表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋姉弟  作者: 加納安
18/34

【割れた愛】

 もうすぐバレンタインデーである。好きな人にチョコレートを渡して、好きですって言う日である。諸説あるけどメインはそれだと、俺はずっと思ってる。

 通りがかった店にはチョコレートの山、山。寒い季節はチョコレートがおいしいから。新製品のチョコレートがあちこちに並ぶのは、バレンタインのためだけじゃないんだろうけど。なんか年明けたらもうバレンタインのコーナーも、できてたような。年々、イベントの売り場準備が前倒しになってる気がする。


 さて、こういう恋愛絡みのイベントになると、俄然そわそわするのがうちのねーちゃんな訳だけど。

 去年など、「ちゃんと試食したやつじゃないと、安心して渡せない」という大義名分を振りかざし、あれもこれもと色んなチョコレートを買ってきてた。そして片っ端から、「これうま!」「うんま!」「やば、うっまー」と、にこにこ食べていたのを思い出す。

 まあ結局、そうやって吟味して選んだチョコは、ちゃんと渡せたみたいだけど、結果は……、うん、まあ、それも例年のことだったりするので。割愛。


 そんなねーちゃんと、今日は買い物である。

 正しく解説すると、会社帰りにたまたま会ったので、ついでに買い物して帰ろうか、ということになったのだ。

 思春期のころは、ねーちゃんと一緒に行動するとか、誰かに見られたらどうしよう、恥ずかしいな、でも一緒にいられるのうれしいしな、と矛盾した自分の気持ちにそわそわさせられていたけど。

 お互い社会人にもなると、別に誰に見られようがどうだってよくなった。むしろ、よその人には姉弟だとか思われてないだろうな、俺たち。それはそれで、こっそり照れる。


 店のチョコレート売り場で、俺はちょっと身構える。ねーちゃんのことだから、テンション高めでチョコレートを欲しがると思ったから。

 でも、何やら落ち着いている。どうしたどうした。

 冷静なのが逆に怖い。


「ねーちゃん、チョコ用意した?」


 あまりにも不安で、俺の方から尋ねてしまった。つまりねーちゃんの大好きな誰かさんには、どうすんのかって聞いてんだけど。

 ねーちゃんはちらりとこちらを見て、「あー、はいはい」とめんどくさそうに呟くと、すぐに視線を外す。


「なーんか今年、いいかなーって。自分用もなあ……」


 そりゃあ毎年あれだけこの時期チョコレート踊り食ってたら、飽きていてもおかしくないな、とは思う。

 だけどねーちゃんのため息は、深く、長い。


「あーあー。だって、だってさあ。……一番あげたい人に贈れないならさ、気分上がらないっていうか」


 どうしたねーちゃん。あんなに毎年玉砕覚悟でチョコ投げまくってたのに。

 投げる前から諦めてるのは、珍しい。

 俺が不思議がっていたら、ねーちゃんは口を尖らせる。


「どうやって贈ったらいいか、わかんない。贈り方わかっても、たぶん贈れない。贈れないってわかってる。贈っちゃいけないんだよ、私は」


 なんて悲しい動詞の活用。なんとなく、俺は察した。

 ねーちゃんはどうやら、今、チョコレートを贈れない相手に片想い中らしい。

 つまりそれって、好きになってはいけない系の奴だよな。もうすでに相手がいるとか。……うん、だめだな。それはだめだ。ねーちゃんに、略奪愛とかムリだろう。


 ねーちゃんは、好きになる相手が幅広い。俺とは大違い。

 俺は狭すぎるからなあ。ほんと狭すぎる。ずっと狭い。ある意味ねーちゃんが羨ましい。

 広すぎるのも狭すぎるのもめんどくさいなあ。


 それからねーちゃんはしょんぼりと、肩を落としてため息をつく。


「なので、今年のバレンタインは、見送りなのですよ……」


「そっか」


 まあ、そういうことなら、いいか。

 じゃあこのコーナーにはもう用はないなと通り過ぎようとしたら、ねーちゃんが思い出したように言う。


「あ、ちゃんとあんたには買ってあげるって。どれがいーの」


 俺は、思いがけないねーちゃんの言葉に胸熱である。思わずヒャッハーと叫びそうだったけど、すぐに正気を取り戻した。

 ねーちゃんの思惑が、手に取るようにわかったから。


「え、今買い物かごに入れたら、家計から払えるからいいじゃん、的なやつ?」


 俺の問いに、ねーちゃんは慌てることなくにんまりと、笑う。


「そそ、おやつ費から出しとくから。好きなの選んでいいよー」


 ちゃっかりしてんなあ。俺はねーちゃんの前で、堂々と舌打ちした。

 義理チョコにしたって雑すぎるだろ、それ。

 っていうか、どうせなら俺が選ぶんじゃなくて、ちゃんとねーちゃんが選んで買ってくれたのが欲しい。

 超絶有名店のなんかじゃなくていいからさ。見た目ばかりで味スカスカのやつでも。センスがあるのかないのか不安なおもしろ系でも。いつも食べてる定番のやつでも。

 何でもいいのにな。選んでるときに、俺のこと考えてくれてるって、そのことが、何よりうれしかったりするのにな。


 まあ、でも。せっかくなので。

 選ばないっていう答えは、俺は選ばない。


「じゃ、これ」


 俺はがさりと一袋、目に付いたチョコレートを選んで手に取る。それを見て、ねーちゃんが目を輝かせた。さっきまでしんみりしてたのに、表情、めっちゃ明るくなってる。


「お、質より量いったね!」


「このチョコうめーんだって」


 にこにこするねーちゃんにそう言って、俺は買い物かごにチョコを入れた。

 それは製菓用の割れチョコだ。グラム換算したらこの売り場に並んでるチョコレートの中で一番お得。


 ねーちゃん、知ってるか、バレンタインって。すでにさ、この国でもさ、女の子が男の子にとか、狭いこと言わなくてさ。好きな人にあげていいんだ。

 だからこれで俺はめっちゃテンパリングして、艶々のチョコ作って。んで、バレンタインの日に、ねーちゃんと食べる。


 それ食べてねーちゃんはさっさと、今のヤバイ恋など忘れちまえばいいんだよ。


 ねーちゃんには、もっと甘くて、ちゃんと一緒にチョコ食べて笑える、そんな恋をしてほしい。


 *


 そしてバレンタイン当日。俺の作ったチョコ菓子を遠慮なく食べながら、ねーちゃんは呟いた。


「あんたの作るチョコレート、さあ。すっごいおいしいから……、あの人にも食べてもらいたくなるねえ」


 手作りチョコを贈るのは、難易度が高すぎるし、弟の作ったやつって、謎だろ。

 いやむしろあいつに食わすってわかってんなら、俺、たぶん毒……、いや、なんでもないです。これ以上は問題がありすぎるので、割愛させていただこう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