(14)華麗なる特訓
シルヴィアが事前に連絡してあったのか、ジムには一面に跳び箱やら平均台やらの、様々な体育道具が並べてあった。
「ありがとう、フォスター曹長。お手数をかけるわね」
「とんでもありません、ローゼンバウアー夫人。大佐にはいつもお世話になっております。こちらは?」
ジムの管理責任者と紹介された彼は、フランチェスカを興味深そうに見た。
「彼女はフランチェスカ・ジナステラ大尉。私の妹分なの。こう見えても、トリプルエース級のパイロットよ。今は主人が面倒を見ているの」
フォスター曹長は驚いたように、フランチェスカを見つめた。
「こ、これはおみそれしました?」
“なんで疑問形だよ”とフランチェスカは一瞬思ったが、普通に見ればおかしく思われても仕方がないと思いなおした。
「彼女ちょっとスランプなの。だからここをお借りしたいとお願いしたのよ。お手間をかけさせて、申し訳ないわね」
「とんでもありません、これぐらいのことでしたらいつでも。ところで体育用具をあるだけ並べろとおっしゃられたのは、もしかして昔されていた……?」
フォスター曹長は何かを思い出したように、二人を交互に見た。
シルヴィアは口元に人差し指を立てて、
「他の人にはナイショね。誰もこの建物には近づけさせないで、監視カメラもオフでお願い。彼女が恥ずかしがるから」
とウィンクした。
「りょ、了解いたしました」
「終わったら連絡するわ。ありがとう」
フランチェスカも曹長に礼を言って見送った。
「シルヴィアさん、私が恥ずかしがるからってどういう……?」
フランチェスカが疑問に思って尋ねると、シルヴィアが持っていたショッピングバッグの中から、紙包みを渡した。
「まずは形から。これを着て」
「何です?」
シルヴィアが袋から取り出して見せたのは、黒に近い濃紺のさほど大きそうにない布きれだった。
「レオタードよ」
「ええっ? いやですよ、そんなの! 恥ずかしい!」
フランチェスカは、この体になって下着こそ女性用の物をつけていたが、水着の類は身に付けたことはなかった。ましてレオタードなど。それに自分でも、ローティーンの少女のような貧弱な体に、若干のコンプレックスを感じない無いわけではなかった。
「あら、フライトスーツのアンダーウェアとあまり変わらないわよ」
「アンダーウェアのまま、歩き回ったりなんかしませんもん!」
確かに耐G兼用のフライトスーツの下に付けるのはレオタードみたいだったが、そんなこと言われてしまうと着辛くなってしまう。
「きっと似合うわよ」
「いやだなぁ……」
「人払いをしてあるから、ここには誰も来ないわ。恥ずかしがらないで、着替えてきて」
シルヴィアにそう言われては、従わないわけには行かなかった。
自分の貧弱な体の線がはっきりと分かる上に、まるで裸で居るような心もとない感じに、フランチェスカはもじもじしながら、ジムの真ん中に立っていた。
「で、着替えましたけど……。何をすればいいんですか?」
「踊るのよ。レオタードってそう言うときに着るもんでしょ?」
「踊る?」
「“舞う”と言ったほうがいいかしらね、バレエダンス」
シルヴィアは優雅な仕草で両手を広げ、ポーズをとって見せた。
「ええ? いくら私のコードネームが“プリマ”だからって」
「私が考案した、大気圏内用空戦技法の極意を伝えるバレエダンス。やって見ない?」
「極意? バレエが?」
「必ず強くなれるわよ。たぶん、ウチの人よりも」
「お願いします!」
そういわれてしまえば、拒否する理由もない。得意なはずの戦闘艇の操縦も惑星上では全く思うようにいかず、行き詰っていたからだった。
シルヴィアは、フランチェスカに近づいて、後ろ髪にまとめていた髪を解いた。
「あ、髪を解いてしまったら……」
長い髪が体にまとわりついて、動きづらくなるのでは? とフランチェスカは思った。
「いいのよ、これで。体の周りを流れる、風を感じなさい」
「風を、感じる……?」
「そう。ジムの空調を最大レベルにあげてあるの。場所によっては少しだけど風が巻いているわ。ゆっくりと、この中を一周して御覧なさい」
言われたとおりに、ジムの中を一周すると、場所によっては換気口の吹き出し口から強い風が吹いているところがあったり、逆に全く空気の動きが無い場所もあることを知った。そしてフランチェスカが体を動かせば、薄いレオタード一枚のフランチェスカの体は空気の動きを敏感に感じ取り、解いた髪はその方向を示すようになびいた。
