表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋姉弟  作者: 加納安
2/34

【誕生日】

 ねーちゃんは昼過ぎにようやく起きてきた。今日はねーちゃんの誕生日だというのに。


「ケーキ、予約してっから」


「えー、あー、ありがとう」


「ちゃんとローソクは小さいやつで年齢の数だけ頼んだから」


「は? 何の嫌がらせ? あの本数全部ローソク刺したら、ケーキ散弾銃で撃ったみたいになるじゃん」


「散弾銃で撃ったら、食うとこなくなるだろ」


 だるそうにリビングのソファーに座るねーちゃんは、俺と話しながらも視線はずっと手にしたスマホに向けられている。またゲームでもしてんのか、と思ったら、どうやら違う。


「あーもう、決まんない。なんて言えばいいんだろ」


「何が?」


 何やってんだろう、と、俺はねーちゃんのスマホをのぞいた。見えたのは、メッセージアプリの入力画面。


『…………ここから…………


 おめでとう


 …………ここまで…………』


 画面に入力された謎のメッセージに、俺は首をかしげる。


「なにこれ、ここから、ここまで? ……おめでとう?」


 ねーちゃんはハッとして、俺の視線からスマホを隠す。が、もう遅い。俺がしっかり画面を見たこと気づいて、ちっと舌打ちした。


「だから……、私、誕生日じゃん?」


「だな」


「お祝いしてもらいたいじゃん?」


 誰に、と聞くまでもなく、俺は悟った。ねーちゃんには今、好きな人がいる。そいつに、に決まってる。

 つまりはねーちゃんは、そいつに、今日が自分の誕生日であることを、伝えあぐねているらしい。


「それがなんで、ここからここまで、になるんだよ?」


「だからさ、ここからここまで、私の送ったメッセージをコピペして返信してもらったら、お祝いメッセージになるでしょ? とっても簡単に」


 なるほどー、と合いの手を打ちそうになるが、いや、だめだろう。

 ねーちゃんの考えにはため息しか出ない。


「そんなのでおめでとうとか言われて、何が嬉しいんだよ?」


「嬉しいよー! 好きな人におめでとう、とかメッセージもらえるの、超嬉しいよ!」


「それにしたって、強制的すぎるだろ」


「ちゃんと前置きしてるから大丈夫だよ」


 そして、ねーちゃんはメッセージの全文を俺に見せた。


『お疲れ様です。

 個人的な依頼で申し訳ないのですが、

 もしよろしければ下記の点線内の文章を、

 コピー&ペーストしていただき、

 ご返信いただければ幸いです。


 …………ここから…………


 おめでとう


 …………ここまで…………


 よろしくお願いします』


「ね、失礼がないでしょ?」


「なんだよこのビジネス文章……」


 まさかねーちゃんは、好きな相手とこんなメッセージのやり取りをしてるのか。それでよく続いてんな、とびっくりである。

 俺はねーちゃんのスマホを奪い、不毛な文章を消去する。隣でなにすんの、とぷりぷり怒るねーちゃんは無視する。


「誕生日だからおめでとうって言ってほしいって、素直に書きゃいいんだよ、こんなの」


 俺は代わりにメッセージを打ち込んでやった。


『わたし、今日誕生日なんです!

 お祝いしてくださいー

 おめでとうって言ってほしいです』


「これぐらいでいいんじゃね?」


 しかし、俺の案に、ねーちゃんはがくがくと震えていた。


「そんな図々しいこと書けないよ! お祝いしてくださいー、だなんて、何かねだってるみたいじゃん!」


「ねだればいいだろ」


 一年に一度のイベントなのだ。恋愛をすすめるのに利用できるなら利用すればいいのに。しかしねーちゃんはこういうところが、なぜかとても、無駄に、奥ゆかしい。


「違うの、別に、プレゼントが欲しいとかじゃないんだよ。ほんとにほんとに、おめでとうって、ひとこともらいたいだけで」


 ねーちゃんは俺の打ったメッセージを見ながら、ため息をつく。


「たぶんね、おめでとうって言ってくださいって頼んだら、あの人は、わー、そうなんですねー、おめでとうございますーって、すぐに返してくれるんだ。それで、私はそれだけで、幸せな気持ちになるんだよ。穴だらけのケーキだって、にこにこしながら食べるんだよ。送られてきたメッセージをスクショ撮って、待ち受け画面にしちゃうぐらい喜ぶんだよ」


