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失恋姉弟  作者: 加納安
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【デート服】

 ねーちゃんがスマホを眺めてにやにやしている。

 あいつから連絡でもあったのかなー、とか思いながら様子をうかがってたら、ねーちゃんの方から話しかけてきた。


「見て、これ。かわいくない?」


 かわいくない? ……と、疑問形で問われた場合。それはつまり、かわいいよね! という同意の強要。

 かわいくない! ……とは、間違っても答えてはいけない。即、ねーちゃんのご機嫌を損ねることになる。

 まあでも、ねーちゃんがこうやって、自信満々にスマホの画面を俺に見せたりするときは、けっこうキワいモノだったりするから。そこはちゃんと、俺が正しく判断して、世間一般のかわいいか、かわいくないかを、ねーちゃんに示してやらないと。


 ねーちゃんが嬉しそうに見せてきた画面には、一着のワンピースが表示されていた。落ち着いた色のストライプの生地に、フリルとレースがあしらわれている。甘すぎないのに乙女心をくすぐるデザイン。そこはかとなくゴシック風味で、確かにこれは。


「かわいい」


 俺は即答していた。


「でしょー! かわいいでしょー! いいなあこのワンピース。駅前のお店にね、入ってたんだー」


 ねーちゃんは俺の答えに満足して、画面をなでる。前面、背面、胸元のアップ、裾のアップ。それからモデル着用例。掲載されたどの画像もかわいかった。

 でも、と。俺はねーちゃんに尋ねる。


「いつ着んの? そういうの」


 仕事に着て行くには、なんというか、もったいない。……そう、もったいない。

 普段のオフィスカジュアルのお手本みたいな服を着て働いているねーちゃんが、これを着て職場に行ったら、会社の人驚くと思う。驚くし、注目されると思う。ねーちゃんがかわいいことがばれてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 俺が頭の中で勝手にねーちゃんがこのワンピースを着てる姿を想像してムッとしていたら、ねーちゃんはさらに俺をムッとさせる答えを言った。


「そりゃあ、まあ、デートとか」


 デート。

 俺は一瞬目を剥いて、それから落ち着け落ち着けと自分に言い聞かし、息を吐く。


「どこ行くんだよ」


 あいつに誘われたのか、と思ったら。自然と声が低くなる。でもねーちゃんは、スマホの画面に夢中だから、俺の変化には気づかない。


「まだわかんない」


「服選ぶ前に、場所決めとかねーと」


 デートだからと言って一張羅で行けばいいってもんじゃない。ちゃんと目的地に合わせた服装で行かないと痛い目を見る。というか楽しめない。


「遊園地には向いてないし。動物園とかもダメだな。水族館、も、ちょっと無理かも」


 俺の頭の中でワンピース姿のねーちゃんの背景が変化する。どれもこれもバッドエンドにたどり着くのはなぜだろう。あいつとのデートだからだろうか。


「じゃ、映画館は?」


 キラキラした目で、ねーちゃんが言う。

 映画館か。座って映画見るだけならば、このワンピースでも問題ないとは思う。

 でも待てよ。ねーちゃんが映画館に行って、何も食わずにいられると思うか? 下手すれば映画のチケット代よりもお高くなる、ポップコーンとか、アボカドやらサーモンやらの挟まったサンドイッチとか、食いたがるんじゃないか?

 あー、だめだねーちゃん絶対こぼす。暗いところで物食ったらろくなことにならない。

 一緒にいるのが俺ならいい。さり気なくフォローしてやるから。でもねーちゃんが映画を見に行くのは俺じゃない。

 あいつの前であいつのために用意したデート服汚したりしたらねーちゃん、その時点で落ち込むよな。確実に。


「映画はだめだ。食事もだめ」


「えー!」


 ねーちゃんはぎゅーっと顔の真ん中にしわを寄せて文句を言う。


「もー! そんなにどこもかしこもダメダメ言われたら、行けるとこない」


 俺は思わずその通りだとうなずきそうになる。もうどこにもデートとか行かないでいいんじゃないかな。


「うちにいれば?」


 そして俺はうっかり本音をこぼしてしまった。

 家でねーちゃんが、そのワンピース着てるの、すごくいいと思う。

 いや、べつに。今着てる変な柄のTシャツだって。何年前に買ったかわからない、すっかりねーちゃんの形になってるスウェットだって。ねーちゃんが着てたらかわいいけど。


 ねーちゃんは俺の言葉に目を丸くしていた。俺は自分が口にした言葉を反芻し、やべ、と焦る。ちょっとこれは、さすがのねーちゃんにだって、俺の気持ちがバレてしまうんじゃないか、と。


