(23)初の艦隊戦(2)
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第106遊撃艦隊旗艦、アンドレア・ドリア。
それまで平静を保っていた艦橋は、にわかに慌ただしくなった。
「重力波異常検知! 敵艦隊の空間転移と思われます!!」
「やっと来たか! 全艦転移航法準備! 座標、270-40-0! フロム ブルズアイ!」
「司令! 軍艦は航行禁止宙域ですぞ!」
「復唱しろ、参謀!」
「しかし!」
「指定座標はギリギリ、禁止宙域の外だ。示威行動をする!」
「司令! 反応はそれほど大きくありませんよ!? 高速巡洋艦だけを差し向けては?」
索敵士官が慌てて諫言する。
「偽装艦が心配だ。全艦をもって追い払う!」
★ミ
民間調査船に偽装していた、タイロン籍と思われる不明艦からのECMへの対抗手段に苦戦していると、新たに重力波異常を示す警報が鳴った。
「空間転移の兆候? 規模が中途半端ね。フェルナンド、解析できる?」
私は、パッシブセンサをアクティブセンサに変えた。
『いま、やってまさぁ。ちょいお待ちを……出ました! 艦数25……戦艦クラス7、巡洋艦クラス8、駆逐艦クラス10?……いや、これ戦艦じゃなくて輸送艦っすね」
『どうやら、単なる偵察ではなさそうね』
「前哨基地でも作る気っすかね?」
いずれにしても、何らかの手を打たなくてはならないが……。
などと考えていたら再び重力波異常が! 今度は規模が違った。
「フェルナンド!」
『ちょっとお待ちくだせぇ...慌ただしいな』
と思ったら、それまで敵のECMの影響で沈黙していたデータリンクが、突然つながった。
「え? 空間転移情報!? アンディが!? リッカルドの奴、何考えてんだ!」
重力震に巻き込まれかねないほど、近くに転移してきやがった。
『データリンクによれば、ギリギリ航行禁止宙域の縁ですね』
「だからって、艦隊毎転移してきて良いわけないでしょう!」
『まぁ、そりゃそうですが、タイロンの連中は大した艦隊編成じゃないので、示威行動のつもりかも知れやせんぜ?』
我々の艦隊は、タイロン艦隊の左舷側方、20光秒の位置に転移してきたようだ。
同時に通信が入った。
『こちらはユニオン連合所属、第106遊撃艦隊である。貴艦隊は条約に基づいて禁止されている宙域に近づき過ぎている。所属と航行の意図を知らせよ。繰り返す……』
お決まりの警告メッセージと共に、我々の言語と共通言語、タイロン標準語の3言語で繰り返した。
禁止宙域に近づきすぎているのはこちらもだけど。
結局、圧倒的な戦力差で示威行動をしたおかげか、タイロンの艦隊はいずこへと去って行った。
一度も砲火を交えなかったが、被害が出なくてよかったと思った。
★ミ
翌日、戦闘詳報をまとめるための、会議が開かれた。
「……以上が経緯についてです」
私は偽装警備艇で出撃してから、帰還するまでの状況を述べた。
「音声による警告後、直ちに警告射撃に至らなかった理由は何かね?」
「はい、対象はあくまで民間船籍であったことと、ECMを受けるまでは敵性行動もなかったためです」
「よろしい。ジナステラ少佐の判断に問題は無いと評価する。ではECMを受けた後についての行動だが……」
参謀からいくつかの質問を受けた。ROEに則した行動をとっていたかを確認しているだけなのだが、緊張はする。ここで変な受け答えをすると、問題行動があったと断じられかねないからだ。
「では、次はガルバルディ准将の艦隊行動についてだが……」
リッカルドに対しての質問に対する答えも、特に問題となるような点は無いとされた。ただ、敵の勢力に対して艦隊全艦を移動させたことについては、やや過剰ではないかとの疑義が出た。
標準的な対処としては、高速巡洋艦数隻による牽制が適当とされているので、妥当な指摘ではある。
「……偽装した艦載機を接触に使用していたことが露見する可能性があり、また通信妨害を受けていた。この状況下で不明艦からの攻撃を受ける可能性を排除するためにも、戦力の逐次投入は不適と判断したためである」
うん、私たちの事が心配だったという事ね。それはありがたいと思うべきだろうか?
