(8)そして空へ
時々、軍事専門用語が出てきますが、なるべく注釈はつけます。
管制英語はリズムが悪くなるのでそのままです。演出の一種だと思ってください(^_^;)。
訓練開始から13日目、朝のブリーフィングルーム。
「さて、今日も地上訓練と思ったが、“プリマ”には、いくら訓練しても大して成果はないだろう」
体はミドルティーンだとはいえ、ここ数日のフランチェスカの体たらくは誰の目にも明らかだった。
隊長がジト目でそう告げるとフランチェスカは憤慨した。
「酷い! 海兵隊のレベルを期待されても、この体じゃどうにもなりませんよ!」
「ま、それもそうだ。どうせお前は航宙艦乗りなのだろう? 地上戦や白兵戦の機会がそうそうあるとも思えん。移乗攻撃を受けたら艦橋の隅にでも、かくまってもらえ」
「ワタシはダイバーパイロット(近接戦闘艇操縦者)です!」
右手を突き上げてフランチェスカが抗議すると、隊長はすまし顔で言った。
「そういうと思ったので、今日からはストラグルダイバー(大気圏降下型近接戦闘機動艇)の訓練を始める!」
隊長の一言が、陸上訓練に辟易していたフランチェスカを元気付けた。
「やったぁ! それなら得意だわ」
「士官学校では、優秀な成績だったそうじゃないか。プリマ」
「えっへん! 実戦だって悪く無いわよ。あと2機でトリプルエースなんだから」
「ただし、宇宙空間での話しだろ?」
「どういう意味です? 隊長」
「ここは地上基地だ。宇宙空間じゃない。訓練は大気圏内限定だ」
「つまり……」
「お前が乗るのはあれだ」
隊長が指差すほうを見ると、格納庫の隅に年代物の小型有翼艇が駐機してあった。
"ライトウィング(訓練型)"と呼ばれる、赤と黄色のストライプが目立つ複座の機体で、フランチェスカが卒業した士官学校のゲートガード(飾り)と、同型の機体だった。
「あれ、飛べるんですか?」
「基地祭の時に使う、子供用の体験搭乗機だ。お前さんがコックピットに埋まらないように、前席はシートも高く、フットペダルも伸長してある」
「くっ、子ども扱いかよ……」
「お前のその体じゃ、俺たちが乗るようなサイズのコックピットじゃ無理だろう? お前が操縦できる機体はあれしかない」
「くそっ! こんな体じゃなきゃ……」
「そんなことより、お前にはもっと大変なことがある」
「何ですか?」
「まぁ百聞は一見に如かずだ。着替えて来い。午前中は地上で講義とシミュレーション。午後からフライトだ」
「了解!」
フランチェスカは敬礼すると、フライトスーツに着替えるためにロッカールームへと急いだ。
★ミ
午前中の地上シミュレーションが終わり、昼食も済ませたフランチェスカは、いそいそと格納庫へ行くと、整備員達がフライトに備えて機体のチェックをしているところだった。
約十分後、隊長も格納庫に現れ、整備員達のチェックも終わると、前席(子供仕様)にはフランチェスカ、後席にはローゼンバウアー隊長が搭乗し、プリフライトチェックを行った。
「まさか隊長直々に、指導を受けるとは思いませんでした」
チェックリストを確認しながら、フランチェスカは言った。
『俺だってたまには飛びたいんでな。技量維持の為もあるが』
「実戦部隊にいた時は?」
『スコアは25だ。今の部隊に配属されてから10年経つせいで、ずっと伸びていない』
「え? ということはもしかして……」
『ほれ、そんなことよりも、飛行前点検、終わったのか?』
「はい、今やっています。やっぱり結構忘れちゃっているなぁ……」
士官学校時代に同型機に何度か搭乗したが、部隊配備後は一度も乗っていなかった。
(なんか妙な感触だなぁ……。センタースティックの機体も、久しぶりすぎる)
ラダーやエルロン、フラップなど動翼のチェックをしながら、フランチェスカは思った。体が小さくなったせいか、操縦桿もフットペダルも感触が今一つ違っていた。
