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星の海で  作者: ありす
ジナステラ少佐の多忙な日々
118/119

EX 今日は何の日?

次のエピソードの展開をどうするか、なかなかまとまらなくて更新が止まっていますが、時節ネタの番外編を。



 第106遊撃艦隊旗艦、アンドレア・ドリアの艦橋。

 前線からは少し離れた宙域に停泊中であった。


 当直のため、艦隊司令席には艦隊司令である、リッカルド・ガルバルディ准将が。

 その隣の副司令官席には、フランチェスカ・ジナステラ少佐が就いていた。


 といっても演習と演習の狭間で特にミッションもなく、平穏な空気が流れていた。




「ふぅ、少し疲れたな。フランチェスカ、何か甘いものを持っていないか?」

「提督、いつも言っていますが、勤務中にファーストネームで呼ぶのはやめてもらえませんか?」

「いいじゃないかフィア、ぐむむm……」


 “フィアンセなんだから”と言おうとしたリッカルドの口を、私は慌ててふさいだ。


「それは絶対に口外しないでくださいと言ったでしょう? その軽い口を縫い合わせて差し上げましょうか?!」

「そんなに怒らなくてもいいだろう、誰も聞いちゃいないさ」

「皆、聞こえてないフリをしているんです!!」


 先月、母が艦隊を訪れた時に、成り行きでリッカルドと婚約させられた形になっていたが、正式に取り交わしたわけではなかった。

 自分としては、実家からの圧力をごまかすための口約束だと思っているので、リッカルドとそう言う関係だとは、全く認識していない。


「それよりも何か、甘いもの持っていないか?」

「甘いもの?  キャンディーならあるけど、舐める?」


 男だった時はそうでもなかったのに、この体になってからはしきりと甘いものが欲しくなるようになった。特にリッカルドに副官仕事を押し付けられてイライラしている時などに、気休め代わりにキャンディーだのクッキーだのをポケットに忍ばせる癖がついていた。

 それよりなんだろう? 今一瞬、艦橋に緊張が走ったような……?

 気のせいかしら??


「キャンディーか……」

「いらないなら……」

「あー、いや、一応貰っとく」

「“一応”……?」

「いえ、すみません、ください」


 はっきりしないリッカルドに、ちょっとジト目を向けると、リッカルドはすまなそうに言った。

 別に威嚇したわけじゃなかったし、一つしか持っていないキャンディーが惜しいわけでもなかった。

 私は席を立ってキャンディーの包みを、司令官席のコンソールの上に置いた。


「時にフラ……いや、ジナステラ少佐。今日は何月の何日だったかな?」

「はぁ?」


 再び艦橋に緊張が走った……様な気がする。

 "戦場では戦局を見誤ることは無い”とまで讃えられた、私のカンも鈍ったか?

 どういったわけか、誰かが操作するコンソールの物音一つしない。


 それはともかく、日付ならば艦橋正面の多目的大型スクリーンと天井の間に大きく表示されている。

 銀河標準(UC)日時と艦隊基準日時の両方が、年月日と時分秒プラス1/100秒までが鮮やかに表示されているそれを見れば。わざわざ誰かに確認するよりは、そちらを見た方が早い。

 私はわざとらしく、そちらを見ながら言った。


「UC歴標準日時、2046年2月14日水曜日、16時30分15秒、艦隊基準時、同日0930です。提督、目でも悪くなりましたか?」


 『それともアタマか?』などと皮肉るのはやめておいた。


「おお、そうだったな。ありがとう少佐、席に戻ってよいぞ」

「あいあいさー」


 朝から疲れる……。



 ★ミ



 昼食休憩後、再び艦橋に戻ると、リッカルドは既に席についていた。


「すみません、遅くなりました?」


 一応時間5分前だが、何かあったのかもしれなかった。


「いや、別に……」

「そうですか。では席に着きます」

「うむ。特にないとは思うが、警戒は続けてくれ」

「承知いたしました」


 リッカルドの様子に少し違和感を感じながら、自分も席に着き、コンソールを叩いて離席中の艦隊ステータスログをチェックした。


「時にフラ……、いや、ジナステラ少佐」

「はい、なんでしょうか。提督」

「その……なんだ、甘い物とか、持っていないかね?」

「甘い物……ですか?」


 一瞬、何か違和感を感じたが、気のせいだと思う事にした。

 今日は自分も疲れているのかな?


