【はじまりと、おわり】
基本的に、ねーちゃんはポンコツ設定だと思ってはいるけど、脳みその半分以上、好きな人のことばっかり考えているくせに、それなりに仕事して、それなりに生活してるのって、実はすごいことなんじゃないかなって、たまに思う。
好きな人のことを考えてるスペースを、別のことに割り当てたフルパワーのねーちゃん……、見てみたいような、やっぱり見たくないような。
いや、やっぱそうなると、ねーちゃんであって、ねーちゃんではない存在になりそうだなあ。
うん。頭の中ピンク色の方が、ねーちゃんは、ねーちゃんらしい。
と、そんなことを勝手にいろいろ思い浮かべながらリビングでぼーっとしてたら、ソファーでスマホ触ってたねーちゃんが、突然話し始めた。
「だいたいさあ、最初は一緒にいられないんだよね。高確率で」
「何の話」
その主語を問えば、ねーちゃんが眉間にしわを寄せる。
「好きになる相手って、そもそも、他人でしょ? そしたら、この世に発生する時間って、合わせるのまず無理じゃない?」
「まあ、そうだよな」
なんだ、あいつの話かと、俺は肩から力を抜く。話半分に流さないと、真剣に聞くとダメージを受けるから。
と、いうか。
一緒に生まれるのはムリだとしても、俺は好きになった相手と、最初からずーっと一緒にいるけどな。
ちょっと勝った気分になって、ねーちゃんに向けてない方の横顔でにやりと笑う。
「だからさあ、せめて最後は。一緒にいたいって思うんだろうねえ」
ねーちゃんはどこかうっとりとした声で、呟いた。
最初から最後まで、ずっと一緒、はムリなこと。でも、出会った時から最後まで、なら。それは叶えられる確率がある。
一生一緒にいよう、ってつまりそういうことだもんな。スタートは、出会った時もしくは、想いが通じ合った時。んで、終わりは、たぶん、命の終わり。
ねーちゃん、やけに感傷的だな。
何かまた、変なものでも食べた、いや、変なものを読んだか、見たか。
死がふたりを分かつまで、っていうのは、結婚式の誓いにもあるし。恋愛してたら定番のやつ。
もちろん、一緒に死のうは言ってはいけないし、言わないし、言われたら困るけど。
能動的にではなくて、受動的に訪れる終わりを、一緒に過ごすのはいいことなのかな。
けど、そのタイミングが揃うことは、それも、きっと、難しいんだろうけど。
どちらかが残されることになっても、それまで一緒に、っていうのは。
約束されたら、うれしいと思う。叶えられなくても。
「ねーちゃんも、そういう相手に出会えた?」
ねーちゃんのセンチメンタルな気持ちが移ったみたいに、俺もちょっと目頭が熱くなる。ねーちゃんの最後、を、考えたら、ああ、なんか泣きそう。
「へへー、どうだろうねえ。最後までご一緒できたらいいな、とは思うけどねえ」
まあ、ねーちゃんがどこの誰と最後まで一緒にいようが。ねーちゃんの最後には、俺も絶対一緒にいるし。一緒にいられなくても一緒にいるし。俺の一生は、ねーちゃんと一緒じゃないと、やだし。
もう絶対そうするし。
と、決意を改めたところで、ねーちゃんがスッと、俺の前にスマホを差し出す。
「はあ、おもしろいよ。これはおススメだよ。あんたも読んだ方がいいよ」
ほらやっぱりなんか、変なの読んでたんだなねーちゃん。
なんだなんだ、恋愛マニュアル的なやつか。それともキュンにまみれた恋愛系の創作か。別に俺そういうの興味ねーし、と、突っぱねようとしたけどその前に、見えてしまった。
スマホの画面に、ねーちゃんのおススメの作品が表示されているのを。
それはきっと誰もが知ってる、歴史の、物語だった。
……あ。
知ってる。それ知ってる。ねーちゃんが読んだのあれだ。あの部分だ。
桃の園で誓うやつだ。
確かに言ってた。同じ志を持つ三人、一緒に生まれるのはムリだったけど、死ぬときは一緒だよっ! ……って。
「ロマンだねえ」
ねーちゃんはもう一度、うっとりと。どこか遠くを眺めて呟いていた。
時代も国も身分も性別も、そんなの関係なくて。大事な人だからこそ、最後まで、って思うのは、普遍的なこと。
「ねーちゃん、俺もうそれ全部読んでる」
「えっ! ネタバレやめて!」
「それ最後は……」
「やめて、最後やめて」
嫌がるねーちゃんに、最後を教えてやろうと思ったけど、やっぱりやめた。
どんな最後か見届けるのは、やっぱり自分でやらないと。
まだまだ、先は、長いはず。できることなら最後まで、楽しく進めますように。