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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
20/119

(18)慣熟


 飛行訓練に入ってから、二週間が過ぎていた。

 フランチェスカはペア機と組んで、敵機の迎撃を想定したACM訓練に入っていた。交代で攻撃側と防御側を1ミッション毎に入れ替え、フランチェスカ機が仮想敵役を撃墜することも、次第に多くなっていた。


『強くなったんじゃないか? “プリマ”』

『ああ、機動に無駄が無くなってきたな』

『おれ、また墜とされちまったぜ』


 無線から聞こえてくる、隊員たちの声を聴いて、フランチェスカは満足げに言った。


「ふっ、ふーん。ようやくコツがつかめた気がするわ。私に後ろを見せないことね!」

『よく言うぜ“プリマ!”」

『そうだそうだ! “アドラー”(ビューロー少佐:飛行班班長)のリードが無けりゃ、まだまだヒヨッコの域を出ないぜ』


 “カルク”(シュタインベルガ―中尉)や、“ ロジック”(ミュンヒンガー少尉)が反論する。


「いったわね! じゃ、午後は私がエレメントリーダーをやるわ! いいでしょ?“アドラー”!」

『やれやれ……。まぁ、その意気込みは買うよ。やってみな』

「ありがとうございます! 少佐!」


 それまで、“アドラー”のウィングマンの位置にいたフランチェスカは、“アドラー”と交代し、エレメントリーダーの位置に編隊を組みなおした。


「それじゃ、始めから行くわよ。ブルズアイから南北40マイル離れて、お互いにルース・トゥ・デュースで!」

『おう、基本中の基本でコテンパンにしてやるぜ!』


 4機の戦闘艇ダイバーは、それぞれアフターバーナーを炊いて、戦闘開始位置へと向かった。


 ★ミ


 昼食をはさみ、訓練は午後も続いていた。

 リーダー機のポジションで模擬撃墜を連続で3回成功させたフランチェスカは、密かに地上のシミュレータで、学んできたことを試してみたくなった。


「ペア戦はもう良いわ。もっと自由に飛びたいの。一対三で良いから、やって見ない?」

『言ったなプリマ! ほえ面かくなよ!』

「その代わり、リミッターは解除させてもらうわよ」

『それぐらいのハンデ! Gに押しつぶされて落っこちるなよ!』

『俺もやるのか? それ?』


 訓練リーダー機の“アドラー”が、教育課程からは明らかに外れるプラクティスに渋い返事をした。


『“アドラー”が入れば、“プリマ”の勝ちは無いな』

「もちろん、“アドラー”にも入ってもらうわ。私の考えた戦法を試してみたいの。」

『やれやれ、次から次へと、言い出したら聞かない奴だな』


 はじめは“アドラー”も渋々付き合うとは言った。だが、それまでペア機との連携を重視した、教程通りの機動で飛んでいたフランチェスカは、見違えるように、滑らかですばやい機動を始めた。その動きはパワー重視の力強さは失ってはいないものの、以前とは全く異なり、エンベローブに無駄が無かった。


 結果はフランチェスカの圧勝。

 納得のいかない結果に、他のメンバーも再チャレンジをかけたが、フランチェスカの勝ちは変わらなかった。


『なんかイカサマやってんじゃないのか?』

「ならもう一度やってみる?」

『バカ言え! もうビンゴ(燃料切れ)だよ』

「そう? 残念だわ」

『明日覚えてろよ!』

「受けて立つわ!」

『明日もやんのか? コレ?』


 “カルク”や“ロジック”と軽口をたたき合う会話に、“アドラー”も呆れたように言った。



 訓練後、程よい疲れと緊張をほぐすため、軽く柔軟を終えた後、フランチェスカは先ほどの1対3の空戦をリプレイするかのように、舞った。

 それはシルヴィアのレッスンには無かった、フランチェスカ独自のアレンジが入っていた。


「ふん、うまくなったじゃねぇか」


 ブリーフィングルームの窓からそれを眺めていた隊長は、苦笑交じりにそう呟いた。


 ★ミ


 勤務時間を過ぎた、夜の執務室。

 ローゼンバウアー隊長は、たまった書類を片付けるべく、深夜まで残業をしていた。

 ここ数日はフランチェスカの訓練指導に時間を割いていたため、少しづつではあったが、未決書類の山が大きくなり始めていたためだった。

 そろそろ帰ろうかと思った丁度その時、デスクの電話が鳴った。



「すまねぇな、隊長さん。こんな時間にわざわざ整備班までご足労いただいて」


 電話の相手先は部隊が保有する機材整備の、一切を取り仕切る整備班長であった。隊長はこの定年間近の老練な整備班長には、一目置いていた。

 電話で呼び出された隊長は、その整備班長と共にストラグルダイバーの整備ハンガーに来ていた。


「いえ、整備班長にはいつも迷惑かけておりますから。しかしこんな時間まで機体の整備ですか?」

「まぁな。ちょっと気になることがあってな。明日も飛ぶんだろう?」

「ええ、来週には、プリマの検定試験をしてやろうかと思いまして」

「そうか、もうじきひと月経つか……」

「班長にも、いろいろとご迷惑をおかけしてます」

「いや、こっちも面倒見甲斐があるってもんよ。それで早速なんだが……」

「はい、気になる話って何ですか?」

「これを見てくれ」


 と、整備端末にチャートを表示させた。分割された複数のウィンドウ表示に、機体の姿勢やかかっているGの方向、エンジンに流れ込む空気の流量や燃料の燃焼状態、排気温度などの様々なデータがグラフ化され、アニメーション化され、その時の機体の状況を克明に再生していた。


