(21)テロⅠ・始まり
フランチェスカ達が不時着した海岸のすぐそば。防風林に紛れる様に建っている小さな小屋。
その地下室で、自律型ロボットの組み立て作業をしていた男がいた。
大きな物音に気付いた男が、小屋の地下から出てくるなり、小屋の窓から外を監視していた男に尋ねた。
「おい! どうしてここに軍の連中がいるんだ?」
「さっき2機のストラグルダイバーが不時着したんだ。そのパイロットの様だ」
「おい、まさか対空地雷にやられたわけじゃ、ないだろうな?」
「まだ作戦準備中だぞ。センサーもメインも切ってある」
「じゃぁなんで、不時着なんかしたんだ?」
「俺が知るかよ。機体トラブルか何かじゃないのか?」
2人の男たちは察知されないように、窓から様子を確かめた。
「どうする? もし奴らが、この小屋へやってきたら?」
「扉には一応鍵がかかっている。何かの管理小屋だと思ってくれれば、敢えて中に入ろうとはしないだろう」
「おい、ブレーカーも落とそう。電力計が回っていたら、怪しまれるかもしれない」
2人はこのまま潜み続けるか、それともパイロット二人しかいない、今のうちに制圧行動に出るべきか、選択を迫られていた。
だが躊躇しているうちに、フランチェスカたちを回収するための輸送機がやってきたため、男たちが行動に移すことはなかった。
「行ったか?」
「そのようだな。だがパイロットを回収しただけの様だ」
「後から、不時着機を回収に来る連中がいる筈だ。やはりここは引き払おう。リーダーに連絡を取ってくれ」
「わかった」
二人の男は、慌ただしく作業を始めた。
★ミ
乗機を失った翌日。
フランチェスカは休暇をもらい、ステイ先の隊長の官舎で暇を持て余していた。 午後になって、シルヴィア夫人は落ち込んでいるフランチェスカを慰めるつもりで、街へ出ないかと誘った。
幸いにして穏やかな陽気のトリポリ市は、平日だというのに休日と変わりない賑わいを見せていた。。
「シルヴィアさんと街に出るのも、2回目ですね」
「そうね。でももう明々後日には、ここを離れちゃうんでしょう?」
「ええ、短い間でしたが、本当にお世話になりました」
「いいえ、こちらこそ、とても楽しかったわ」
二人は互いに笑顔を交わすと、どこへ行こうかと相談し始めた。
「今日はどこへ行きましょうか? ショッピングはこの前したけど、何か欲しい物ある?」
「いえ、航宙艦乗りなので、荷物を増やすのは……」
「そうだったわね。じゃ今日は各種スイーツ探索ってことでどうかしら? 艦に乗ったら、あまり食べられなくなるでしょう?」
「そうですね。前はそれほど気にしてなかったのですが、なんかこの体になってから甘いものに飢えるようになりました」
「じゃ、決まりね。お勧めのお店はこの辺りだと……」
シルヴィアは記憶を頼りに、有名な喫茶店へと歩き出したが、通りかかった書店の店からで、何やら少年と店員らしき二人が言い争いをしているところに出くわした。
「だから俺は違うって、言っているだろ!」
「嘘をつくな、このガキ! どっから盗んできた?」
怒鳴りあう声に、なんだろうとフランチェスカたちが店に入ってみると、書店の店主と思しき人物と、15~6歳ぐらいの少年が言い合っていた。
「いったいどうしたんですか?」
「あん? なんだおま……、これは、シルヴィア夫人。いえ、このガキが置き引きをしようとしていましてね」
「置き引き?」
見ると二人の間には、黒い大きな鞄が置かれていた。
「だから違うって言ってんだろ! 俺はただこれを預かっていただけだって」
「嘘つくんじゃねぇ! お前がこれを持ってこの店に入ってきたところは見ていたんだ。どっかから盗んできて、ウチの店の中で中身を確認していたんだろう!」
この書店は入り口がひとつしかなく、店主が店番するレジもその場所にあった。
店の面積は割と大きく書棚がたくさん並んでいて、監視カメラも置いていなさそうな店内には死角が多いようだった。盗んだものを誰にも見咎められずに中身を品定めするには都合が良いといえた。
「入り口には、お前がいなかったじゃないか! どこで見ていたんだよ!」
