表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
21/119

(19)対決Ⅱ


 訓練も残すところあと3日となった日。

 これが最後の機会だと思った、フランチェスカは隊長に言った。


「隊長。もう一度、勝負していただけませんか?」

「ふん。自信満々だな。俺に勝てると思うのか?」

「勝負は時の運。でも必ず隊長に勝って見せます!」

「言うじゃねぇか。いいだろう。準備しろ」

「い、今からですか?」

「なんだ、言い出したのはお前だろう? それとも何か? 来年の話か?」

「いえ、今からでいいです」

「よし、決まりだ! おい、“ファルコン”! 俺と“プリマ”の機体を準備するように、整備班に言え! お前も随伴機として一緒に飛んで、空域の監視に当たれ!」

「了解しました!」



 そして1時間後、二人は訓練空域上空を飛んでいた。


『“プリマ”、ハンデはどうすればいいんだ?』

「お互いにハンデなし。フルファンクションで」


 フルファンクション……それはリミッターの解除も意味していた。

 ”もうリミッターは解除させるな……”という整備班長の注意が一瞬頭をよぎっていたが、隊長にはそれ以上に、戦闘艇乗りとしての好奇心が上回っていた。自分自身の目と体で、フランチェスカの腕を試してみたかった。


『機体の性能が違うぞ』

「パワーは隊長の機体が上回るかもしれませんが、機動性は私の機体のほうが上です」

『ふふふ、吠え面掻くなよ!』

「準備はいいですか?」

『いつでもいいぞ』

「では……Combat open!」


 並んで飛んでいた二人の機体は、エンジンを咆哮させると、隊長機は急上昇、フランチェスカ機は急旋回を始めた。


『ふん、やはりそうきたか!』


 隊長機はループを打って機体を裏返しにし、高度差を利用してフランチェスカ機の頭を抑えようと、降下を始めた。

 高度を速度に変換し、すれ違いざまに一撃を放とうとした。

 だが、フランチェスカ機はスラスターを使い、跳ねるように機体を横に滑らせた。

 隊長機の攻撃は失敗に終わり、今度はフランチェスカが逆襲に出た。

 隊長機は地上までの高度に余裕が無く、背面のままマイナスGをかけて機体を引き起こさざるを得なかった。

 その緩慢な動作につけこむ様に、フランチェスカ機はなおもスラスターを全開にして強引に隊長機の方へ機首を向けた。


「もらった!」


 だが、フランチェスカがトリガーを引くよりも一瞬早く、ロールを打って体勢を整えた隊長機は、ベクターノズルを最大にトリムさせて強引に機首を起こした。

 軸線を外されたフランチェスカ機は隊長機を追って高度を下げたため、速度が増した。

 その結果、強引な機首上げで、速度を急激に落とした隊長機を追い越してしまった。


『残念だな! “プリマ”! そこはスラスターじゃなくて、エアブレーキとエルロンロールで対処すべきだった!』


 隊長機は機首を戻すと、再びフランチェスカをレティクルに捉えた。


「私は負けない!」


 フランチェスカは叫ぶと、今度は連続バレルロールで、追いすがろうとする隊長機の軸線を外し続けた。

 パワーで差のあるフランチェスカ機はじりじりと距離を詰められていったが、重力や大気の流れを掴み、機体の運動エネルギーを余すところなく使い切るフランチェスカ機は、ひらひらと舞うように射線をかわし続けた。

 しかし機体性能の差は如何ともし難く、再度隊長機が照準の中にフランチェスカ機を捉えた。

 だが隊長がトリガーを引こうとした一瞬前に、フランチェスカはアフターバーナーを全開にして、急上昇を始めた。

 スラスターを併用した、推力に物を言わせた強引な姿勢変化で、それまでに機体の運動エネルギーを大幅に消費した隊長機は、一瞬出遅れたが、フランチェスカ機同様にバーナーを吹かして、追いすがろうとした。


『パワーならこっちが上だぞ! “プリマ”!!』

「パワーリミッター解除!」


 機体の自己破壊を防ぐためのリミッターだが、何としても隊長を追い詰めるというフランチェスカの焦りが、リミッターを解除させた。


 HUDに捉えたフランチェスカ機の機動予測データを見た隊長は、その値が信じられなかった。

 明らかに衛星軌道への脱出速度に近づきつつある。

 整備班長の警告が隊長の頭の中に響き渡った。

(くっ、バカヤロウ! 本当に宇宙まで行っちまう気か!)