そんなことを思いつつ、壁のディスプレイに映し出された艦隊行動図を見ていた。初めは転移してきた艦隊が、私たちの専用機を背にする形で展開。その後紡錘陣形を取りながら、敵に向かって突撃をしようとしている。しかも敵の総量をはるかに上回る出力のECM付きで。あれは如何に軍艦と言えど、あの距離ではしっかりとしたシールド展開していないと、中身が焼けちゃうんじゃないのかな?
あれ? ECMはオマケだとしてもこの艦隊行動って……。
会議の終了後、私はリッカルドに駆け寄っていった。
「ねぇ、リッカルド。あの艦隊行動って……」
「あれか? 演習やっといてよかったな」
そうだ、あの艦隊行動は、奇数回の演習だと言うのに、リッカルドが引っ掻き回して、ぐだぐだになってしまった時の……。
「まさか、“こんなこともあろうかと”なんて、言わないよね?」
「ふん。合理性や効率性だけの交戦規定なんて、くだらんと思わんか? “やるなら本気で”だ」
相変わらずの無茶振りにため息が出る。
「はぁ……まぁ、リッカルドらしいけど。あのまま敵を全滅させなくてよかったと思うよ」
「航行禁止宙域ギリギリだからな。軍法会議に掛けられるのはごめんだ」
「そうだね。でもタイロンの奴らは何をしようとしていたんだろう?」
「既成事実を重ねて、ケラマ・テルマ星系を侵略しようとしていたんだろう。連中の何時ものやり口だ」
「穴だらけとは言え、沿岸警備艇だって巡回しているのに?」
「そんな程度でビビる連中じゃないってことだな。ま、今回はオヤジからも言われていてな」
「“オヤジ”って、軍管区司令長官のガルバルディ大将のこと!?」
リッカルドの父親は第106遊撃艦隊が根拠地とする、トリポリ星系を中心とした第5軍管区の司令長官だ。駐留艦隊だけでも25艦隊を数える大所帯だ。
「ああ、近年中小の中立星系から悲鳴が上がっていてな。今回の様に強力な武装を持った沿岸警備艇を頻繁に出没させて相手の出方を見て、与し易い相手だと思ったら、領宙域に隣接、或いは直接領宙域に前哨基地を作ってしまうそうだ」
「げ、それって星間条約違反じゃないの?」
「領宙域に直接は、完全アウトだが、そこはその星系との力関係だな」
「タイロンに対抗できる星系国家なんて、UC連合だけでしょ。やりたい放題ってこと?」
「まぁそう言う事になる。前哨基地が出来たら、あとは判るだろ? 軍事力をちらつかせながら、内通者や工作員を送り込み、政治的支配を深めていく、対抗勢力が弱体化すれば、暴力革命でも誘発させて、新たな共産主義国家の誕生と言う寸法だ」
「……それって、どうなの?」
やり方としては、非常に汚いと思う。
「数こそ力の源だからな。版図を広げる工作活動の一環なのだろう」
「…………」
「まぁ程度の差こそあれ、UC連合だって似たようなことはしている」
「それは……。でも星間条約ぐらいは守っているだろう? タイロンの連中とは違う!」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。が、我々はあくまで自由陣営側だ。それに恥じるような行いだけは、したくないものだな」
「それは、もちろん……」
「そんなわけでな。今回は少し強引な手段をとった。これで連中も暫くは大人しく……はならんだろうが、メッセージぐらいにはなるだろう」
「そうだと、いいけど……」
第106遊撃艦隊初の実戦は、砲火を交えることは無かったものの、死者も負傷者も無く、敵の意図を挫いた点では、成功と評価できるものだった。