「店にどんな奴が入ってきたかは、しっかりと見ておるわ! この店の中のどこにいようとな! お前が隠れるようにしてその鞄をこの店に持ち込み、中を物色していたのもちゃんと見ていたぞ! この盗人ガキが!」
確かに書店店主の言うとおり、少年の持ち物としては、ちょっとそぐわない。
「まぁまぁ、ご主人。ねぇ、ボク。この鞄は、あなたのものなの?」
シルヴィア夫人は、激昂している店主をなだめるようにして間に入り、少年に尋ねた。
「ううん。違う……」
「じゃあ、どうしたの?」
「預かったんだ」
「誰から?」
「知らない、人……」
少年はうつむいたまま答えた。
その時、丁度一人の男性が近づいてきて言った。
「おや、どうしたんですか?」
「このガキが、置き引きをしやがったんだ?」
「置き引き?」
「この鞄さ」
店長が指し示すと、男は言った。
「ああ、これは僕が彼に預けたものですよ。ちょっとトイレに行きたかったもので」
「本当なの? ボク」
シルヴィアが少年の頭を撫でながら尋ねると、少年はうつむいたままうなずいた。
「……うん」
「なら、始めっからそういえよ! ったく」
ばつが悪そうに頭を掻きながら店長が言った。
「いや、なんだかよく知りませんが、ご迷惑をおかけしてしまったようで……」
「失礼ですが、本当に貴方の物ですか?」
「ええ」
「このおじさんから預かったんだよ」
シルヴィアの問いに、二人はそう答えた。
「君にも、嫌な思いをさせてしまったようだね、お詫びにケーキでも奢ろう。あなた方も、いかがですか?」
男は少年だけでなく、フランチェスカたちも誘った。
「いえ、私たちは別に何も迷惑なんて、どうぞお構いなく」
「そうですか。では行こうか?」
男は少年と連れ立って、店を出て行った。
フランチェスカたちも、喫茶店で一息つこうかと店を出て、男たちとは反対方向へ歩き始めると、直ぐに別の男が声をかけてきた。
「これは、ローゼンバウアー夫人。おや、大尉もご一緒でしたか」
「今日もお散歩ですか? よく街でお会いしますわね、バウマン大佐」
「確かに。ですが今、声をおかけしたのは偶然ではありませんよ」
隙のない動作と相反する笑顔に、夫人は怪訝そうに尋ねた。
「バウマン大佐、わざわざ声をかけてくるなんて、何かあったのですか?」
「さすが、“魔女”様は察しがよろしいですね。単刀直入にお尋ねしますが、先ほど書店から出てきた男と、少年のことなのですが……」
夫人が簡単に書店での経緯を話すと、バウマン大佐はそれが癖なのか、あごに手を当てながらうなづいていた。
「なるほど……。ありがとうございます。せっかくのなのでお茶でもご一緒させていただきたいが、そうも行かないようです。出来ればお二人とも、基地に戻られたほうが、よろしいかもしれない」
「何か危険なことでも?」
夫人が怪訝な表情で尋ねると、大佐は口元に手を当て、耳打ちをするように言った。
「確証はありませんが、この街で何かしらの事件が起る可能性が高いのです」
「まさか、さっきの男が?」
「まだ、お話できません。蓋然性は高いのですが、確定的なことはいえないのです」
「貴方がわざわざ出ていらっしゃっているのなら、信じますわ。部下の方は、何人ぐらい出ていらっしゃるの?」
「まだ街に、何か御用事が?」
「喫茶店で休憩でもと、思っていますが?」
「ほぼ全員です。ですが、どうか御内密に」
「……そうですか。残念だけど帰りましょうか、フランちゃん」
シルヴィアは振り向くと、フランチェスカに言った。
二人は、バウマン大佐とは別れ、地下鉄に乗って基地へ帰ることにした。
バウマン大佐の言葉に不穏なものを感じたが、シルヴィアと一緒で、しかも訓練部隊の所属でしかないフランチェスカに何が出来るでもなかった。
途中店頭売りの菓子を買った二人は、“帰ったら紅茶を入れるわ。それで我慢してね”というシルヴィアと駅に向かった。
駅へと降りていく地下道の入り口付近で、商店に突っ込んだ車と泣き叫ぶ女性の声が聞こえたが、救急車の回転灯とサイレンが聞こえたため、二人は野次馬たちを避けて、地下へと降りていった。
だが、この事故がやがて大きな出来事の始まりの一つに過ぎないことに、フランチェスカたちが気付く筈もなかった。




