(9)ただ今入浴中
フランチェスカはふらふらと駐機エリアから立ち上がり、何とかパイロット控室まではたどり着いたが、全身の筋肉痛と疲労で、フライトスーツのままブリーフィングルームのソファに倒れこんだ。
同僚や教官たちが、ニヤニヤとしながらその様子を冷やかしていた。
「まぁ、中で吐かなかっただけ、マシじゃね?」
「宇宙じゃダブルエースのプリマも、惑星の上じゃ、お子様と一緒か」
「ははは!」
「ば、バカにしないでよ! こんな、粘々と重っ苦しい大気と、忌々しい重力の、底じゃなきゃ、隊長にだって、負けないん、だから」
セリフこそ勇ましかったが、力の抜けかかった声で、ソファから身動き一つできないまま、フランチェスカは虚勢を張った。
そこに汗を拭きながら隊長が入ってきた。
「威勢だけはいいんだな、小娘。明日もしごいてやるからな」
「へんだ! 自分のスティックでも、シゴいてやがれ!」
息巻いたフランチェスカだったが、意外な声が叱り付けた。
「フランちゃん。女の子なんだから、下品な悪態つくのは止めなさい!」
「げ? シルヴィアさん? どうしてここに?」
意外な人物の声に焦ったフランチェスカに、隊長が言った。
「俺が呼んだ。“プリマ”、お前のその体たらくじゃ、着替えすら満足にできないだろう? 今日はもう良いから、シルヴィにつれて帰ってもらって、ウチの風呂にでも入れてもらえ。医療ポッドは使用禁止!」
「そんなぁ……それに、こ、子供じゃあるまいし! 一人で、あたたた……」
ソファから立ち上がろうとしたフランチェスカだったが、筋肉痛が容赦なく全身にムチを打った。
「そうだ“プリマ”、何なら手伝ってやろうか? 俺たちが優しく服を脱がせて、体もきれいに洗ってやるぜ、へへへ」
「バトラー中尉、乙女になんて事言ってるんです?」
「じょ、冗談ですよ、姐さん」
“バスク”バトラー中尉は、猛禽類が一瞬にして小鳩になってしまったかの様に萎縮した。
「さ、帰りましょ、フラン。あら? どうしたの?」
「へ? あ、なんでもないです……」
件の彼を睨みつけたシルヴィアは、いつもの温厚な笑顔と変わらないはずなのに、猛獣達でさえ睨み殺しそうな怒気をはらんでいた。その恐ろしさに、自分も震え上がったとは言えなかった。
しかし一転して穏やかな表情のシルヴィアに手を差し伸べられると、そのあまりの違いに戸惑った。だが手を借りなければソファから起き上がることもできなかったフランチェスカは、素直にシルヴィアに従うしかなかった。
「レオン、夕飯は?」
「家で食うが、遅くなる。先に済ませておいてくれ」
「今日は“テマキズシ”にしようと思ったんだけど?」
シルヴィアの声のトーンが単調になる。
生ものがメインディッシュなら、用意が出来たときに食べないと味が落ちる。
「……ああ、判った。時間には戻るよ。食ったらまた事務所に戻る」
「お仕事、大変ね。頭が下がるわ」
シルヴィアは夫の頬に軽くキスをすると、隊員たちへ軽く会釈をした。
単に夕食をどうするのかと言う夫婦の会話だったが、事の成り行きを隊員達は緊張しつつ見守っていた。
なるほど、あの“猛獣”を飼いならすには、あれぐらいの芸当は必要なのかもなどと、変な納得をするフランチェスカだった。
★ミ
パイロットスーツのまま、シルヴィアに抱えられた格好のフランチェスカは、そのまま引きずられるようにして、ステイ先である隊長の官舎に戻った。
「フランちゃん、大丈夫?」
「いたたた、何とか……。お手数かけてすみません」
「いいのよ、遠慮しないで。スーツ脱げる?」
半ば倒れ込む様にして、風呂場の脱衣所にしゃがみ込んだフランチェスカを心配したシルヴィアは、自分も脇にしゃがんでスーツを脱ぐのを手伝おうとした。
