(15)伝説の魔女
あけましておめでとうございます。新年早々お越しいただきありがとうございます。
皆様にとって良い年でありますように。
「大尉、どうぞ」
ひとしきり舞って、一息つこうとしたフランチェスカに、“ビッグス”ことアルフォンソ曹長が、タオルとスポーツドリンクを差し出した。
「ありがとう、“ビッグス”」
「さっきのは、シルヴィア姉さんに教わったんですか?」
「ええ、そうよ。良くわかったわね」
「昔、宴会の余興で踊ってみせてくれたんですよ」
「そう。でも、まだまだ全然ダメだわ。思うように体が動かないの」
「体格が違うんですから、姉さんの真似をしてもダメなんでは?」
「シルヴィアさんと同じ事を言うのね。もしかして曹長も同じ事を?」
「ははは、あっしみたいのがレオタード着ても、見苦しいだけでしょう」
「げぇ、想像しちゃった」
二人はお互いに顔を見合わせると、これ以上はないというように笑った。
そしてふと思いついたように、フランチェスカはずっと不思議に思っていたことを尋ねた。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「何でしょう?」
「シルヴィアさんて、本当は何者なの?」
「何者……とは唐突ですね。隊長の奥さんだってことじゃ、ダメなんですか?」
「確かに、あの猛獣の妻だってことは、それだけで尊敬に値するわ。でも私が聞きたいのはそういうことじゃないの」
「では、どんな?」
「この前、一緒に街に出たんだけど、シルヴィアさんを知っている人がすごく多いの。基地の中でだって、どこでもフリーパスみたいだし」
「ああ、姉さんは有名人ですからね」
「この星ではっていうか、トリポリ市って市民と軍の関係は、あまりよくないって聞いていたんだけど」
「まぁ、一部の新聞とかテレビでは、そういうことになっていますね」
「でも町の人はみんな親切だったわ。赴任したばかりで、私のことなんか誰も知らないはずなのに、隊長とシルヴィアさんにお世話になっているて知ったとたん、私にまで親切にしてくれるのよ。なぜかしら?」
「まぁ、この星の住民でシルヴィア姉さんと隊長のことを悪く言う奴なんて、只の一人も居ませんからね」
「何か、理由があるの?」
フランチェスカがたずねると、曹長は持っていた紙コップの中身を飲み干してくしゃっと丸め、そして、少し遠くを見て話し始めた。
「あれは……もう8年も前になりますかね。隊長とシルヴィア姉さんが夫婦で赴任してきた年のことです。この星に小惑星の落着があったんです。それは酷い被害が出ました。でっかいクレーターはできちまうし、海岸線に落ちたもんだから惑星規模の津波も発生しました。気候だって変っちまったし、ほぼ星全域に被害があったんですよ」
その事はフランチェスカが、赴任前に読んだ資料にも書いてあった。
「なんで戦艦の艦砲射撃で、小惑星を破壊しなかったの? トリポリみたいな大きな軍事施設があったら、普通何隻かは衛星軌道上に、稼動状態の戦艦が居る筈でしょう?」
それは当然思う疑問だった。トリポリは内惑星系第4惑星だった。星系内の例えば彗星のようなものだったとしても、その軌道要素は事前に分かっているはずで、対処できないということはないはずだった。仮に未知の恒星系外からのオブジェクトだったとしても、トリポリのような軍事拠点があるのなら、最低でも2艦隊程度が稼働可能な状態にあったはずだ。
「この星の自治政府が認めなかったんですよ。当時は自治政府の事前申請がなければ、軌道上に稼働可能な状態で戦艦を展開できなかったんです。当時は前線から遠く離れていましたし、トリポリは単なる補給基地でしたからね」
「ふーん」
「それに小惑星がこの星の直撃コースを通るのが解ったのが、衝突の3日前だった。なにせ亜光速近い速度だったので。それでたまたま機関の火まで落としていた駐留艦隊を展開させるにはギリギリすぎたし、近傍の艦隊を呼び寄せるには遅すぎた。で、基地司令が自治政府に怒鳴りこんだんですが、交渉が成立した時には間に合わなかった。かろうじて緊急展開させた高速巡洋艦が、砲撃には成功したんですが、カケラが落ちた」
カケラと言えども、亜光速近い速度を持っていたのなら、衝撃のエネルギーはとてつもないだろう。
「なんてこと……」
「で、さっき言った被害が出てしまいました。落ちたのは無人地帯だったんですが、それでもたくさんの被災者が出た。孤立して補給もできない街もたくさんありました。幸いといっちゃあなんですが、落ちたのは南半球だったんです。だから地上基地の方は内陸なので大した事は無かったんです。それで災害派遣の名目で軍を展開しようとした。だがそれも自治政府が拒んだんです」
軍は何も敵軍事組織を排除するためだけに、活動するわけではない。自然災害から住民を救うのも、軍の重要な活動だ。
「どうして?」
「基地が無事だったのは、巡洋艦の砲撃に意図があったからだと言うんです」
「そんな、バカな」
「そんなバカな連中だったんですよ、当時の自治政府の連中は。それでシルヴィア姉さんが怒りまくって、軍が動けないなら民間人の自分がやるって言って、隊長や基地司令が止めるのも聞かずに、支援物資を積んだ輸送機を被災地に強行着陸させた。自治軍の対空砲火を掻い潜って」
