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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
22/119

(20)私の宇宙(うみ)


 轟音とアフターバーナーのきらめきが支配する空域。

 2機の戦闘艇ダイバーが激しい空中戦を繰り広げていた。


「くっ、また避けられた!」

『どうした“プリマ”、動きが鈍くなってきたぞ!』


 (動きが鈍くなったわけじゃなくて、1枚失ったカナード翼のせいでバランスがとり辛くなっていたのよ!)

 そう思ったフランチェスカは、大胆な行動に出た。

 反転急降下し、猛然とスピードを上げた。


 TERRAIN! TERRAIN! というVMS(音声警告システム)の墜落警報が鳴るのも無視して、森の中へと突っ込んだ。


 それに気づいた隊長の“おい! 何してるんだ!”という怒声も構わずに、森を抜けて出てきたフランチェスカ機の、残った5枚のカナード翼は、すべてなくなっていた。


「バランスが悪いから捨てたのよ!」


 そう叫ぶと、アフターバーナーに点火し、急上昇していった。

 追いすがるように隊長機も後に続くが、フランチェスカ機はどんどんと高度を上げて行った。


『またお前はそれかっ?!』


 隊長機のHUDに捕えられたフランチェスカ機は、2度目の軌道脱出速度に達していた。

 隊長機の位置が悪く、このままではさっきの様にフランチェスカ機の鼻先をかすめることはできなかった。


 だが隊長の心配をよそに、大気圏の上限近く、空の青さが濃くなった高度で、フランチェスカ機は上昇をやめた。そしてスラスターを吹かして隊長機へと向きを変えた。


「ここはもう私の領域よっ!!」


 大気圏上限に当たる空気の薄い層。そこは宇宙空間に最も近い領域だった。

 僅かな空気を捉えて機動をアシストするカナード翼もすべて落とした。主翼でさえ、大気の影響をわずかにしか受けない。

 フランチェスカ機は大気圏内専用機をベースにはしているが、メインエンジンとスラスターは、度重なる交換で宇宙用のものに換装されていた。

 そこはフランチェスカにダブルエース(撃墜王)の称号をもたらしてくれた条件に、最も近い地表だった。

 

