(10)対決
その翌日、シルヴィアの献身的(?)なマッサージにもかかわらず、全身の筋肉痛が完全には癒えないまま、フランチェスカは再び機上にいた。
「今日はゲインを3.2に抑えてある。ただし、今日もGキャンセラは無しだ。注意して機動しろ」
「りょ、了解!」
しかし、機動性能を落とした機体でも、まるで水の中にいるような濃い空気と、機動するたびにかかるGの重さは、フランチェスカを苦しめるのに十分だった。
だが、あまり訓練期間もないことから、3日目からは単独飛行に移り、その日の午後からは、Gキャンセラの使用も認められ、隊長を始め、教官たちとの模擬空戦訓練に入った。
「へへへ。Gキャンセラさえ使えれば、こっちのものよ!」
その言葉通り、フランチェスカ機は見違えるような高機動で大空を縦横無尽に翔け抜け、隊長以外の誰と戦っても勝つことができた。
(ただし、フランチェスカ以外は、Gキャンセラ無しと言うハンデ付だった)
「へぇ、Gキャンセラありなら勝てるってのは、あながちホラでもなさそうだな」
「ああ、ぴょんぴょんとウサギみたいにすばしっこい」
「確かにあのすばしっこさは並じゃねぇ。だがウサギってのはハンターじゃねぇ、狩られる側さ」
その言葉通り、隊の皆もGキャンセラを使い始めると、フランチェスカは連戦連敗。
機体を壊すことも多く、僅か3日間で展示用に綺麗に施されていた塗装はぼろぼろになっていた。
低空での森林や渓谷の戦闘訓練による機体の損傷も激しく、前後左右に6枚ある安定翼の内、左は2回、右に至っては5回も交換していた。
スラスターや補機類はフライトの度に、どこかをオーバーロードさせて、整備班長に怒られていたのだった。
「ウサギじゃ、俺たちには勝てねえよ」
「なら猫になるわ! すばしっこい!」
「猫ねぇ……。だが、獅子には勝てんだろうよ」
★ミ
フランチェスカの機体は、メインエンジンのパワーはないものの、軽い機体に強力なスラスター(展示用の機体では、まともに戦闘機動が出来ないため、宇宙用の強力なものに換装していた)を搭載していた。フランチェスカはそのことを利用して、Gキャンセラを限界一杯まで使うことで、強引に機体をねじ伏せるような機動で、相手を圧倒する戦法を採っていた。
だが、それは隊長の意図する訓練内容とは異なっていた。
そのため、隊長はフランチェスカの強引な戦闘機動を使えなくするために、Gリミッタの制限値を下げさせた。だが、大気圏内での戦闘機動方法に慣れていない、フランチェスカにとっては、いまさら戦い方を変えることも出来なかった。
Gリミッタを2まで落とされたある日、とうとうフランチェスカはキレた。
「こんなのじゃ自分の力を発揮できない! 機体さえフルファンクションなら、隊長にだって絶対に負けない!」
と抗議した。
この部隊でスコア(撃墜数)が一番多いのは隊長のローゼンバウアー隊長だ。
フランチェスカと同じダブルエースと言っても、スコアそのものはフランチェスカが上回っていた。
それに自分の軍歴は隊長の半分だ。
若さと技量で劣ることは決して無い、そういう自信がフランチェスカにはあった。
「それなら俺と勝負するか?」
「隊長と……?」
「ガン・ファイト(機銃のみでの戦闘)しようぜ。お前の希望通り、フルファンクションでいいぞ。機体の差があるからハンデもやろう。俺は高機動モード無しでいい」
ガン・ファイトは誘導弾なしの、機体の固定機銃を使った戦闘を言う。1対1のガン・ファイトは、操縦技量の差が如実に出る戦闘だ。隊長の出した条件なら、自分の勝ちは間違いないと、フランチェスカは思った。
「後悔するわよ」
「さて、どうかな……」
そして機能限定を解除した乗機で、フランチェスカは隊長と模擬空戦に出た。
見違えるような俊敏さと機動性を再び取り戻したフランチェスカは、大空を縦横無尽に翔けた。
ゲインを機体の性能限界にセットされたフランチェスカ機は、その性能をあますことなく発揮した。
間断なく轟音が地上を圧し、基地上空はスラスターやメインエンジンの吐き出す太い白煙が描く軌跡で、埋められていった。
GキャンセラはパイロットにかかるGを無効化し、フランチェスカの体への負担を軽くする。またリミッタを機体構造の限界値にセットされた機体は、まるで飛び跳ねる猫のように、隊長の機体を追い回す事を可能にしていた。
だがフランチェスカは、優雅に舞う様に機動する隊長を、なかなか捕えることができなかった。
地上で二人の対決を眺めていたアルフォンソ曹長に、バトラー中尉が訪ねた。
「おい、お守り役。どう思う?」
「素人目にも判りますよ。下手糞の一言に尽きますね。あれじゃあ、すぐに燃料も推進剤も使い果たしちまう」