 制服のポケットに手をいれたが、午前中にリッカルドにあげてしまったのを思い出した。キャンディ-を持ち歩いていると言っても、いつも部屋から一つぐらいしか持ってきていない。意外に高いのだ。航宙艦内で買う嗜好品と言うのは。


「残念ながら、切らしていて……従卒に何か持ってこさせましょうか?」


 艦橋の入り口を守っている従卒に声を掛けようとすると、リッカルドは慌てて遮った。

「い、いや、なければいいんだ。邪魔をしたな」

「いえ……。そういえば午前中もそんなことをおっしゃっていましたね。何か体の調子でも?」


 疲労感が溜まると甘い物が欲しくなる。まぁそうでなくてもデスクワークを続けるていると、何か口にしたくなる。でも気が赴くまま間食を続けるのは、体によくない。


「そう言うわけでは、ないのだが……」

「間食を摂りすぎるのはお勧めしませんね。体によくありませんよ? 甘い物が欲しくなるなんて、糖尿病とか……逆か! あれは甘い物が欲しくなるんじゃなくて、水が欲しくなるのだったかしら?」

「いや、いいんだ気にしないでくれ」

「はい……」


 リッカルの様子がいつになく歯切れが悪い。いつもずけずけと遠慮なく何でも言ってくるのに、今日に限っては朝から妙に大人しいと言うか、そのわりに妙に落ち着きが無いようにも感じられた。

 一体どうしたんだ?



 ★ミ



 午後の休憩時間が近づいたので、従卒がお茶を運んできた。

 自分は紅茶で、リッカルドはコーヒーを好んだ。


「あら? 砂糖は?」


 いつもなら紅茶と一緒にくれる、スティック状の砂糖とミルクが無い。


「すみません、少佐。ストックが切れておりまして。食堂から砂糖壺を借りてきましょうか?」

「いいわ、そこまでしなくても。あ、でもリッカ……じゃない、提督は?」


 と彼の方を見ると、既に口を付けていた。


「いや、俺はいい。いつもブラックだしな」

「甘い飲物が欲しかったんじゃないですか?」

「ああ……そうだったかな? ああ、いや、いいんだ。問題ない」


 そういうとリッカルドは、もう一口飲んでから再びコンソールを叩き始めた。



 ★ミ



「それでは、当直交代の時間ですので」


 艦隊参謀のフェラーリオ大佐がこられたので、私は彼と引継ぎを行って退席しようとした。


「提督は?」

「俺はしばらく艦橋にいる。少し書類整理があるのでな。このままここで続けることにする」


 珍しい事もあるものだ。いつもなら『一緒に執務室に来い! 頼むから手伝ってくれ!』と情けない声で溜めに溜めまくった未決資料の山脈に連れ去ろうとするのに。


「では、自分はこれで。フェラーリオ参謀、後は宜しくお願い致します」


 とあいさつを済ませて艦橋を出た。



 自室に戻る前に、ラウンジへ寄って、ラヴァーズたちの様子を見ることにした。ラウンジの開店時間には早いが、たまには彼女たちの様子も見なければならない。この時間なら、当番の誰かが開店準備のためにいるに違いない。

 と言うのは表向きで、夕食後のデザートに何か分けてもらえないかと思ったのだ。


「あ、フランちゃん! こっちこっち!!」


 ラウンジに顔を出すとペトラに呼びこまれた。

 中に入ると、ラヴァーズの面々が全員集まってテーブルを囲んでいた。


「みんな集まってどうしたの? 今日はペトラの班じゃなかった? マスターはどうしたの?」

「反省会中ですよ。フランチェスカさん」


 座長?役らしい、メリッサ・フェルミ曹長待遇が座るように促した。


「で、フランちゃんは当然! あげたんですよね? 提督に!」


 ペトラが鼻息も荒く、私に向かって言った。


「提督? リッカルドに?」

「そうですよぅ。あげたんですよね?」

「あげたって何を? ああ、キャンディーなら午前中にあげたか?」

「キャンディー? そうじゃなくて、昨日ペトラがお渡ししませんでしたか?」


 ペトラから? ああ、そういえばチョコレート貰ったな。

 『これがプレゼントですよ。ちゃんとラッピングしました』とかいって、わざわざ部屋に届けに来てくれた。


「ああ、あれか! ありがとう、美味しかったわ」

「“おいしかった”って、食べたんですか!? もしかして一緒に?!!」


 “きゃー”という黄色い歓声が上がる。


「一緒って、一人で食べたわよ、せっかくもらったんだもの。昨日の夕食の後に」


 そう言うと、それまでらんらんと輝かせていた皆の瞳が、一転してジト目になった。


「ええ? まずかったかしら、誰かのお祝いだったの? もしかして一人で食べちゃいけなかった?」


 全員からため息が漏れると同時に、メリッサから呆れたように言われた。


「もしかして少佐、お解りになっていらっしゃらなかったんです?」

「何を?」


 と尋ねた私に、再びため息の合唱が漏れた。


「ええぇー? 真理亜ちゃんが折角用意してくれたのに?」

「そうですよ、少佐はお忙しいから、絶対に準備していないからかわりに、って綺麗にラッピングまでしたのにぃ」


 彼女たちの反応が全く解せない。何を判っていないと責められているのだろう?


