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星の海で  作者: ありす
魔女の征く空
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(0)序章

以前、某TSFサイトに投稿していたシリーズものと設定は同じですが、別のお話と思っていただけると幸いです。


 砂粒のような、小さな光が散りばめられた、星の海。

 極低温と静寂に支配される、過酷な空間。


 その静寂を切り裂くように走る、いくつもの閃光が闇を切り裂いて行った。

 まばゆい光と共に分裂し、砕けていく小惑星。

 そのかけらは、空間を埋め尽くさんばかりに、広がってゆく。


「小惑星のカケラ、計算通りの範囲に広がっていきます!」

「敵艦からの砲撃、ありません!」


 センサによって観測していた士官達が、艦橋に響き渡るほどの大声で報告した。

 状況を固唾をのんで見つめていた、リッカルド・ガルバルディ艦隊司令代理は

隣の副司令官席の方に笑みを漏らした。

 波打つ金髪に、翡翠色の瞳、陶器のようななめらかな白い頬、ようやく指令コンソールから顔を出せる程度の、小さな体躯を持つあどけない少女。ミドルティーンの少女にしか見えない彼女は、戦闘中の戦艦の艦橋には場違いに見えた。

 だが、その智謀は脆弱な敗走艦隊の危機を何度も救ってきた。


 彼女も司令代理に笑みを返すと、椅子から立ち上がって叫んだ。


「今よ! 超空間転送シーケンス、スタート! 艦隊全艦、旗艦に同調。迷子にならないでね!」

「アイアイ! マァム!」


 窓の外の景色が歪むように見えたかと思うと、極彩色の奔流が流れ始めた。


 だがそれもほんの数分のことであって、軽いめまいを感じるとともに、星の海へと戻った。


「超空間転送完了! 通常空間に復帰しました」

「機関正常!」

「周辺宙域に敵性勢力の反応なし!」

「後続艦の超空間転送完了、順調です。第2種戦闘隊形完了まで約2分」

「艦内、その他各部署異常なし!」


 各部署から異常なしの報告が次々と上げられる。

 それを聞いたリッカルド・ガルバルディ艦隊司令代理は、艦橋の一番奥まったところにある、一段高くなった司令官席から指示を出した。


「艦隊、足並みが揃ったら惑星間航行速度にまで上げ。最終目的地、トリポリⅢの軌道上、第323錨泊ポイントへ。ここまで皆、よく頑張ってくれた。あともう一息だ。敗戦だったとはいえ、堂々と帰還しようではないか!」


「「「「「イエス、サー!」」」」


 艦橋要員の全員がそう答える中、ひと際高く、幼さを残した声が混じっていた。



 第4次ジュトランド戦役――それはフランツ・ジナステラ中尉にとっては、生涯忘れることのできない、苦しい戦いであるとともに、彼のその後の人生に大きな変化をもたらした戦いであった。


 戦局は当初、互角に推移してはいたものの、長時間に渡る激しい艦隊戦が突然の空間潮流を生み、フランツ少尉の所属する艦隊は甚大な被害をこうむった。

そこに総数で倍する敵の艦隊が殺到し、旗艦を含む多数の艦艇を失い潰走状態となってしまった。


 ジナステラ少尉も戦闘艇で出撃中に母艦を失い、負傷しつつも準旗艦アマルフィに生還した。

 そこには、かつての士官学校の先輩である、リッカルド・ガルバルディ大佐がいた。大佐は旗艦ごと失われた艦隊司令部の代わりに、残存艦隊の指揮を執っていた。


 もちろん準旗艦アマルフィにも、司令代理となりうる将校はいたが、戦闘中に脳溢血となり、昏睡状態となってしまった。そのため参謀役であったガルバルディ大佐に、残存艦隊の指揮を執る役が回ってきたのであった。


 退却以外に採る道の無い、敗残の弱小艦隊とはいえ、慣れない艦隊司令業務をこなすには、手が足りなかった。

 そこで気心の知れた後輩と言うこともあり、ジナステラ少尉はガルバルディ大佐の命で戦闘副官として、艦橋で大佐の指揮補佐をすることとなった。


 苦しい撤退戦ではあったが、かろうじて十数隻の残存艦艇を率いて、戦場を離脱する事には成功した。だが、退路を塞がれていた残存艦隊は、撤退方向を敵の支配宙域へと採らざるを得なかった。


 その結果、敵哨戒艦隊との、度重なる遭遇戦を行う破目になった。

 物資補給も無く、傷ついた艦隊は士気も最低で、いつ崩壊してもおかしく無い危機的状態にあった。


 ジナステラ少尉は負傷を抱えながらもガルバルディ大佐を補佐し、何時終わるとも知れない潜伏作戦を遂行し、敵との遭遇を最小限に抑えていた。


 敵艦隊に遭遇したら逃げるしか無い、弱小の敗残艦隊にとっては、士気の維持だけが生き残る鍵であった。

 だが、ただでさえ物資が乏しく、修理も思うように進まない状況で、乗員の精神的・肉体的疲労は極限に達していた。


 このままでは、士気を維持しながら長期潜伏活動を行うには、無理があった。


 そこで残存艦隊の幕僚が集まり、打開策を検討したが、これといった案は思い浮かばず、苦し紛れに下士官の漏らした言葉が、そのまま採択されることになった。

 その案とは、準旗艦アマルフィの医療ポッドのプログラムを変更して性転換槽として使い、数名のラヴァーズを選出してはどうかと言うものだった。


 人間の3大根源欲である、食欲、睡眠欲、性欲のうち、食欲は現状改善の余地がなく、睡眠欲は今のところ不眠症の兵士を除けば問題ない。残るは性欲ではないかと言うのが彼の主張だった。