「レオタードを着せたり、髪を解いたりしたのは、そういう意味だったんですか?」
「そう、このジムの中の大気の流れを乱さないように、体を動かすの」
「でも、どんな風に?」
「さっきのシミュレータ、プラクティスワンのターゲット出現パターンは覚えているわね?」
士官学校のパイロット養成課程でも、実戦配備されてからの自主練習でも、夢に見るほど繰り返した事だった。体が覚えている。
「はい、目をつぶっていても、どこから出てくるかは」
「頭の中でそれをイメージして、そのターゲットを追いかけるのよ。全身を使って」
「全身を使って?」
「体には重さがある、腕を振り回せば、早く向きを変えられる。低高度のターゲットにはしゃがむように、高高度のターゲットにはジャンプして、追いかけるのよ。このフィールドの中で」
「は、はい……」
シルヴィアにそういわれたものの、どうすればいいのか、フランチェスカには判ららなった。
戸惑うフランチェスカの様子を察したシルヴィアは、フランチェスカの手を取った。
「まぁ、いきなり言われても、無理よね。だから私が、手取り足取り教えてあげるわ」
「よ、よろしくお願いします」
そうして二人は、ジムの中を歩き始め、シミュレーションのプラクティスに合わせる様に、移動していった。
「最初はファースト、右前方20マイル、どう動く?」
「機体軸線を合わせます」
「そうね、じゃ次はセカンド、左後方斜め上からチェイサー、どうする?」
「加速して、最初のターゲットとの距離を詰めます」
二人は10歩ほど走った。
「ファーストにアタック、右手を前に出して、ただ出すのではなくて優雅に」
「ええ~? こうですか?」
「今はそれでいいわ、自分が優雅だと思う仕草で、じゃそれを決めポーズにして」「はい……」
「セカンド、降下して追撃、同時に左上方30マイルにサード、どうする?」
「アフターバーナーに点火、上昇しつつ、サードに機首を向けます」
「そう、じゃその平均台に乗って!」
「はい」
そうしてひとつづつ、仮想ターゲット思い浮かべながらジムの中を移動していった。時にはシチュエーションに合う様に、体育道具を動かして一つ一つの動きを決めて行った。
一通りの動作を決めて、元の位置に戻ると、シルヴィアは言った。
「じゃ、今のをもう一回。いえ、何度でも同じように繰り返して、やりづらかったら、その都度なおしていきましょう」
「はい。でも、できるでしょうか?」
「いいのよ、始めはうまくできなくても、何度も練習すればいいわ」
「それと、バレエには音楽も必要よね。プレーヤーを借りてきたから、曲に合わせて優雅にやりましょう」
「は、はぁ……でも、優雅にってよくわかりません。それに音楽に合わせてって」
「大丈夫、私がちゃんと教えてあげるわ」
「お願いしますっ!」
もちろん初めはぎこちなく、シルヴィアから手取り足取りと言ったように、時には厳しい叱責を浴びながら、ジムの中を右往左往していた。
だが、いつの間にかシルヴィアが持ち込んでいたプレイヤーから流れる、アップテンポのリズムに乗せる様に、フランチェスカは頭の中でイメージした仮想ターゲットを追いかける様に、ジムの中を縦横無尽に舞い始めた。
★ミ
翌日。
雨でフライトがキャンセルになったため、フランチェスカはレオタードに着替えて、格納庫でシルヴィアに教えられた“極意の舞”を練習していた。
隊の男連中にレオタード姿を見られるのは恥ずかしかったが、シルヴィアの言うとおり、何よりも動きやすく、体の周りを流れる空気の感じや、窓ガラスなどに映る自分の姿勢を確かめるには一番だった。
それに“自分はもっと高みに到達したい”という、強い意欲があった。
(風に逆らわず、流れるように。力任せではなく優雅に、最小限の動きで……)
シルヴィアのアドバイスをつぶやきながら、見えないターゲットをイメージし、それを追いかけるように舞い続けた。
「よう“プリマ”! イロっぽいカッコで何をやっているのかと思えば、バレエか? コードネームが“プリマ”だから、バレエを練習すれば、空戦に強くなれるとでも思ったのかよ」
「ははは、だが、いい目の保養だぜ。ひゅーひゅー!」
雑音には目もくれず、フランチェスカはシルヴィアのレッスンを一つ一つ思い出すように、舞った。
「下手糞め……」
自機のメンテナンスをしていた隊長は、その様子を苦笑しながら見ていた。
令和3年も今日で最後。皆様、良いお年を。