「対空砲火を輸送機で?」
支援物資を積んでいたなら、機動性能もかなり落ちる筈だ。それも輸送機ならなおのこと。
「まぁ、それが姉さんの凄い所なんですけどね。それで、避難場所に指定されていた学校の校庭に着陸したまでは良かったんですが、そこの責任者がやっぱり物資の荷降ろしどころか、“機体から降りることもままならん!”と、こう言ったわけなんですよ」
「それで?」
「もちろん姉さんはブチキレた。けれど、一部始終を司令部の無線で聞いていた隊長が、無線を通じて機外スピーカーからこう怒鳴ったんですよ 『輸送機の調子が悪くなったので、緊急着陸した。お騒がせして申し訳ない。早急に立ち去りたいが、このままでは重量オーバーで離陸できないので、積み荷を捨てさせて欲しい』と。それで返答に困っている責任者を無視して、姉さんは大量の支援物資を「捨てて」から、輸送機を離陸させたんですよ。それで被災者たちがどう出るかは、火を見るよりも明らかでしょう?」
必要な物資を運んでくれた軍と、建前論だかなんだか、わけのわからない理由で拒む自治政府のどちらを支持するか。そしてどういった行動に出るか。確かに答えは明白だとフランチェスカも思った。
「それ以来、自治政府代表も、どこの街も軍の支援活動に口を挟まなくなったんです。だから隊長と姉さんは、この星じゃあ市民からも軍からも尊敬されているんですよ」
「へーえ、そうだったのか。なんかいいな、そう言うの」
「それで、そん時使っていた、姉さんの輸送機のコールサインがですね」
「もしかして、“ストレガ”?」
「ええ、よく御存じで」
「街であったおばあさんが、シルヴィアさんをそう呼んでいたのよ“ストレガさん”って」
「“ストレガ”……天翔ける魔女。この星では知らない奴を探す方が難しいぐらい、姉さんの二つ名です」
「やっぱり、すごい人なんだ……」
「まぁ、言ってみれば、この星の英雄。それ以外にも、いろいろと姉さんには、伝説が……」
と、曹長が言いかけたところで、隊長の怒号が飛んだ。
「おい、いつまで油売ってるんだ! あと30分で雨が上るぞ! 休憩時間は終わりだ。飛行訓練を再開する!!」
「隊長!」
「“プリマ”! 俺が後席に乗る。お前の下手くそな機動は見ちゃいられねぇ。いつまでも下手クソなままじゃ、訓練部隊の名折れだ。足腰立たなくなるまで鍛えるからな。いいな!」
隊長の後について、ワードルーム(パイロット装備に着替える部屋)へ歩きながら、フランチェスカは続けた。
「お手柔らかに頼みますよ、“Gentlry BEAST”」
「なんだ、そりゃぁ?」
「えへへ、聞いちゃいましたよ。避難所に支援物資を「捨てた」こと」
「覚えておらんな」
「8年前、だそうですね」
「そうだったかな」
「隊長って、結構イキな事するんですね」
「故事に倣っただけだ。何処にでも、何が重要で何が優先すべき事項なのか、判らん奴が居る」
「そうですね」
「お前も軍人なら、今本当に何が必要で何をすべきか、それを常に考えておけ」
「はい」
隊長は立ち止まって振り返り、厳しい表情で言った。
「但し、それは命令の範囲を超えてはならん。判ったか?」
「了解しました!」
と、フランチェスカは敬礼した。
そして、再び歩き始めた隊長の後について、自分もワードルームへ向かった。
30分後、レオタードからパイロットスーツに着替えたフランチェスカは、ブリーフィングを受け、雨上がりの大空へと飛び立っていった。
★ミ
夕食の時間。
隊長とシルヴィア夫人の手料理に舌鼓を打っていたフランチェスカは、夫人に尋ねられた。
「どう? フランちゃん。訓練の方は?」
「え、ええ……まあまあ、ですかね。えへへ」
「まだまだ、だな。無駄な動きが多い。落第だな」
「そう……。それじゃ、実地で教えてあげましょうか?」
「え? 実地って……」
「明日の訓練、私が後席に乗って、教えてあげるわ」
「「ええっ!!??」」
これには隊長もフランチェスカも驚いた。
「おい、シルヴィ。あのなぁ、お前はもう民間人……」
「あら、フランちゃんの機体は、広報用の機体なんでしょ?」
「まぁ、そうだが」
「それなら民間人の私が、体験搭乗しても問題ないわよねぇ、あ・な・た」
「いや、しかしだな……」
「ねぇ、 あ・な・た」
「いや。いやいやいやダメだダメだ駄目だ! フランチェスカは訓練生だ。正規の隊員ではないから、民間人の体験搭乗など……」
「 ね ぇ 、 あ ・ な ・ た 」
「…………」
シルヴィアは終始笑顔のままであったが、纏う雰囲気は明らかに有無を言わせないものだった。
またひとつ、他人には絶対真似のできそうにない、シルヴィアの特技を知ったフランチェスカだった。
耐え切れなくなった隊長は、苦しげな表情で妥協した。
「どうしてもか?」
「どうしても」
「むぅ……仕方がない」
「うふふ。あ・り・が・と。 あ・な・た❤」
そういうとシルヴィアは隊長に身を寄せて、無精髭の伸びた頬にキスをした。
(いいのかなぁ……)
対照的な二人の様子に、一抹の不安を感じたフランチェスカだった。
本日より、別の小説「エデンの園」も投稿を始めています。5年ほど前に某TSFサイトに投稿したものの加筆再掲載となります。そちらもよろしくお願いいたします。