「少佐、今日は何月の何日ですか?」

「2月の14日ね。当直の交代の時に時計を確認したからあってる……筈?」

「なんで疑問系なんです。今日はバレンタインデーですよ」

「バレン……、あ、そうだったか?」


 リッカルドのおかしな様子も氷解した。

 あの野郎、私からチョコレートもらえると期待していやがったんだな!


 士官学校時代に、クラスメートの女子学生たちが騒いでいるのを記憶はしていたけど、航宙軍のパイロットになってからは、そう言ったイベント事とは一切無縁だったからなぁ。


「“そうだったか”、じゃなくて、どうされるんです?」

「“どうされるんです”って言われても、食べちゃったし……そもそも私が誰にあげるって言うのよ!」

「「「「「ガルバルディ提督に決まっているじゃないですか!!!」」」」」


 全員に大声で怒鳴られた。


「ちょ、外に聞こえる。誤解されるわ」

「誤解も何も、婚約したんじゃなかったんですか!?」

「どこからそんな話を聞いたの!?」


 いや、あれは口約束であくまで実家に連れ戻されないための口実だ!

 しかも奴には絶対に口外しないように口止めしている。


「違うんですか?」


 メリッサが怖い顔で睨んでくる。というか、何その自信?


「……ちがいますぅ」

「フランちゃん、ウソついている時の目してる……」


 ペトラ! 余計なこと言わないで!

 というかそんな噂話が艦隊に知れ渡っていないだろうな!!??


「でもどうするんです? もう材料ないですし。艦購買(SX)のチョコレートは、全部私たちが買い占めちゃった後だし……」

「リッカルドと私はそういう仲じゃなくて、あくまで上司と部下の関係よ。別にどうこういう話じゃないわ、皆が思っているのは単なる誤解!」


「「「「「「えええぇーーーー!!??」」」」」」

「とにかくこの話題はおしまい! みんな元気ならいいわ。解散!」


“つまらない”とか“期待はずれ”とか“折角面白い話が聞けると思ったのに”

とかの愚痴を聞き流しながら、私は厨房へ向かった。部屋で飲む紅茶用の砂糖を分けてもらおう。

 今日は疲れた……。


 ラウンジのマスターに断わって、調味料やスパイスの並んでいる棚を物色し、砂糖の入った瓶から少し分けてもらった。

 ついでに、そばにあった別の缶の中身も分けてもらった。



 ★ミ



 艦内時刻2100時。

 私は自分のマグカップと、もう一つ来客用のカップをもって、目的の部屋へ……といっても自室と通路を挟んで反対側だ。奴が強引にこの部屋割にした。


「リッカルド、いい?」


 鍵などかかっていない、艦隊司令執務室のドアをノックし、返事を待たずに入室した。


 相変わらず未決箱には書類がいっぱい。

 奴はその山と格闘していた。


「ああ、フラン、チェスカか、どうした?」


 二人だけだから、ファーストネームで呼んでも怒らないよ。


「どうせまた、こんな時間でも未決書類と格闘しているんだと思ってね」

「手伝ってくれるのか? すまないな」

「いいさ、いつものことだもん。ちょっとそこ借りるよ、休憩したら?」

「ああ、そうするか……」


 私は一言断ってから、来客をもてなす為に置かれている、ローボードにカップを置き、飲み物の準備をした。


「お待たせ」

「ああ、ありがとう……ん? これは?」

「カカオパウダーを、お湯に溶かしたものさ。ココアまたは“ホットチョコレート”とも言う」

「フランチェスカ……」

「“甘い物”が欲しかったんでしょう? 嫌なら飲まなくてもいいけど」

「いや、ありがたくいただくとしよう」


 今日見た誰よりも一番の笑顔で言いやがって。


「うわ、なんだこれ! すごく苦い……」


 そりゃそうだ、さっき言った通り、カカオパウダーをお湯に溶かしただけだからな。

 元々はこうして、薬の代わりに飲んでいたと、何かの本で読んだことがある。

 ミルクと砂糖をたっぷりと入れないと、ホットチョコレートはちっとも甘くないのだ。


「糖分の摂りすぎは体によくないんですよ。ただでさえ運動サボっているんだから」

「ああ、精進することにしよう。来年はちゃんと甘いのを用意してくれるんだろうな?」

「さあ? 覚えていたらね」



 来年もまだ“口約束の婚約者のまま”だったならね。



バレンタインデー? 何それ、美味しいの??




※カカオパウダーとカカオバターを逆に覚えていたので修正しました(^_^;)

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