”事故を起こしたんだって? ドジだなぁ」

「俺が起こしたわけじゃない、"イー"の奴だ」


 からかうような口調……だが冷ややかな目で、ジャケットの少年の方は少年に言った。

 事故を起こしたため、予定より早いが作戦を開始したと告げた男に、不満気な態度で状況を詰問していた。


「で、その"イー"はどうしたんだい?」

「始末してきた。交通管制局の地下ケーブルと一緒に」

「困るんだよねぇ、僕らはあくまで“平和を愛する、反戦市民団体"なんだ。彼のグループに知られていないだろうね?」

「大丈夫だ、と思う」

「"思う"?」


 ジャケットの少年は、鋭い口調で“ビー”と呼ばれた少年に言うと、慌てたように弁明した。


「い、いや、大丈夫だ。誰にも見られていなかったし、監視カメラの位置も確認した。ケーブルトンネルごと爆破したから、ミンチになっているはずだ。用意してあったポリタンクのガソリンに引火したことも分かっているから、今頃は跡形もないはずだ」


 ジャケットの少年は“ビー”の言い訳を聞きながら近づき、耳元で囁くように言った。


「もっと穏便に始末できなかったものかねぇ? まぁ、やってしまった事は仕方がないな」

「ああ、そうだ。仕方が……」


 銃声が轟き、“ビー”は最後まで言葉をつなぐことが出来なかった。


「やれやれ、自分によく似た人間を殺すのは、何度やっても嫌なものだねぇ」

「おい、あまり消費してくれるなよ。作るのだって大変なんだぞ」


 にやにやと笑うジャケットの少年に、もう一人の男が言った。

 だがジャケットの少年の方は、悪びれもせずに言った。


「さっきの話を聞いていただろう。目撃者がいるんだ。車で事故った時もな。コインパーキングの監視カメラにも映っている可能性が高い。そして“イー”と合流した書店では軍関係者、例の憲兵隊にも見られている可能性がある。ここで始末しておいた方がいいのさ」


 そして薄笑いを浮かべたジャケットの少年は、手袋をはめて撃った銃から指紋を拭い取った。

「いくらでも偽造できるとはいえ、"自殺した"本人以外の指紋が付いていたら、マズいよね。あはは」


 そう自嘲しながら、ジャケットの少年はその銃を床に倒れた死体に握らせた。

 手慣れた調子で、あたかも少年が拳銃で自殺したかのように見せかけると、用意してあった封筒を、そばの机の上に置いた。

 その内容は『交通管制局のそばのマンホールを爆破したのは自分である、多くの人が巻き込まれ死者が出るのも間違いないだろう。自分はその罪の浄化のため自害する』といった内容がつづられてた。


「では、いろいろとイレギュラーが発生したようだけど、始めようか」


 野球帽を深くかぶりなおすと、ジャケットの少年は作戦の開始を宣言した。


「了解しました。準備は出来ていますよ。少佐殿」

「僕はどこにでもいる、少年の一人だよ? うかつなことを口走らないで欲しいな。さもないと……」


 "少佐"と呼ばれたジャケットの少年は、表情をゆがめると、床に横たわっている死体を指差した。


「こわいこわい。気を付けるよ、兄さん」

「頼むぞ」


 ジャケットの少年はそういうと、男を伴って部屋を出て行った。


「ま、俺もそのうち"お仲間かもな”」


 少年のその呟きは、あまりに小さかったので、男に届くことはなかった。


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