【夢の中】
キッチンから続くリビングの、ソファーの上がねーちゃんの定位置。網戸にしてる窓からは、そよそよと夕方の風が入ってくる。数日前には窓開けたって、入ってくるのは熱風で。一日中エアコンないと無理だねえって言ってたのに。
まだ明日の昼間は暑いだろうけど。今はちょっとだけ秋だ。
うたた寝してたねーちゃんが目を覚ます。
へそ見えてたから、おなかにかけてやってたタオルケット、ぐいって引っ張って、体に巻き付けてる。
なんか不機嫌な顔だな。まだ眠いのかな。もう飯、できっけど。
「あー、なんだあ、夢ぇ」
ねーちゃんの呟きに、ため息が混じる。えらく残念そうな声。目なんか覚めなければよかったと、しみじみ思う、そんな声色。
「なに。なんか楽しい夢?」
他人の夢の話ほど、つまらないものはないと言うけど。俺は好き。夢には本人も知らない、秘密がいっぱい詰まってるから。
まあ、ねーちゃんの場合。秘密すら開けっ広げ。
俺の質問に、えへへって、タオルケットの裾を抱きしめながら、ねーちゃんは笑顔になる。
「ん。メールきてた」
誰から? なんて聞かなくてもすぐにわかる。
ねーちゃんの頭の中は、寝ても覚めてもあいつのことばかり。
つーか。
「夢の中でまで、あいつのメッセージ読んでんのか。ねーちゃん」
どうせ夢なら本人と、直接会えばいいものを。わざわざメッセージのやり取りって、虚しくないか。
呆れた俺の意見に、ねーちゃんは眉間にしわを寄せる。
「だめだよ、そんな。登場されたらさ、私。夢から戻って来なくなるよ」
楽しい夢を見過ぎたら、現実に戻って来られなくなる。
それは、きっと、本人にとっても俺にとっても、悲しいこと。
「夢で。あいつ、なんて?」
ねーちゃんの眉間のしわを消すために、尋ねたら。ねーちゃんは案の定、満面の笑みを浮かべた。
「えー? それ聞くー? 聞いちゃうー?」
「言いたいんだろ、さっさと言え」
「今度会いましょうって、約束ー」
「あ、そ。よかったな」
夢の中で交わした約束を。守るのも夢の中?
だったら次の夢では、ねーちゃん、あいつに会えるのかな。
俺は小さく舌打ちする。夢の中でもねーちゃんが、あいつとにこにこしてんの考えるとむかつくな。
現実よりは、マシだけど。
「でも、会う前に目、覚めたし。夢って続き、見れるのかな。もっかい寝ようかな……」
「飯食ってからにすれば? 風呂も入れー」
そんでリセットかけて、全然別の夢を見ろ。
ねーちゃんは、そだねーって、ソファーから起き上がると伸びをする。畳もうと持ち上げたタオルケットの隙間から、スマホがごとんと床に落ちた。
「おお」
ねーちゃんは慌ててスマホを拾って角をよしよしとなでている。
「あれ?」
そして何かに気づいて声を上げた。
「どしたー?」
画面でも割れたかと思ったけど。どうもそうではないらしい。ねーちゃんはスマホをひとしきり操作して、ぶるぶると震えている。
「夢じゃなかったよ、約束してたよ私」
「は?」
「あー、そうだったそうだった。今度会う約束してね、うれしすぎて気絶してたね、どーも」
「はぁ?」
「いやあ、困ったなー、も、どっちが夢でどっちが現実かわかんなくなってきたね!」
つまりねーちゃんは。
現実で、あいつと会う約束をする、メッセージを受け取って。
うれしくてそれ、にやにや読んでる間にうたた寝して。
夢の中でもそれ、読んで。
起きて、今に至る……って、ことか。
「で、会うの?」
「会っちゃうね」
照れ笑いを浮かべるねーちゃん見てたら、ため息も舌打ちももう出ない。
夢は途中で分断するけど、現実はずーっと、続いてる。
現実のねーちゃんが幸せになるなら、何よりだ。
*
「てか、魚、焦げてる」
飯食いながら、ねーちゃんが文句をたれる。
確かに焦げた。焼き魚。
「ねーちゃんが寝てっからだろ」
「なに、私のせい?」
キッチンから見えるソファーでねーちゃんがへそ出して寝てっから。そんなことされたら魚も焦げる。仕方ねーだろ。
なんて、すべてを説明したらなんか、俺が何見てたかバレそうだから言わないでおく。
「夢の中だと味、しないよね。痛いのわからないのは有名だけど。あ、あと、夢の中で計算するのめっちゃ難しいよね」
「あー、確かに」
文句を言いつつも魚を食べて。ねーちゃんは夢の話をする。
「でも夢でごちそう出てくるとうれしいよね。食べなくても」
「だな」
いい夢見るとふんわりしあわせになるし。どこかつながってる。
ただ、怖いのは。
恋で頭がふわふわで、何が現実何が夢。わからなくなって。
俺、たぶん何回か、ねーちゃんに。はっきり自分の想い、伝えてるんだよな。
ねーちゃんの態度がまったく変化ないから、ああ、あれは全部夢だって、思ってるけどでも、もしかしたら。一回ぐらいは間違えて、現実のねーちゃんに告白してるかもしれないって、考えたら怖いんだよな。
大丈夫だとは、思うけど。
「……ほんと、にが」
箸の先を舐めながら、ねーちゃんと顔合わせて、力なく笑う。
夢と現実、その隙間。
ねーちゃんと笑ってると、俺が今いるのは、そんな場所な気がする。