 実際、戦闘で大きな被害を出し、人的被害も甚大であった残存艦隊には、ただ一人のラヴァーズもいなかった。



 ラヴァーズとは、男性を性転換した女性体のことで、長期航海を余儀なくされる宇宙艦隊において、軍属として主に兵士士官たちの心理的・精神的支えを担っていた。

 純粋な女性を乗せないのは、長期の戦闘航海と度重なる跳躍航法が、女性の受胎・妊娠機能に大きく影響するためだった。


 かつてラヴァーズの多くは、重犯罪の量刑のひとつとして、ラヴァーズ刑を選択した者であり、再犯を起こさないために記憶の一部、またはそのほとんどを書き換え、初期教育を受けた後、各艦隊や前線基地に配属されていた。


 しかし近年では、不足しがちなラヴァーズの定数を充足するため、犯罪歴の無い者がラヴァーズになる例が増えている。

 性選択の自由の行使、あるいは貧しい星の困窮から逃れるため、といった様々な理由があったが、本当のところは本人のみが知ることだろう。


 全体の割合としては、元犯罪者よりも一般公募者の割合の方が多い傾向にあり、ラヴァーズだからと言って、元犯罪者(例外なく記憶改竄処置がされるため、本人にその自覚はない)とは限らない場合が多いのが、現状であった。


 一般社会的には、まだまだ偏見の多いラヴァーズではあったが、戦場においては兵士・士官にとってはそんな違いは意味もなく、単に軍属の女性という見方が普通であった。


 


 結局のところ、他によい代案もないままに、提案した下士官の熱心な説得が功を奏したのか、この奇妙な提案が実行されることになった。

 自ら名乗り出るものがいるとは思えない人選については、くじ引きで決めることになった。


 潜伏作戦計画の立案と、その指揮補佐に責任を感じていたジナステラ少尉は、そのくじに参加した。

 そして密かに自らが選出されるように、細工を施したくじを用意した。

 彼自身、身体の一部欠損を補うための、再生医療用ポッドに入る必要性があった。戦闘負傷後、かなりの時間が経過しているにもかかわらず、医療ポッドに入らなかったのは、戦況がそれを許さなかったためだったので、どうせポッドに入るのならば、ついでに処置すればいいという、もっともな理由もあった。


 司令部要員の一時的空白を避けたい、周囲の反対にもかかわらず、ジナステラ少尉は結果の正当性を主張した。そして結局のところそれは実施された。


 再生治療+性転換処置に要するはずの時間を短縮して、処置を終えた彼女の容姿は、ようやく成人男性の胸のあたりに届く身長に、生来の少し癖の残る金髪。そして翡翠のような緑色の大きな瞳。低めの鼻筋に丸みを帯びた頬と言う容姿であり、、エレメンタリースクールの女学生の様だった。


 女性となったフランツ・ジナステラ少尉は、フランチェスカ・ジナステラと名前を変え、戦闘負傷により中尉へと昇進した。そして艦隊の士気の回復を、作り変えられたその小さく華奢な体に引き受けた。

 表向きには、くじの結果という不運がゆえの役を引き受けることになったため、当然記憶の改ざんは行われず、睡眠学習と若干の精神操作だけで、ラヴァーズとしてその役を務め始めた。


 彼女がくじの結果そうなったということは、艦隊の誰もが知っていたため、彼女自身の身に危険を及ぼしたり、まして不快な思いをさせようとするものは一人もいなかった。少なくとも彼女を単なる慰安婦の様に見る者は、誰一人として存在しなかった。


 フランチェスカ中尉は、ラヴァーズとなっても、戦闘副官の任務は続けていたため、しばしば艦隊司令代行である、ガルバルディ大佐と共に艦橋に立ち、時には指揮を代行していた。

 これは大佐が生来の横着者であり、また彼女自身の指揮能力に信頼をおいていたためでもあったが、このことは艦隊の士気向上に予想以上の効果があった。

 フランチェスカ中尉は、誰もが挫けそうになる過酷な状況下であっても、常に艦橋にあって兵士・士官達を叱咤激励し、また彼女自身も苦しい表情を見せながらも、決して諦めずに戦い続ける姿に、誰もが畏敬の念を抱いた。

 だがそれ以上に、小柄で可憐な容姿を持つ、彼女の懸命な指揮振りは、男性達の庇護欲を煽った。


 さらに、極めて低い確率とはいえ、くじに当たれば、その彼女とまるで恋人同士の様な時間を過ごすこともできるとあっては、男性達の目的意識に大きく影響を与えないわけが無かった。


 やがて彼女を無事帰還させることが、残存艦隊の使命であるかの様に、兵士・士官の誰もが考える様になっていた。


 “やらないよりはマシ”と言う程度の妙案ではあったが、結果として彼女が残存艦隊の心の支えとなったことは間違いはなく、士気は向上していった。


 その甲斐あってか、艦隊はかろうじて敵の支配宙域を脱し、いくつかの小規模な遭遇戦を経て、味方の戦略拠点のひとつである、惑星トリポリへの生還を果たしたのだった。


フランチェスカの階級が混乱していたので修正しました。

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