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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
19/119

(17)テロリスト


 トリポリ市街のとあるビルの一角。

 

「では同志諸君。遠方の来客に敬意を表して、乾杯といこうではないか!」


 乾杯の声と共に、グラスが打ち合わされる音が、狭い室内に響いた。

 約20人、それが、この部屋を事務所として使用している団体の全員であった。 だがその中に、一人だけ場にそぐわない人物がいた。


「疑問に思っている同志もいるだろうが、彼が今回のオルグのアドバイザーだ。まだ少年ではあるが、その知略は侵略軍の将軍に勝るそうだ」

「こんな少年がですか?」


 視界である男の紹介を受けて、少年は挨拶した。


「初めまして、ぼくは“ジュニア・リー”。ごめんなさい偽名です。本名を明かすわけにはいかないので。皆さんもご存じの、“ジャック・リー”の弟です」

「“ジャック・リー”って、あの自然派環境保護グループのリーダーですか?」

「はい、そうです。実は兄もこの星に来ています。でもすみません、いまは他のグループの会合に呼ばれていまして、ぼくは代理で参りました。若輩ながら、兄に代わって、ごあいさつ申し上げます」


 そういって少年は頭を下げた。司会の男は少年をフォローするように言った。


「彼はまだ少年ではあるが、あのリー3兄弟の、末の弟さんだそうだ。メディアにもよく登場する3人以外にもさらにその下に、こんな優秀な弟さんがいたのだな」「優秀だなんて、ただ兄の言う様に勉強させてもらっているだけです」

「今回のデモ活動は、我がトリポリ市の志を同じくするグループの共同デモです。彼のお兄さんである、同志ジャック・リー氏は、その旗印として別のグループと共に市内の要衝において、演説とデモ行進をします。我々はそれを影から支援するというわけです。我々はあくまで、非暴力による反戦平和を訴える市民団体なのですから……」


 (何が“非暴力”によるだ。我ながら厚顔無恥とはこのことだな……)


 ジュニア・リーという偽名の少年は長々とはじまった、視界の男の演説に、表面上はにこやかに、だが内心では毒づいた。


 少年から見れば、とるに足らない人数のこのグループは、もっぱら機関紙と称する喧伝を、その活動の主体としていたグループであった。

 自然保護団体の名を騙っていたが、実態は反軍隊主義の団体だった。根も葉もない噂やでっちあげの話をどこかから聞いてきては、それを鵜呑みにし、さも事実であったかのように主張し、駐留する航宙軍やその協力企業を、ペンの力で攻撃し続けているのだった。時には座り込みなどの実力行使で、妨害活動もしていた。


(この連中は、タイロンやらライバル企業やらの入れ知恵と裏金だってことに、気付いちゃいない。踊らされているだけの救えない連中だ、反吐が出る……)


「では、今回の大規模一斉蜂起の概要を、彼から伝えてもらいましょう」


 どうやら終わったらしい、内容の希薄な視界の男から促されて、少年は実行計画のあらましを話はじめた。


「では、僭越ながら兄に代わりまして……」


  そう一言断り、少年はプロジェクターを使って説明を始めた。


  1.トリポリ市中央交通管制局の地下ケーブルトンネルにおいて、

    火災が発生する。その結果市内各所で交通の混乱が生じ、事故

    が多発する。もちろんこれは、管理局の管理の杜撰さが招いた

    怠慢である。


  2.時を置いて、混乱した市内に黒い自立戦闘ロボットが現れ市民

    を無差別に攻撃し始める。これはある軍産複合企業が秘密裏に

    開発した軍事ロボットであり、それが暴走したものである。


  3.市内を混乱に陥れ、市民を傷つけたロボットを軍警察が慌てて

    掃討を始めるが、無辜の市民にも多大な犠牲が出る。これは

    浅慮なる軍警察幹部の誤った指導方針によるものである。


  4.軍警察の手に負えなくなった駐留軍は、戦車と装甲車を持って

    ロボットを追い詰めるが、トリポリ市郊外にある、航宙軍動力

    管理局の核管理施設の一部を、誤って破壊してしまう。その結

    果放射能汚染が、全市を襲う。これは重大なる駐留軍の失態で

    ある。


 グループの誰もが、思ったよりもショッキングな内容に、どよめいた。

 

「今回のデモは、あくまで平和裏に実行されるものではなかったのか?」

「そうだ! われわれはあくまでも、非暴力による平和の実現をこそ、目指しているのだ!」

「話が違うぞ! どういうことだ!」


 矢継ぎ早に質問が飛び交う中、少年は落ち着いた様子で口を開いた


「もちろん皆さんには、あくまでも平和的に行動していただきます。実行は他のセクトや同志グループが行います。皆さんにはこれら、市管理局、軍警察、軍産企業、そして憎き駐留軍のおぞましい行動と不手際への非難を、SNSや街頭デモなので市民の皆様に伝えていただくのが役割です」

