【懺悔】
宅配便が届いた。
受け取ったねーちゃんが、某通販サイトのロゴが入った箱と共にリビングに戻ってくる。
俺は何も心当たりがないから、あれはねーちゃんの荷物だろう。
「服、買っちゃった」
「あ、そう」
しかし、ソファーに座ったねーちゃんは、箱を抱いたままため息をつく。注文していた服が届いたにしては、どことなく元気がない。
「どした?」
一応聞けば、ねーちゃんはぼそりと、
「懺悔します」
と、言った。
俺はもちろん神父さまとかじゃないし、そういうのがもし免許制だったら、バリバリの無資格無免許ではあるけれど。
ねーちゃんが懺悔するというのなら。俺は聞くしかないのである。
「どうぞ」
そっと手を差し出して促せば、ねーちゃんは一気に胸につかえていたものを吐き出した。
「この服! もう絶対、私に似合わないやつなのに。わかってたのに。一目惚れして、でも、そのときはだめだめ、仕事に着ていけない服はお前には必要ない、そんな服買ったところで、着て行く場所があるのかい? その小さなおつむで考えてごらん。ほら、ないだろう? だったら必要ないんだよ! 忘れな! って、心の中の意地悪な継母に止めてもらったのに。でも一週間考えてもやっぱり欲しくて。欲しくてたまらないから、継母が留守にしている間にこっそりポチってしまいました」
ねーちゃんの心の中に妄想の継母が住んでることはさておき。俺はできる限り冷静に受け答えする。
「あー、それがこの箱? 今日届いた荷物?」
ねーちゃんはうなずく。
「見てくれる? すごいすてきだからね」
そう言ってねーちゃんは、箱を開き、透明なセロファンに包まれた服を取り出す。見た感じ、いい色。だけど。
ひらり、と、ねーちゃんが広げた全体像は、まあ、なんというか。世界中探しても、その服似合う人いるのかな、って感じの服だった。
「うう、好きぃ……」
現物を目の前にして、ねーちゃんは呻く。
ねーちゃんは本当にその服が欲しかったのだろう。だったら買って正解だと思うけど。ねーちゃん的には、着ない服は無駄、と、思ってしまうらしく。
「だからさ、似合わない服を買ってしまったときに、どうしたらいいのかなってネットで検索したんだけどさ。出てくるのは、自分のタイプを知って似合う服を見つけよう的なアドバイスばっかりでさ。そもそも似合わない服を買うな! ってことなんだよね。調べて落ち込んだよ。こんな服はNGとか。図解されてめっちゃ落ち込んだよ。でも違うんだよ、私が欲しいのはそんな言葉じゃなくて……」
「じゃ、どんな言葉が欲しいんだよ?」
聞き返したら、ねーちゃんはちょっとあごを上げて、答えた。
「お前、短い人生のうちで何の遠慮してるんだい? 好きな服を着りゃあいい。だいたいお前は勘違いしているのさ、そもそもお前に似合う服など、この世にないってことをね! って高笑いしてくれる継母みたいな……」
つーかねーちゃんの継母、たぶんいい人だよそれ。口調は厳しいけど、ツンデレなやつだよな。たぶんな。
だって俺の意見も、それに賛成。
懺悔って。助言していいんだっけ。傾聴だけ? まあでも俺無資格偽神父だから。いっか。
「そだな。好きな服着たらいいし。かわいいじゃんそれ」
「かわいい? ほんと?」
「ほんとほんと。俺は好き」
ねーちゃんが笑顔になるなら相当好き。だから似合うとか似合わないとかそんなことで悩まないでほしい。
「仕事には着て行けないけど。ふだんだったら大丈夫かな? 休日とかお出かけとか」
「いいんじゃね?」
雑踏の中でこの服を着たねーちゃんがいる姿を思い浮かべる。うん、なじんでる。大丈夫。ねーちゃんの周囲の人は、ねーちゃんがどんな色形をしていようと、そんなには気にしていない。ほんの一瞬見たとしても。ねーちゃんを覚えているのは、特別にねーちゃんに惹かれたひとだけだ。
「懺悔終わった?」
「終わった! すっきりした! 継母はぶつぶつ言ってるけど。仕方ないねえ、ちょっとでもマシになるコーディネート考えてやるからさっさと動きな! って」
あはは、やっぱいいひとだ。
明るい表情で、ねーちゃんはソファーを立つ。そして服と箱を抱きしめながらリビングを出ていく。
「この服めちゃくちゃあの人っぽいから。買ってよかった!」
鼻歌交じりに聞こえた言葉に、俺はめちゃくちゃ顔をしかめる。
え、あいつそんな感じ? ねーちゃんのイメージでそんな感じ?
てか、だったら前言撤回。
「俺は、嫌い」
そう呟いたこと。俺は絶対懺悔なんかしないから。