(11)黒い景品
専用機が修理中のため、フライト無しとなったフランチェスカは、地上での自主トレを命じられていた。
いつもなら相手をしてくれるはずの、“ビッグス”先任曹長も出張で不在の為、マラソンや柔軟などの基礎体力作りしかできることが無く、退屈を持て余していた。
さて、次はジムにでも行こうかと、整備ハンガーの脇を歩いていると、隊員の一人が何やら黒い大きなものをいじりまわしながら、首をひねっていた。
「あれ? アインシュタイン少尉……じゃなかった、〝ドク”、何してるの?」
「やぁ〝プリマ”、訓練はいいんですか?」
「知ってるくせに。専用機は修理中よ」
「ははは、そうでしたね」
「それより、それなぁに? ロボット?」
“ドク”は黒い色をした、1m近い大きさの6本足の多脚ロボットをひっくり返していた。
それはありとあらゆるところに出現する、嫌な昆虫を思わせる……いや、どっちかというと足が2本足りないだけの、巨大な黒蜘蛛のようにも見えた。
フランチェスカは、それが動いているところを見たくないような気がした。。
「ああ、こいつですか? これはそうですね、テレビのCM見たことないですか? “クッキー買ってロボットを当てよう”ってやってるでしょう?」
「あ、見たことあるわ。自然の材料だけで作った……ええと何とかクッキーっていうのを買って、本格的なロボットを当てようってやつ?」
フランチェスカは、隊長の官舎でシルヴィア夫人とテレビ映画を見ていた時に、盛んに流れていたCMを思い出した。
「そうです。あのCM見たとき、ちょっと気になったんで取り寄せてみたんですよ」
「へー、すごいわね。そういうのって、なかなか当たらないって……”取り寄せた”?」
抽選による景品なんだから、“取り寄せた”じゃなくて“当たった”だろう。メーカーに知り合いでもいるのだろうかと、フランチェスカは疑問に思った。
「ま、やりようは、いろいろとありましてね」
アインシュタイン少尉は、いたずら小僧の様にウィンクをした。
抽選でしかもらえないような景品を、一体どのようにして手に入れたのか、聞かない方がいいような気がした。
部隊一の”マッド・サイエンティスト”ともいわれる彼のことだ、何かおおっぴらにはできないような方法があるのだろう。
「それで、気になることって? 私もそのカタチで黒色はちょっと、どうかと思うけど」
「色に関しては同感ですね。でもそうじゃなくて、クッキーの景品にしちゃ、デキがよすぎるんですよ」
「よくできたおもちゃだってこと?」
「おもちゃの域を超えているんじゃないかと……。具体的に言うと、耐久性と稼働時間が妙に高スペックというか……」
「子供が乱暴に扱っても、いいようにって事じゃないの? 稼働時間の方は、しょっちゅう充電しなきゃいけないんじゃ、遊びにくいんじゃ?」
“ドク”は手に持った本体の、上部カバーを外して見せた。
「それにしても、です。ほら、ここの所何かくっつけられるような丈夫なマウントがあるんですよ。でも何を付けるのか、取扱説明書には書いていない」
「ユーザー側で工夫して何か運べるようにとか? 子供向けならお菓子とかジュースとかを運べるように、カゴかなんかをつけるとか?」
そういえば、そんなおもちゃがあったはずだとフランチェスカは思い出した。子供のころに自分も持っていた、トラディショナルな機械仕掛けの人形が。
「こんなのが運んでくるのを、食べたいとか思います?」
「ワタシはちょっと遠慮かな。でも、そこは人それぞれ?」
語尾がどうしても疑問形になった。台所に出現する人類の永遠の敵に似たソレが運んできたものなど、自分は絶対に口にしたくないとフランチェスカは思った。
「それにほら、この頭部ユニットのところ。ここもフタを開けて何か差し込めるようになっているんですよ」
「オプションがつけられるようにじゃ無いの? ほら、昔よくあったじゃない、しゃべったりするロボットのおもちゃ」
「こんなでっかい"G”みたいのが、ウネウネとアンテナや足を動かしながら、“オトモダチニナリマショウ”とかいって、近づいて来るんですか?」
想像したフランチェスカは“うげっ”と言う顔をした。
「全力で遠慮したいわね。そういわれてみれば、おもちゃにしては大きいわね」
「そうなんですよ、そもそも子供向けのクッキーの景品にしちゃ大きすぎるし、これ買うとしたら、それなりの値段はしますよ」
「何かの流用品だとか? ほら、このコネクタとか、ここの関節部分、なんかどこかで見たことがあるような、パーツじゃない?」
「言われてみれば、そんな気も……。いや、よく気が付きましたね」
“ドク”の目が真剣なものになり、少し考え込むようにしていった。
「思い過ごしと言われればそうかもしれませんが、これは一応隊長に話しておいた方がよさそうです」
「え? どうしたの突然? 隊長が何でこんなおもちゃに? あの人ってこの手のモノ集めていたっけ?」
「そうじゃないです。でも確信が持てるわけじゃないんで、詳しく調べてみようと思います。それじゃ! 大当たりだったら、今度何か奢りますね」