「おぞましい行動って、デッチアゲだろう?」

「デッチアゲ、などではありませんよ。私たちは確かな〝事実"を元に起こりうる未来を予測しているのです。それをちょっと手を加えて、彼らの愚行を現実のものとするのです」

「そんな……」

「皆さんに協力していただくプラカードやビラは、こちらで用意しております。お役立てください」


 司会の男にも知らされていなかった想定外の内容に、ざわつく仲間と少年の間を視線を彷徨わせ、どう収拾したものか狼狽えていた。


「そうだ、放射能漏れって俺たちはどうなるんだ!? こんな事件を起こして、俺たちに何かあったらどうするんだ」

「そうだそうだ! 放射能で汚染されたら街はどうなってしまうんだ!」

「皆さん落ち着いてください。軍警察や駐留軍の行動に近づかなければ、皆さんは安全です。放射能汚染なんて、起こりませんよ。“起こるかもしれない”という事実が重要なのです。事態の収拾には多大なコストを、彼らは払うことになるでしょう」


 納得のいかないだろう彼らに、少年は冷ややかな笑みを浮かべていた。


(どうせ言われたとおりにやるしかないのさ。せいぜい派手に目立ってくれればいい。それだけで、地元警察の一部を拘束できる……)


 ★ミ


 とあるビルの地下駐車場。そこに一台の車がはいってきた。

 先ほどの市民団体の集会で“ジュニア・リー”と名乗ったジャケットの少年は、運転した男とともに車を降り、駐車場の隅にあるカムフラージュされた扉を開けた。


「おお、待っていたぞ、同志」


 連絡もなく、いきなり戸を開けた少年に一瞬警戒するような視線を向けたが、事前に少年のことを知らされていた男は、歓迎するように両手を広げて迎えた。


「遅くなってすみません。別のグループのところでちょっと長引いてしまって」

「なに、構わんさ。お兄さんから聞いているよ。それにしても写真で見るよりもずっと若いな。本当にあのリー将軍の弟なのかね?」

「ジュニア・リーです。もちろん本名は明かせないので偽名ですが」

「仕方ないさ。どこから足がつくかわからないからな。俺はイワン・テジュン。よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ですが、名乗るなら偽名でお願いしますよ」

「ああ、そうだったな。忘れてくれ」

「それで、物は用意できましたか?」

「ああ、こちらに」


 男は部屋のさらに奥の扉を開けて中へ招いた。

 そこには、6脚の黒い多脚型ロボットが多数ひしめいていた」


「いけそうですか?」

「100台すべて使用可能だ。いつでも展開できる」


 少年は運転していた男の持っていた大きなトランクを指差して言った。


「銃を装備しているロボットには、装着しておいてくれますか?」

「なんだ?」

「弾ですよ。銃には弾が必要でしょう?」

「撃つのか?」

「もちろん。けれど安心してください。当たったところで、ちょっと痛いだけです。あくまでブラフですからね」


 男が少年に指示されたトランクを開けると、ぎっしりと詰まったマガジンを手に取った。


「これは……」

「スポンジに硬質ゴムのジャケットを被せた弱装弾ですよ。薬莢の火薬も半分、射程も短い。軍では実際に訓練で使っている」

「よくこんなものが、それにこんなに大量に手に入ったな」

「兄さんのコネがあるので。それで、ここからロボットをコントロールするのですか?」


 少年は部屋の片隅にあった大型のディスプレイを何台かつなげたモニターを見ながら尋ねた。


「ああ、そうだ。いくら自律機動できると言っても、展開する場所の指定や台数の振り分けをするのには、これぐらいの設備がいる。本当ならどこか高い見晴らしのいいビルの屋上からコントロールしたいんだけど、目立つからなぁ」

「できるんですか? こんなところから?」

「プリペイド携帯端末を、たくさん用意したよ。もっともブローカーから仕入れたので盗品かもしれないが……。それを市内のあちこちに、目立たない様に隠してあるんだ」

「できるのならばいいです。よろしくお願いします」


 そう言うと少年は、ポケットから小型だがいかつい形状の携帯端末を取り出して、男に渡した。


「これは軍用の通信端末? こんなものどこで!?」

「いったでしょう、コネがあるって。コールサインはあなたがクラブのキング、僕がスペードのジャック。作戦中はそれを使ってください」

「チャンネルは? 軍の連中に、行動が筒抜けにならないか?」

「コアクリスタルは独自のものです。軍の周波数は聞こえますが、発信は出来ません。発信は別の周波数と解読キーです。こちらの行動がばれることはないでしょう」

「ならばいいが……」


 少年は、机の上にあった作戦計画書を手に取っていった。


「用が済んだらこの書類は確実に処分しておいてくださいね。今回のイベントはあくまで軍の怠慢が招いた事故なんです。くれぐれも気を付けてくださいね」

「もちろんだ」


 そういうと二人は、笑みを浮かべながら握手して別れた。


本日は夕刻にもう一度投稿します。

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