「……エンジンコアがパワー出しきっていますね」

「だが、燃料の流入量はミリタリーだ」

「……はぁ確かに。変ですね」

「いや、あり得ない訳じゃない。チャートの数値はタービン最前段回転数からの推定値だからな。それに燃料はマニュアルで流量を変えられるし、ストール防止の補助インテークは、タービン最前段の回転数に影響しない」

DEECデジタルエンジンコントロールの制御を切ってですか?」

「そうだ」

「と言うことは、高機動中にマニュアルで燃調を弄っているばかりか、重力を利用して降下しながら大気圧を利用した? ウチの隊にそんな器用な奴が居ましたか?」

「お前さんなら、うすうす気がついているんじゃないか?」

「……“プリマ”の奴ですか」

「その通り。それともう一つ、こっちのチャートを見てくれ。リミッターのフラグが立っているだろう?」

「なのに、翼の加重が限界値まで上がっている? まさか……いや、しかし」

「他にも、多々不思議な点がある」


 そういって、整備班長は次々とチャート上の矛盾点を次々に指摘していった。


「……つまり、このチャートを見る限り、これは娘っ子の機体の性能じゃねぇ。あのオモチャはあくまで展示用の機体をチューンしているだけだからな」

「じゃ、ロガーが壊れているんですよ。いくら“プリマ”の操縦が上手いと言っても、機体の性能以上のことができるわけがない」

「儂もそう思った。だがロガーを試験機にかけてみたが異常は見つからなかった。お前さんも、一緒に飛んでいるんだろう? なにか気がついていないか?」

「たしかに“プリマ”の戦闘機動は、展示用の機体とは思えない程のパワーと俊敏性があると思うが……」

「それで、さっきアイソトープもかけて見たんだが……。機体のフレームは限界に近い。まぁいきなりバラバラになったりはしないが、それ以上にまずいことがある」

「なんです?」


 普段からして苦虫をつぶしたような整備班長の顔が、さらに眉間にしわを寄せ、厳しい目つきになった。


「リミッターを付けておいてこれなら、今後娘っ子のリミッターは解除させちゃならねぇ」

「どうしてです?」

「もし解除してフルパワー上昇をかけたなら、軌道脱出速度まで達するだろう」

「まさか」


 大気圏内専用の戦闘艇ダイバーに、そんなパワーがあるわけがない。だが整備班長はそれを否定した。


「あの機体は展示用に使ってる古い機体でな。元々パワーが無い。そこで戦闘訓練に耐えるように、スラスターは、宇宙用の機体の強力なものを使っている」

「ああ、“プリマ”にあの強引な機動を可能にさせている奴ですね」

「そうだ。だがメインモーター(主エンジン)はこの前、とうとう最後のひとつをオシャカにしやがったから、左右とも小型だが高出力の宇宙用ダイバーのものに換装した」

「だからこの星から飛び出して行っちまうような、パワーが出せるって言うんですか?」

「このチャートの値が本当ならな」

「本気でそう言っているんですか? 班長」


 いくらエンジンやスラスターを強化したと言っても、機体構造がそこまでもつものだろうか? と、隊長は思った。


「たとえ機体構造がもったとしてもだ、航法機器アビオニクスはそうはいかねえ。あの跳ねっ返りの嬢ちゃんが、リミッター解除のまま調子にのって、軌道上まで飛び出して行っちまったら最後だ。フライトコンピュータには、軌道上でナビゲーションデータが弾き出せる様なプログラムは入っていない。そもそもそんな装備もない。最悪、そのまま宇宙空間へ飛び出してしまって、迷子だ。回収は極めて困難。いや、不可能だな」

「……」

「まぁ、そんなことが本当に起きるとは思えないが、可能性がゼロではない。まぁ気に留めておいてくれ。儂もあの嬢ちゃんがどうしてあれほどまでに機体を使いこなせるか、とても興味がある。整備屋としては、自分の整備した機体が、そしてあの小さな体のどこに、そんな力があるのかってな、ははは」

「はぁ……」

「だが、お嬢ちゃんの訓練が終わったら、あの機体はメーカー整備行きだな。いや、フレームがもう限界かもしれんから、用廃かもな……」


 隊長は整備班長の言葉がにわかに信じられなかった。

 だが、今でこそ隊の連中を鮮やかに撃墜していくフランチェスカの腕が、リミッターを解除したときに、どんな戦闘機動を見せるかということに、興味があった。

 そしてその事は、整備班長とは別の意味で、戦闘のプロ魂に火をつけようとしていた。

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