 隊長の機体はフランチェスカの機体とは異なり、軌道からの降下も可能なストラグルダイバーであった。

 いくらフランチェスカ機が基本性能以上のパワーを引き出せると言っても、元々のポテンシャルが違っていた。


 2機のエンジンノズルがまばゆいばかりに輝き、訓練空域に大音響を轟かせた。

 機体パワーの差は埋める事が出来ず、フランチェスカ機はまたもじりじりと追い詰められていった。 

 隊長はフランチェスカ機の鼻先をかすめるように、模擬レーザーのトリガーを引いた。


「へん! どこを狙っているのかしら? そんなの当たらないわよ!」


(まずい、やっぱりフランチェスカは気がついていない。このままでは……)


 隊長がフランチェスカ機の進路を阻もうと、3度目のトリガーを引こうとしたその時、フランチェスカ機はバーナーをカットし、スラスターを吹かしたと思うと、そのままくるっとコマのように機体をスピンさせ、同時にGUNを発射した。

 回転する機体を中心に模擬銃弾が空中にばら撒かれた。

 だがそれは決してあてずっぽうなのではなく、ばら撒かれた模擬銃弾の一部が隊長の機体の動翼をヒットし、機動力の一部を殺いだ。

 機体のCCセントラルコンピュータが、算出した模擬被害の結果を隊長は信じられない思いで見つめていた。


 フランチェスカ機は、慣性力を失って降下していく途中で、スラスターを使って機首を地面に向けて急降下を始めた。

 一瞬のことで隊長はフランチェスカ機を見失い、ロールを打ってフランチェスカ機を捉えようとしたが、発見できなかった。


 フランチェスカ機は急降下中に二度も姿勢を変化させて、機体の進行方向を変えていた。

 そして隊長の機体の後ろを取るべく、再びフルバーナーに点火して上昇に転じ、スラスターで強引に姿勢を変化させたかと思うと、重力を利用しつつバーナーを再点火、フランチェスカを追うつもりで急降下してくる隊長機に、ラダーとスラスターを同時に使った強引な姿勢制御で、進行方向に対して機首を斜めに向けたまま間合いを詰めていった。


 フランチェスカ機の機動は、訓練を始めた頃の強引で飛び跳ねまわるような軌跡を描いているようにも見えた。

 だが、巧みに重力と機体が発生する揚力を利用し、不規則にスピンを続けるかのような機体姿勢の変化は、まるで上下左右の無い宇宙空間であるかのようだった。


(地平線なんてものが見えるから、どうしてもそれにこだわってしまうのよ!)


 それが、フランチェスカの出した結論だった。

 惑星の大気圏内では、常に重力と大気の粘性が機動に制限を加える。また山や地面にぶつければ機体は壊れてしまう。だから、この領域を飛ぶ者は常に地平線と高度を基準に機動してしまう。

 だが、滑空機と違って戦闘艇には、強力なスラスターとGキャンセラが搭載されている。その気になれば重力や大気に逆らって、機体の進行方向を強引に捻じ曲げることが出来る。

 そして、重力はエンジンを吹かさなくても機体を下に引っ張ることが出来るし、大気の粘性は機体に揚力を発生させる。そして機体の向きを考慮に入れたうえで対気速度計と対地速度計のレンジを変えて差を見れば、大気の影響を知ることができる。それさえ判っていれば、機体の運動エネルギーを効率的に機動に変換できる。後は地形警告システムにさえ注意を払えば、機体を壊すこともない筈だとフランチェスカは考えた。


 ならば、小惑星群や衛星軌道上に散らばる岩石や、氷のカケラでできたリングの中で戦うのとそれほど変わらない。HUDに表示されているホライゾンバーは機動に有利な方向を指し示しているのだと考えればいい。


「あ、当たれーっ!!!」


 強烈な横Gを小さな体に受けながら、フランチェスカは逃げ回るネズミを追いかける猫の様に、隊長機を追い詰めようとしていた。


 何度かの互いに入れ替わるような追撃戦の途中、バン!と言う音と共にフランチェスカ機の6枚あるカナード翼のうちの左後方のものが脱落した。すれ違う時に機体が接触したようだった。

 規程通りに2機は戦闘機動をやめて、2機並びの水平飛行に移り、互いの被害確認と空域の確認をした。

 空域監視をしていた“ファルコン”機も、そばへ寄ってきた。


『“ファルコン”、下に被害は?』

『ありません。海に落ちました』


 隊長が随伴機に確認すると、その結果に一息ついた。


『“プリマ”そっちはどうだ?』


 フランチェスカはBCP(自己診断制御パネル)の表示を確認して報告した。


『5番カナードロスト、ハイドロ問題なし。アビオノープロブレム。まだやれます!』

『俺は右主翼端にかすり傷だ。異常なし』


 お互いに大きな被害はなかったようだった。興奮状態が徐々におさまっていくにつれ、フランチェスカは焦りを感じていた。


「まだやらせてください。実戦なら戦闘継続です!」

『だが……』

「今ので冷静になりました。問題ありません。それにもう訓練期間が残っていません。今を逃したら、私は……」


 訓練期間は残すところあと数日。機体を完全な状態に戻していたら、もう飛ぶことはできないかもしれなかった。

 ローゼンバウアー隊長はこのまま続けるか少し悩んだが、彼自身もこのままでは不完全燃焼になるのではと思った。


『わかった。では継続だ。“ファルコン”、お前から見ても危険だと思ったら、すぐに止めろ、いいな!』

『隊長の指示に従います』


 そして2機は、再び戦闘機動を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