「え? あ、ちょっと! どうしたのよ!」
フランチェスカが止める間もなく、“ドク”は件のロボットを抱えて、隊舎の方へと走っていった。
★ミ
トリポリ市街区域中心部の、商業区画にほど近いとあるビル。その地下駐車場に目立たない様にカムフラージュされた扉があった。
そこへ、それほど寒くもない季節にもかかわらず、濃い灰色のコートを着た男が扉の前に立ち、何かの装置をかざすと扉が開いた。
「どうだ? 作業の方は順調か?」
「残り5台分というところですかね」
端末を叩きつつ、手元の機械の調整をしながら、作業中の男は答えた。
灰色のコートの男が作業台の上を見ると、黒い大型の昆虫のようなデバイスが5つ並んでいた。
それぞれのデバイスは半ば組立途中といった感じで、コードが伸びていて、小型の冷蔵庫ほどもある、端末につながっていた。
「あとどれくらいで、終わるんだ?」
「……んー、そうですね。あと三日もあれば終わりですね」
「それなら計画には、間に合いそうだな」
コートの男は、安堵した様子で側にあった椅子に腰かけた。
「それにしても、こんなおもちゃが役に立つんですか? クッキーの景品にしては、ずいぶんと大きいですが」
「街中を走っていても、何かのイベントだと思ってもらえるようにな。偽装だよ」
「背中のマウントは、どうするんですか?」
「あとで武器を支給する」
ロボットをいじっていた男は、ぎょっとして言った。
「武器? そんなもの積んで一体何を?」
「銃と言っても、弾が出るわけじゃないさ。音と光が出るだけだ。デモンストレーションには、それで十分さ」
一体どんなデモンストレーションをしようとしているのか、男にはさっぱりわからなかったが、言われたとおりにするしかなかった。
「それにしても、ずいぶんと手間と金をかけるんですね」
「今回のスポンサーは、気前が良くてな」
「スポンサー? そんなのがいるんですか?」
端末のキーを叩いていた男は、手を止めて振り返っていった。
「おいおい、金が無なければ何もできないだろう。スポンサーがいるのがそんなに不思議か?」
「それはそうなんですが、私は活動資金は善意の協力者からの寄付金からだとばっかり」
「それももちろんあるが、今回のような大掛かりな作せ……いや、活動にはスポンサーがつくんだよ」
「そうなんですか? でもスポンサーって言う事は……」
作業をしていた男は、首をひねりながらそう言うと、コートの男はその思考を妨げる様に言った。
「あまり考えない方がいいこともある。詮索は不要だ」
「はぁ……」
彼らのグループには、メンバー間の役割分担はあっても、同列であり上下関係はないとされていた。だが実質的にコートの男は様々な便宜を図り、グループにおける役割も重要であることが多かった。
それに対して作業していた男の方は、歳もずっと若く、担当している役割も工学的な裏方の作業ばかりで、実際の活動にどう寄与しているのかも、よく理解していなかった。
それゆえに、コートの男に対しては活動グループの幹部のような印象を持っていた。
「ところで、プログラムの方はどうだ? 要求通りの動きは実行できそうか?」
「かく乱するのが目的ですから、それほど難しいコードは必要ないでしょう」
「簡単に制圧されても困る。大丈夫か?」
そう問いかける男の方も、地図を見ながらであった。
「それよりも、マップの方は大丈夫ですか? そろそろテストしたいんですが?」
「市内に関しては問題ない。しかし目標施設へのルートに関しては、入り口と途中までしかわからなかった」
作業していた男は、キーボードを叩いていた手を止め、振り返った。
「図面はもらえなかったんですか?」
「仮にも放射線管理区域だからな。残念ながらシンパの連中にも、関係者はいなかった」
「どうするんです?」
「まぁ問題ない。要は外柵を壊して侵入できればいいんだ。それは別の手段がある。このオモチャはあくまで陽動だからな。目標の建物近くまでたどり着ければ十分だ」
「使い捨てですか? もったいないなぁ……」
「回収しようとすれば必ず足が付く。例の菓子メーカーも明日倒産することになっている」
「ええっ?!」
「十分稼がせてもらったからな。原料の買い付けに問題があって、という事になっている。まさか株とか買っていないだろうな?」
「いえ、私は買ってはいませんが」
「ならいいだろう。もちろんこのことは、誰にも言ってはならない」
「はい、わかっています」
「今後のことは弟に任せてある。この後の指示は弟から受ける様に」
「弟さんですか?」
「“ジュニア・リー”と名乗らせている。もちろん偽名だがな。じゃ、後は頼んだぞ」
「どちらへ?」
「イベント主催者のところだよ。決行日の打ち合わせだ」
そういうと、男は小屋を後にした。
「はぁ、軍の放射能物質管理の杜撰さを糾弾する活動だっていうけど、単なるデモンストレーションに、こんなもの使う必要があるのかなぁ……?」
残された方の男はそうつぶやくと、再び作業台に向かい、作業を続けた。