目視での再確認を終えたフランチェスカに、隊長が注意した。
『いいか、この機体は旧式の体験搭乗機とはいえ、エンジン関係やフライトコンピュータはチューンアップしてある。機体の見た目に騙されないように気をつけろ』
「了解。全然知らない機体と言うわけではないです。コンソールは共通型みたいですけど……」
『後席チェックは完了している。そっちはどうだ? いつでもいいぞ』
「こちらもOKです。 Ground-Control. BEAST-FLIGHT Request TAXI to RWY」
フランチェスカも念のため、操縦系統の再チェックを終え、無線経由で地上管制へ、離陸のため誘導路へタキシング許可を申請した。
誘導路をゆっくりと進む途中、フランチェスカは言った。
「地上って面倒ですね。宇宙ならカタパルト射出で、すぐに戦闘機動に入れるのに」
訓練空域まで、巡航速度で30分と聞かされたフランチェスカがそうぼやくと、レシーバーを通じて後席の隊長から応答があった。
『離陸前に、もう一度注意しておく。この機体のゲインは6.2だ。旋回半径に注意しろ』
「6.2? さっき、整備班長が2.8って、言ってたんじゃないんですか?」
『 6.2 だ ! 』
レシーバー越しの隊長の大声にフランチェスカが首をすくめると、管制塔からの通信が割り込んだ。
『BEAST, Taxi into position,and cleared for take off』
『ほれ、離陸許可だ、ポジションについたら、フルブレーキのまま、アフターバーナーを2回吹かせ!」
「面倒ねぇ」
『ここは宇宙空間じゃない。離陸上昇中にエンジンが止まったら即墜落だ。エンジンの最終チェックだ!』
「了解!」
フランチェスカはそろそろと機体を滑走路中心に滑らせて離陸位置に止めると、ラダーペダル兼用のフットブレーキを目いっぱい踏んづけたまま、スラストレバーを最大まで押し込んだ。
エンジンの轟音がコックピットを満たし、機体が身震いするように振動する。
少しでもフットペダルを踏んでいる足の力を緩めたら、飛び出して行きそうな勢いだった。
一呼吸おいてスラストレバーをアイドル位置まで戻し、再び目いっぱいまで押し込んだ。
『BEAST, Take-off!!』
エンジンの咆哮を上回る号令が飛んだ。レシーバーの奥から耳を劈くような隊長の声に一瞬ひるんだフランチェスカだったが、操縦悍を握りなおすと、ペダルを放した。とたんに機体は暴れる獣のように機体を揺さぶりながら、大加速を始めた。
フランチェスカは猛烈な加速Gのため、シートへ叩きつけられるように抑えつけられ、身動き一つできなかった。
眩暈が納まってようやく周囲に注意が向けられるようになったのは、雲をはるかに越えた高空で、水平飛行に移ってからだった。途中、隊長の『このバカ娘!』という怒号が聞こえたような気がした。
「けほっ,けほっ!」
『ったく! 離陸もまともにできんのか?』
「っはぁ……、だ、だって……」
『フルバーナーのままブレーキリリースする奴があるか! ギア(着陸脚)が折れるかと思ったぞ。マニュアル読んでなかったのか?』
「だって、ゲイン6.2って、それにこんな、Gがかかるなんて……」
『地上で6.2ならこんなもんだ。それと言い忘れていたが、タキシング中にGキャンセラのヒューズは抜いた。お前、離陸前にコーションパネルチェックしなかったのか?』
「ゲイン6.2ってそういう事ですか!! そんなの……、けほっ!」
Gキャンセラのヒューズを抜くと、リミッターの設定が変わるため、機体のゲインもデフォルト状態になる。
『しっかりせんか! この程度で」
「だって、Gキャンセラ無しだなんて、げほっ!」
