【占い】
朝。
ねーちゃんはバタバタと、出勤の準備をしている。毎日毎日同じ動きを繰り返すだけのことなのに、どうして時間配分が上手にできないんだろう。
ねーちゃんよりもちょっとだけ、家をゆっくり出られる俺は。ネクタイを締めつつ、テレビの画面を眺める。
あ、今日の占い。
毎日そんなに気にしてないけど、流れてたらつい、見てしまう。そして探すのは、自分のよりなにより、ねーちゃんの星座だなあ。
「ねーちゃんの今日のラッキーメニューは、かつ丼だって」
準備に忙しくてテレビ見る余裕もないねーちゃんに、俺は声をかける。
だけど、即座に返されたのはお叱りの言葉。
「言わないでよ!」
「え、なんで」
俺はねーちゃんに叱られてびっくりである。
すると、ねーちゃんは、前髪を整えながら答えた。
「私、ものすごく信じちゃうから! 占い、だめ!」
だめなのか。
いや、でも。
「そんなに悪くはなかったのに」
ぼそりと付け足せば、ねーちゃんからまた、文句が返ってくる。
「そんなに、って何。その時点でもう気になるし。っていうか、すっごい良くてもイヤなの」
テーブルの上の飲みかけの、冷めたコーヒーをねーちゃんは一気にすする。
そして飲み終えると、カップをテーブルに戻して、通勤用のかばんを抱えた。
「良い占いを見ちゃったら、今日は何かいいことがあるに違いないって、期待してて一日過ごして、結局何もなかったら超がっかりするし。占いがすっごい悪くて、すべてのものに怯えながら一日過ごすのも嫌だし」
「まーなー」
確かに、それはあるけど。
なんか、ねーちゃんは占いとの付き合い方が下手なんだ。良いところだけ、都合のいいところだけ、自分の励ましになる部分とか、ちょっと気をつけなきゃって自覚のある、刺さる部分だけ心に留めておけばいいのに。
全身全霊で占いに溺れてしまうのは、それこそ、危険。
「だいたいラッキーメニューでかつ丼とか出ちゃったら、いますぐかつ丼食べなきゃ今日一日もうおしまいみたいな気になるし。かつ丼の呪いだよそんなの。教えてくれるならせめて、朝ご飯食べる前に言ってくれないかな? もう私おなかいっぱいなんだけど!」
「朝からかつ丼って、重くね? ランチにすれば?」
俺の提案に、ねーちゃんはやれやれ、とため息をつく。
「それでも午前中ずっと不安だよね。あ、もー、時間ヤバい、行ってくる。かつ丼のせいで遅刻したらほんと最悪」
ねーちゃんは靴を履き、玄関から叫ぶ。
「あとよろしくね!」
「おー、いってらー」
ねーちゃんが出てったら、一気に家が静かになった。テレビを消したら、さらに静か。
シンクの食器をざっと洗って。あとは、戸締りと消灯と。おっけ。
じゃー俺も、出発するかー。
玄関を出たところで、そうだと思いつく。
毎日悩んでしまう、夕食のメニュー。
いいな、かつ丼。夜はかつ丼にしよう。
*
夜。
夕食の準備が整ったテーブルの上を見るなり、ねーちゃんの眉間にしわ。
「え、かつ丼なの」
その口調に、俺も眉を寄せて返す。
「なんか文句、あるんだな?」
俺の問いに、ねーちゃんは、ちょっと視線をずらした。
「だって。朝かつ丼の話したら、お昼に食べたくなっちゃってさー」
なんだ結局食べたのかよ、ねーちゃん。やっぱ占いに左右されてんなー。
が、ふと、思うこと。
ねーちゃんはかつ丼を、どこで、誰と、食べたんだろうって。
「ねーちゃん、ひとりでかつ丼食いに行った?」
すぐに思いつくのはかつ丼のチェーン店だけど。そこにねーちゃんひとりで行って食べてるのはなんか、想像できない。
すると、ねーちゃんが、にたり、と頬を持ち上げる。
「それがね、なんか偶然? あの人もかつ丼の気分だったらしくて。一緒になったんだよねー」
「あー」
なるほどね。ねーちゃん、かつ丼がラッキーメニューなの、当たってんだな。よかったなー。
好きな人と一緒にランチとか。超ラッキーだよな。占いバンザイ。
そういえば、あいつ、たしか、ねーちゃんの誕生日はもう知ってたよな。ってことは、星座もだよな。
ってことは、もしかしたら、朝。あいつが同じ占いを見てたってことも、あり得なくなくもない……、これってあるのかないのか、どっちだ。
悩んでいたら、ねーちゃんの声。
「いただきまーす」
ハッと顔を上げたら、ねーちゃんは箸とスプーンを手に持って、にこにこと笑う。
「ま、あんたのかつ丼おいしいから。三食でもいいんだけどねー」
そしてそれからねーちゃんは、熱、旨、熱、を交互に繰り返し呟きながらも、しあわせそうに食べていた。
ねーちゃんがうまそうに食う顔見てると、かつ丼がラッキーメニューだったの、ねーちゃんじゃなくて俺のほうだったのかもなって思う。
俺は三食は、やだけどな。