 どうやってごまかすか考える俺より先に、ねーちゃんの顔がほころんだ。ふんわり笑って頬を赤らめるねーちゃんに、思わず俺は見惚れたけれど。


「そだね。いーかも。おうちデートなら! 他の人にどう思われるかとか考えなくていいし、でも、ちゃんとあの人には着てるとこ見てもらえるし!」


 うきうきと、音符が飛ぶみたいな口調で話すねーちゃんに、俺は泣きそうになる。あー。そうなるのか。最悪だ。

 ねーちゃんには俺の気持ちがバレなかったという安堵の気持ちと。それ以上に、あいつんちでデートかよ! と、悔しく思う気持ちと。半々……いや、三対七……いや、一瞬でほとんど九割悔しい気持ちだなあ。


「えへへー、楽しくなってきたなあ。こんなかわいい服着ておうち行ったら、びっくりするかな。普段こういうの着ないし。でも、あの人のことだからねえ、ふふっ、悪くは言わない……よねえ」


 ねーちゃんの頭の中で、あいつが扉を開いて。ワンピース着たねーちゃんを見て。あっ、かわいいですね、って。笑って言うからねーちゃんも照れ笑い。

 くそ。あー、浮かぶ。絵が浮かぶ。ねーちゃんが部屋に入って扉が閉まったらそこから先は考えたくない。俺の頭の中全部黒塗りでも白抜きでもモザイクでもいいから。くそ。

 ねーちゃんには幸せになってもらいたいのに。ねーちゃんが幸せにしてるところ、想像しては嫌になる、俺ごと全部塗りつぶしたい。


 口の中を軽く噛んで、思考をリセット。

 俺はいい弟だから、ねーちゃんを応援するべきだ。うん。

 あのワンピースをさらにかわいく着こなすためには、靴とか、かばんとかも、あったほうがいいよな。だったらそれは俺が用意してやろうかな。ねーちゃんのデートを成功させるために。うん。


「で、いつ行くんだよ? デート」


 ねーちゃんに問えば、ねーちゃんは。相変わらずスマホをにこにこ眺めながら答える。


「わかんない」


「……は?」


 なんだよそれ、と言う前に。ねーちゃんは事もなげに言う。


「だってまだ誘われてないし」


 ……やられた。

 俺は体中から力が抜ける。つまりは。


「あんまりかわいい服だったから。あの人に会うなら着たいなーって考えてただけ」


 そう。すべてはねーちゃんの妄想だった。


 俺は再び安堵する。今度はなんか、安堵が多いな。でもちょっと残念。

 あいつとのデートのためでもさ。ねーちゃんがあのワンピース着てるとこ見れるなら。いいなって、思ってたから。


 俺の複雑な胸中など気にもせず。ねーちゃんはあははと笑う。


「好きな人いると、楽しいね。こういう服着たら、あの人どんなコメントくれるかな? とか。こんな服はあの人好きかな? とか。考えて。街歩くのもお店のぞくのも楽しくなる」


 それからねーちゃんは、ふ、と目を伏せて呟く。


「あ、でも。ほんとにデートに行くならね。こんなかわいいワンピース、着慣れなくてよけいに緊張しそうだから。もうちょっと力の抜けた、いつもどおりの感じで行っちゃうと思うんだ」


 まあ、それでもいいんじゃないかな。普段のねーちゃんだって十分かわいい。家ではひどいときもあるけど。外に出るときは、それなりにちゃんとしているし。


「それでも。いつもどおりのでも、緊張するだろうから。そのときはあんたの上着でも借りようかな」


「は?」


 突然の申し出に、俺はまた、感情を隠せずに目を剥いた。


「心強いじゃん。お守り代わり」


 せっかくのデートに弟の服とか着て行くなよ、と思いつつ。ねーちゃんの言葉に泣きそうになる俺。

 お守りになるなら貸してやる。ねーちゃんに必要なら何だって。


「髑髏のでも、鋲のでも。好きなの着て行けよ」


「裏地が龍のやつがいいな」


 それからしばらく、どの俺の服をデートに着ていくか、コーディネートを話し合った。

 いつか出番が来るかもしれないし、来ないかもしれない妄想コーデ。でも。

 いろいろ楽しそうに考えてるねーちゃん見てたらさ。その日が来たらいいなって、俺、今なら九割思える。

 ま、残り一割ぐらいは、許してほしい。

 服だけでもねーちゃんとデートできるなら幸せかも、と思う時点で終わってんな、俺。


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