『重力圏内での戦闘機動に早く慣れるには、この方が手っ取り早いんだよ』
「だからって……」
しばらくは水平飛行を続け、コリドーを抜けて訓練空域に達すると、再び管制塔からの通信が入った。
『BEAST, This is ALPS. G-Range clear, Practice possible.』
『BEAST Roger. Thank you ALPS』
『Good-day』
『BEAST, too』
『ほれ、始めて良いそうだ。まずは好きに動かして見ろ』
フランチェスカは横転降下から始めようと、高機動モードに切り替え、スティック(操縦桿)を目いっぱい左に倒した。同時にフランチェスカの体格に合わせて伸張されたために、ふわふわとした妙な感触のフットペダルを思い切り踏んづけた
だが、機体はフランチェスカの意図とは全く別の動きをして、スピン状態に陥り、あっという間に高度が下がって行った。
「gぅ、す、スティッく、ぐぁ……」
上下左右が判らなくなるほどの複雑なGがコックピットを襲い、耳をつんざく様な失速警報音がコックピットに鳴り響いた。フランチェスカは何とかリカバーしようと操縦桿を動かそうとするが、目まぐるしく変わっていく機体姿勢の為に思うように操作が出来ず、HOTAS(操縦桿やスロットルレバーの操作ボタン)のトリムを動かし、スラスターで機体を立て直そうとした。しかしそれは却って機体のスピンを増すだけで、高度が急激に落ちて行った。後席の隊長が慌ててリカバリーした。
『バカ! 墜落する気か?! いちいちスラスターなんか吹かさなくて良いんだよ。大気に乗るんだ!』
「大気に乗るって?」
『ここは無重力下の宇宙空間じゃない! 翼が切り裂く空気の厚みと流れを読みながら操縦するんだ!』
「で、でもどうやって?」
『体で覚えるんだよ!』
言うなり隊長は前席と連動しているフットペダルを蹴っ飛ばした。
とたんに機体は機首を大きく横方向に振り、フランチェスカにも横滑りの大きなGが掛かった。
「ぐっ、みゅう~!」
コックピットの右側にきつく押し付けられるようなGがかかったかと思うと、握っていたスティックが強く左に引かれ、今度は頭からシートに押し付けられるような感覚に変わった。
『いいか? 旋回するときは旋回計を良く見ろ! ボールをセンターからずれないように、エルロンを切って旋回するんだ。さらに早く回りたいときは、その状態でぐっとスティックを引く!』
言うなり、スティックが腹に打ち付けられるように引っ張られ、さらに強くシートに押し付けられた。
そしてだんだんと目の前が暗くなり、視野が狭くなっていった。
脳が危険状態であることを、フランチェスカの意識に伝えたが、どうすることもできなかった。
意識が遠のきそうになるまさにその時、ふっとGが緩んで、視界が回復した。
『いいか? Gキャンセラが無い状態では、ちょっとスティックを引いただけで、すぐにブラックアウトする。Gリミッターを過信するなよ。ヤバいとおもったらすぐにスティックを緩めるんだ!』
その後も…………
『おい! 成層圏を離脱するつもりか! ゾンデ(気象観測気球)じゃねえぞ!』
『モタモタ旋回するな! ピシッと行けピシッと!!』
『力任せにスティック引くんじゃない! 失速警報何回鳴らせば気が済むんだ!』
『いつまでバーナー吹かしてんだ! 燃料がもったいないだろ!』
『だからスラスターを使うな!』
などと、隊長の怒号が飛びまくり、逆にフランチェスカは慣れない機体と、体に重くのしかかる重力に翻弄され続け、全く思ったとおりの操縦ができなかった。
初めての重力大気圏内機動での戦闘機動に、フランチェスカはふらふらになり、コックピットから降りたとたんに、その場で胃の中の物を全部吐き出してしまっていた。
また明日投稿します。