 ねーちゃんは、もうすでにお祝いメッセージを受け取ったみたいな、ほんのり赤い顔をして呟く。でも、ぎゅっと、眉間にしわ。


「でも、でも。もしかしたら、スルーされるかもなあ、とか。思ったら、送る勇気が出なくてさ。だから。なるだけ感情を殺して、仕事のメールみたいにしたらさ。返事こなくてもダメージ少ないよね」


 ほら、まただ。またねーちゃんは、ひとり勝手に、悲しい未来を想像して落ち込む。


「もしかして、朝からずっとそんなこと考えてた?」


 問えば、ねーちゃんはふるふると、頭を横に振った。


「今朝からじゃないよ、何日か前から」


 真顔で答えられて、俺は半眼になる。そんなに悩むことじゃねーだろ。っていうか、そんなにねーちゃんを悩ますなよ。くそ。


 俺はなんだか投げやりな気分になって、画面の隅の紙飛行機のマークを押した。

 これでねーちゃんはもう悩まなくてすむ。


 返事がこなくたって。俺がいるし。今日は俺が祝ってやるし。ねーちゃんだって、ケーキ見たらさ、絶対嬉しいはずだし。


「あー! あんた、あんたぁ、なんてことするのー!」


 しかしねーちゃんは震えあがって俺の手からスマホを奪い返した。あわあわと自分の送信済みのメッセージを見ている。


「こ、これ、どうやったら、どうやったら送信取り消しできるんだっけ、どどどどどうしよう、あああああああ」


 一秒間に数十連打すれば送信取り消しできるならできている勢いで、ねーちゃんは画面をタップしていた。が、それでは取り消しできない。


「あああああもう、なんてこと、なんてことー!」


 動揺するねーちゃんを見てたら、ちょっと悪いことしたかな、なんて一瞬思った。


 でも。


 ぶ、と。短い振動音がして。その途端にねーちゃんの振動は止まる。

 俺も一緒に、画面をのぞいた。ねーちゃんからのメッセージの後に、新しいメッセージ。


『通話しましょうか?』


 ちらりと視線を動かせば、ねーちゃんが顔真っ赤である。そしてまた震えはじめる。


「つ・う・わ! む、むり! シぬ!!!!」


 こいつの声、耳から入れたら脳みそ破壊されんのか、すげえ能力だな、と思いながらも、俺はねーちゃんを落ち着かせようと試みる。


「よかったな、直接おめでとーって言ってもらえるんじゃね?」


「ちょ、直接……っ、そ、それって、スクショできる?」


 それは、できないだろうけど。


 *


 結局ねーちゃんは、ほこほこした動きでリビングを出て行った。俺に聞かれないところで、通話するんだろう。そして数分後に、さらにほこほこした動きで、リビングに戻ってきた。

 すっかり脳みそが破壊された顔をしている。


「えへー、これからー、出かけてきまーす」


「あ、そ」


 今日は休日。相手も休日。誕生日デートをすることになったらしい。めでたしめでたしである。


「あ、でも。ケーキ、どうしよ? 予約してくれてるんだよね。早く帰ってきた方がいいよねえ?」


 ねーちゃんは忘れてもいいのに。俺の買ったケーキのことを覚えていた。弟想いなわけではなく、食い意地が張っているだけなのだけど。


「大丈夫。アップルパイにしといたから。日持ちするから明日でも、明後日でも、食べられるやつ」


「わー、あんた有能だね! ありがとー」


 そうして超機嫌よく、家を出るねーちゃんを見送って、俺はひとり、ため息をつく。


 予約したケーキ、受け取りに。俺もそろそろ出かけないとな。

 それから別にもうひとつ、ねーちゃんの好きな店のアップルパイ、買って帰ってくることにしよう。


 本当は。予約した誕生日ケーキは、生クリームもりもりの、ねーちゃんが前に食べたがっていた限定のやつ。だけどそれは今日中に、食べないといけないやつだから。

 今夜の俺の夕食に、独り占め。


 ねーちゃんのことを考えながら、食べたら、きっと甘くて、甘すぎて。

 のどの奥が苦しくなるに、違いないけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