シルヴィアの手がファスナーにのびようとしたところで、フランチェスカは慌てて手を振りながら後ずさった。
「あ、だ、大丈夫です! じ、自分でできます!」
一瞬、怪訝そうな顔をしたシルヴィアだったが、直ぐにふっと微笑むと微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、脱いだ物はそのままそこに置いといていいから。後で洗濯機に入れておくわ」
「すみません」
「床で滑って転ばないようにね。バスタブには航宙艦用の疲労回復剤が入るようにセットしておいたから、ゆっくり浸かってね。30分も入っていれば、ほとんど疲れが取れる筈よ」
「ありがとうございます」
手をひらひらさせて、脱衣所から出ていくシルヴィアを見送ってから、フランチェスカはスーツを脱いだ。全身の筋肉痛で四苦八苦しながらパイロットスーツとアンダーウェアを脱いで、何とかバスタブに体を横たえるのに10分以上かかった。「あー、生き返る。まともにお風呂に入れるのも、地上基地ならでわよねー」
考えてみれば、湯船に浸かってくつろげるなど、何年振りだろう?
いや、そもそも前回はいつだったかなと記憶を探ってみたが、さっぱり思い出せなかった。
「フランちゃん、湯加減はどう?」
「丁度いいです。疲れが吹っ飛びますぅ~」
扉の外の陰に、ふにゃっとなりながら答えると、その声の主が入ってきた。
髪をアップに結い上げ、バスタオルを体に巻いているとはいえ、あふれんばかりの肢体をその下に想像させる艶姿に、フランチェスカは慌てた。
「なっ、し、シルヴィアさん! なんで入ってきてるんですか!!」
「女同士、裸のお付き合いってやつよ。親睦を深める絶好の機会だと思わない?」
「い、いや、でもッ! その、ワ、ワタシハ……」
「あら? どうしたの、真っ赤な顔して。もうのぼせちゃったの?」
「あ、いや、これは、その……」
シルヴィアに背を向けるようにして体の向きを変えたフランチェスカは、背後が気になって仕方がなかった。
「まだ体は痛い? 背中流してあげるわ。バスタブから上がって頂戴」
「い、いいえ大丈夫です。自分でできます」
「遠慮しないで。まだ体が痛むのなら、バスタブの中でマッサージしてあげるわよ?」
確かに2人、余裕で入れそうな大きなバスタブではあったが、それよりも初めて見る他人の、女性の裸を間近で見ることに、フランチェスカは緊張と恥ずかしさでいっぱいになっていた。
「と、とんでもないです!! あ、あのですね、わ、ワタシはまだ、その、女に、じょ、女性になってまだ……」
「んふふ❤、知っているわ。レオンから聞いたの。ラヴァーズになって、まだ2ヶ月ぐらいなんでしょう? 養成所とか出ていなくて、ビデオと睡眠学習ぐらいしか、していないんですってね」
「そ、そうなんです! だ、だから。他の女性とは……」
「じゃぁ、なおさらだわ。お姉さんが教えてア・ゲ・ル❤」
「お、教えてって、な、何を……ひゃっ!」
シルヴィアは、後ろから抱きつくようにしてフランチェスカの肩に手を回した。
同時に裸の背中に、タオル越してはない、シルビアの豊満な肉体が押し付けられた。
「ひゃっ! シ、シルヴィアさん!!」
「暴れないで、フラン。まだ体が痛むんでしょう? マッサージしてあげるわ」
「やん❤! そ、そこは! ダメ、ダメですぅ!!」
激しい水音と、フランチェスカの嬌声は、バスルームの外にまで漏れていたが、家長が不在であったことだけが、フランチェスカにとってのせめてもの慰めであった。
次の更新は水曜日の予定です。