 重力井戸の枷を振り払う様に、フランチェスカはエンジンもスラスターも目いっぱいに使い、隊長機へ肉迫した。


 互いにエンジンパワーとスラスターに頼った、強引な空間機動で激しく戦い続けた。


HUDの端に隊長機を捉えたフランチェスカは、後もう少しで射撃可能体制に入りつつあった。

 だが突然、フランチェスカの操縦桿がロックし、VWS(音声警告システム)が警告した。


「CAUTION! G-LIMIT」

「Gリミッター解除!」


 Gリミッターは自分の体と機体を過大なGから守る機能だが、フランチェスカはあえてそれも解除した。

 そしてアフターバーナーを全開にして、距離稼ぎながら、最適な射撃位置をとるための旋回を始めた。


「CAUTION! OVER-G Limit+3.2、……+4.2……+4.5 CAUTION! CAUTION!」

「ぐぅ……、まだ、まだ……」


 Gキャンセラの効果を超えて、過大なGがフランチェスカの体をシートに押し付けていた。

 コーションパネルには、機体の機能不全を示す赤いランプが次々に点灯して行く。

 だがついに、隊長の機体をレティクルの中心に捉えた。

 すかさず機体を機軸を中心に正確にロールさせると、それまでウェポン類にかかっていた過大なGが、一瞬だがすっと抜ける。


「FOX-TWO!」


 フランチェスカは高いGに耐えながら、ついに模擬ミサイルの発射をコールした。

 HUDのインジケーターがカウントダウンをはじめ、ゼロになると同時に、隊長機と重ねて表示されていた四角いターゲットコンテナが、“X”に変わった。

 搭載されている模擬空戦評価システムが弾道を評価し、VMSが結果を報告した。


「Direct-Hit! BOGEY-S・S・D(模擬撃墜)!」

「や、やったぁっ!」

「CAUTION! ENGINE-FIRE-LEFT! EMERGENCY! HYDRO-SYSTEM-BREAKDOWN!」


 けたたましい警報音と、それに続くVMSのメッセージにフランチェスカは慌てた。


「えっ? ちょ、ちょっと!」

「CAUTION! FUEL-PUMP DAMAGED! EMERGENCY! FLIGHT-SYSTEMS-BREAKDOWN!」

「そ、そんな……。リカバーしてっ!」

「FLCC RESTART UNABLE. CAUTION! ENGINE-FIRE-RIGHT. POWER DOWN」


 HUDの表示すらも消えたコックピットで、フランチェスカはBCP(自己診断制御パネル)を操作しながら、必死になってサブ系統に切り替えていったが駄目だった。


『“プリマ”! どうした?! 応答しろ!!』


 隊長がフランチェスカを無線で呼び出していたが、応答する余裕が無かった。

 パワーを失って降下速度を増していくフランチェスカ機は、緊急ラムエアタービンを展開して電源を回復させたが、システムの再起動は出来なかった。

 先ほどまで激しい咆哮を放っていたエンジンも完全に沈黙し、機体は降下しながらのスピンを始めていた。


「EMERGENCY! ESCAPE-SEQUENCE STRONGLY-REQUIRE!」

「だ、だめよ! そんなのっ!」


 フランチェスカは必死になって、多重系システムをサブ系統に切り替えていったが、VWSは非情にも脱出システムの起動を告げた。


「EJECTION-SYSTEMS WAKE-UP! HOLD SITUATION! ESCAPE-SEQUENCE START. 5……4……」

「待って! せっかく、せっかく、撃墜したのにぃーっ!!」


 フランチェスカ機はコントロールを失い、操縦不能のままスピンに入った機体になす術もなく、脱出シーケンスを見守ることしかできなかった。


「3……2……1、IGNITER-NORMAL. EJECTION!!」


 シートベルトが締まり、強制的に脱出姿勢をとらされたフランチェスカは、コックピットモジュールごと、機体から切り離された。

 フランチェスカはただ呆然と、黒煙を吐きばらばらになりながら落下していく、戦闘艇の胴体部分を見つめることしか出来なかった。



 海に着水したコックピットモジュールは、戦闘のさなかであっても自動的に計算されていた救命シーケンス通りに、波打ち際まで移動し、キャノピーを開いた。


 フランチェスカはシ-トベルトを外し、ヘルメットを脱ぐと、ふらふらとコックピットモジュールから降りた。 

 そして砂浜を2、3歩進んだところで力無くその場に、ひざを抱えてうずくまってしまった。

 

「結局……勝てなかった」


 落ち込んでいるフランチェスカの元に、いつの間に着陸したのか、隊長がやってきた。


「やー、負けた負けた。強くなったな。“プリマ”」

「……いえ、……私は結局、隊長に勝てませんでした。機体を……、失いました」

「いや、俺のもだ。コーションパネルが真っ赤だった。あれはもう、飛べんよ」


 隊長は親指で砂浜にギアも出さずに不時着した格好になっている、後ろの機体を指差した。


「引き分けだな。“プリマ”」

「隊長……」

「なんだ、また泣いてるのか」

「な、泣いてなんかいませんよ、目が赤いのは夕日の……」


 キラキラと瞬く光が、フランチェスカの視界に入った。

 凪いだ海面に沈む夕日がさざなみに反射し、無数の煌く鏡面を作り出していた。


 「海が……」


 夕日が沈む水平線、美しい日没の光景にフランチェスカは見とれていた。

 

「粘っこい大気に、重苦しい重力井戸の底とお前は言うが、地上にいなけりゃこんな光景は見られん。気に入ったか? “プリマ”」


 フランチェスカは、燃える様な紅色の空が見る間に深い葡萄色へと変化していく、空と海を見つめた。

 その雄大な風景は、空戦で勝つことができなかったことなど、ちっぽけなものに思えるほどに美しく、素晴らしかった。


『フランちゃんは、どうして軍に入ったの?』

『軍人は、何が一番大切なのか、何のために戦うのかを、常に自分に問う必要がある』


 ふと、シルヴィア夫人と隊長の、言葉が頭をよぎった。

 そうだ、こんなことで落ち込んでばかりいられない。

 何度負けても、何度機体を失っても、私は戦い続ける。

 自分が宇宙で戦うのは、こうした美しい自然を持つ数多の星々を守るため。

 果てしなく広がる宇宙へと進出する、人々の平和を守るため。

 それがフランチェスカが厳しい訓練に耐え、時には戦闘艇を駆って、星々の輝く空間を旅して戦う意味だった。


「ええ、とっても綺麗。感動したわ……」


 轟音と共に随伴機として飛んでいた“ファルコン”機が、夕闇の迫る茜色のキャンバスにコントレールで白い円弧を描き、二人の不時着地点を確認したと言う意味のサインを残すと、アフターバーナーの煌めきを放ちながら、上空から去っていった。


 訓練期間も、もう残り僅か。隊長もフランチェスカも機体を失った。

 もう一緒に飛ぶ機会も無いだろう。そしてこの訓練が終われば、また新たな戦闘航海に旅立つのだと、フランチェスカは思った。


 フランチェスカは後ろを振り向き、天を指差した。


「でも、私の宇宙うみは、あそこなんです」


 沈んでいく夕日とは反対側の空、夜の帳が支配しつつある群青色の空に、輝く無数の星々が姿を現し始めていた。

 地上訓練もあと数日で終わる。そしてまたあの星々の大海へと向かうのだ。自分の居場所へ。

 何かを吹っ切ったような笑顔のフランチェスカに、ローゼンバウワ―隊長も苦笑交じりの微笑を返した。




 だが、その二人を監視するかのように、何かが一瞬だけキラリと光ったが、二人が気が付くことはなかった。


次の投稿はまた週末の予定です。遂にテロリストたちが行動を開始します。

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