今頃基地の外線電話は、騒音の苦情でてんてこ舞いだろうなと、曹長は思いながら言った。
「AFVが特技のお前さんの方が、うまいんじゃないのか?」
と、バトラー中尉もため息をつきながら言った。。
フランチェスカはエースパイロットだった。だがそれはあくまでも無重力空間であり、惑星大気との摩擦もない宇宙空間での話だった。そのつもりで惑星大気圏内で燃料や推進剤を使い続ければ、あっという間に使い果たしてしまう。
そんな会話を交わしていると、“追わせる側”の隊長機が大加速を始め、アルフォンソたちの視界の外へ消えて行った。
それを逃すまいとフランチェスカ機も、アフターバーナーの眩い光芒を放って、同じ方向へ消えて行った。
「模擬戦は、基地上空限定じゃなかったんですか?」
「隊長も俺たちと同意見なんだろうさ。海にでも降ろすつもりなんだろ。“燃料切れ”でな」
「そりゃ大変だ。整備群に行って、回収班を出してもらうように、お願いしてきます!」
おもり役である、アルフォンソ曹長は慌てて格納庫へと走っていった。
★ミ
ローゼンバウアー隊長は基地から少し離れた洋上に出ると反転して、追いすがってきたフランチェスカ機に逆に挑みかかった。
「うわっ! フェイントかけてくるなんて!」
フランチェスカも即座に反応し、機体を横に滑らせた上にコマのように艇体を反転降下させると、逆に隊長機へと照準を合わせた。
「こなくそっ! なんで当たらないのよ!」
サイトに隊長機を捕えトリガーを引くが、模擬弾が当たることはなかった。
『動きに無駄が多いんだよ。そんなのでは、俺には当たらないぞ!」
余裕のある声で隊長が無線を通じて言った。
「くっ、機体のゲインがもっと大きければ!」
『ゲインなんかに頼っていたんじゃだめだ! 大気に逆らわず、運動エネルギーをもっと有効に使え!』
「それが出来れば、苦労しないわっ!」
フランチェスカは機体の大推力に物を言わせて最期の攻撃を行おうとしたが、ついに燃料が尽き、波打ち際に不時着した。
大気と重力の底での戦闘に慣れていなかったフランチェスカは、燃料消費の見積もりを間違えていたのだった。
得意だったはずの戦闘機動ですら、隊長に完膚なきまでにねじ伏せられたフランチェスカは、悔し涙に目を腫らしていた。
隊長は不時着したフランチェスカ機の横にゆっくりと降下した。
コックピットから降りると、機体の上でひざを抱えるようにしてうずくまっている、フランチェスカに声をかけた。
「どうした? もうおしまいか?」
「見れば判るでしょ! 燃料切れよ!!」
「墜落する前に、機体が警告したはずだぞ。『Bingo fuel』ってな」
隊長はおどけるように、VMS(機上音声警告装置)の口調を真似して言ったが、フランチェスカは答えなかった。
「悔しいか? だが、お前はまだ見込みがあるほうだ。宇宙しか飛んだことの無い奴の割にはな」
「慰めなんかいらないわ!」
「泣いてんのか? 目が赤いぞ」
「泣いてなんかいないわよっ!」
燃料切れで不時着したのは明らかな自分のミスだ。ここは宇宙じゃない。そんなことは判っていたはずだった。
一瞬たりとも見失うことの無かった隊長の機体。
だが、目の前で苦も無く自分の攻撃をするりとかわし続けた隊長に、自分では制御できないほどに熱くなっていた。
もしかしたら自分は宇宙でも、この人にかなわないかも知れない……。
レティクル(照準環)の縁ギリギリをあざ笑うように回り続けた、ターゲットコンテナ(目標表示マーク)は、いまも目に焼きついていた。
そのことが、逆にフランチェスカの闘志を、激しく燃え上がらせていた。
★ミ
不時着後、無事に回収されたフランチェスカは、パイロットスーツを着替えることもなく、47訓練戦隊の航空機整備用ハンガーにいた。
機体も無事回収されて整備ハンガーに戻って来たが、それを見守っていたフランチェスカは、整備班長に嫌味を言われていた。
「やれやれ、液体冷却システムをぶっ壊して干からびて戻ってきたかと思えば、今度は潮漬けか? ピクルス屋でも開いたらどうだ?」
「すみません、班長。……その、直り……ますよね?」
「直すよ。直すともさ。子供用の機体はあれしかないんでな。だがオモチャ壊すのも、程々にしておいて欲しいもんだな!」
「ご、ゴメンナサイ!」
子ども扱いされるのも、自分が未熟であるがゆえのことなので、フランチェスカもただひたすら小さくなって頭を下げるしかなかった。
お仕事があるので、平日はなかなか更新できませんが、冬期休暇に入ったのでできる限り更新したいと思います。一応最後までは書いたので、バグ取りをしながらの更新です。




