【二度】
※時事ネタ
「なんであんたが熱出してんのよ」
ねーちゃんが不機嫌なのには訳がある。
俺が例のアレを接種して、副反応で熱が出たからだ。
「仕方ねーだろ、こればっかりは。人それぞれなんだし」
痛まない方の腕でペットボトルを持ち上げて、水分補給。元気なときに飲んだら、なんか味薄いーって思った液体が、今はやたらとうまいし、体にしみわたってる。助かる。
「おかわりいる? 持ってきとこうか?」
「いーよ、これだけあれば」
ねーちゃんは文句を言いつつも、あれこれ世話をしてくれる。俺の枕元には中身の入ったペットボトルやら、ゼリーやら。
「あー、なんであんたは熱出てんのに。私なーんにも、起きなかったんだろ」
「だから人それぞれなんだって」
ねーちゃんは自分が元気だったことに、ちょっと不満があるのだ。贅沢っていうか不謹慎な不満。
その理由を俺は知っている。
「あれだろ? 熱出ちゃいましたー、よしよししてくださいーって、あいつに言うつもりだったんだろ? そんでもって、えっ、大丈夫ですか、わかりました、よしよししますねーって甘やかされたら、きゃー、よけいに熱上がっちゃいますう、とかやりたかったんだろ?」
俺がぜんぶバラしたら、ねーちゃんは小さく舌打ちをした。
「そんな昭和のコントしたいわけないし!」
なんだ、やっぱり図星。だってねーちゃん、顔赤い。たぶん熱出てる俺より赤い。わかりやすい。
「べつにほんとに熱測られるわけじゃねーし、嘘でも言って、心配してもらえばよかったのに」
俺の言葉に、ねーちゃんは顔をぎゅうっとしかめる。
「嘘ついてまで心配かけるの、絶対イヤ」
それ見たら、ベッドに倒れた自分の体から、なんか、力が抜けてった。
そうだな。ねーちゃんは、そうだよな。
そんでもって、たぶん。ほんとに高熱出ても、大したことないですーって言っただろうな。心配かけたくないもんな。
好きな人には心配してもらいたいのに、同時に、心配してほしくない。心配してもらえるだけでうれしくて、本当の状態がどうであれ。大丈夫ですって言ってしまう。
しんどいって言って甘えたいのに、甘えたら、しんどさの巻き添えにしてしまいそうで、だから甘えられない。
矛盾した気持ちに、どうしていいのかわからなくなる。
熱が出ているせいか、頭の中はいつもより混濁。ぼんやりしてたら、ひやりとしたものが、額にのった。
「コレ。貼っといたほうがいーって」
ねーちゃんが俺の額に貼ってくれたのは、湿布みたいな、冷えるやつ。確かにひんやり、気持ちいい。
「熱、どんだけ出てんの?」
薄く目を開き、ねーちゃんの質問に答える。
「いつもより二度ぐらい」
「二度!」
そうだよ。二度だよ。カップラーメンは百度のお湯でも九十八度のお湯でも結局うまいけど。四十度の風呂も三十八度の風呂も、どっちもぬるめで好きだけど。二十四度も二十二度も、気温にしたらちょい肌寒いから長袖着たいけど。
でも、体温の二度って、超でかい。だから二度。しんどい。
「半分ぐらい、よこしてくれたらいいのに」
まだ言うか。
そんなに熱出したかったのか、小芝居したかったのか、あーもう。そこまでしてでも、あいつによしよししてもらいたいのかよ。
苛立った気持ちで、いるなら全部やるよ二度ぜんぶ、と口に出しかけてやめる。
ねーちゃんが熱出すの、やだな。
「やれねーし」
やれても、やらねーし。
もう俺は大丈夫、の意味を込めて、動く方の手でしっし、とねーちゃんに合図する。
ねーちゃんは、はーって、ため息ついて、俺のそばから離れて行った。
勝手にご飯食べるから、とか。あんたもなんか食べたくなったらちゃんと言って、とか。部屋を出て行きながらいろいろ言ってたけど。最後に確かに聞こえた呟き。
「一度でも下がったらけっこう楽かと思うんだけどなー」
あれ?
さっきねーちゃんが、俺に熱よこせって言ってたのって。
もしかしてあいつに心配してもらおーとか、そういう下心だけではなくて。
純粋に、俺のしんどいの、半分ぐらいならもらってやるよとか、そういう……?
俺は何度も、ねーちゃんの言葉を頭の中でリピートする。
二度でも三度でも十度でも。うれしい言葉がぐるぐる回る。
なんかねーちゃんといたら、やっぱり。
よけいに、熱、上がる。
……あ。
ナチュラルにねーちゃんの台本通りのことしてんなあ、俺。
ねーちゃんが心配してくれるのはすごくうれしいけど。心配かけるのやっぱやだから。
早く元気になるしこの先も、元気でいようと心に誓う。
俺はねーちゃんの貼ってくれた額の冷えるやつをよしよしとなでながら、不思議としあわせな気持ちで目を閉じた。