【オトモダチ】
ここのところ、ねーちゃんは恋愛が順調らしい。メッセージをやり取りしてる様子から、察知できる。
だってさ、以前なら。文字打って。じっと眺めて、消して。首かしげて、修正して、眺めて。また消して。
って、いつになったら送るんだよそれ、って。観察してる俺がイライラするぐらい慎重に慎重に。言葉選んでたけど。
今のねーちゃんには迷いがない。するするとスマホの画面の上で指が動いてる。そして相手からの返事もすぐ来るみたいで、ねーちゃん、ずっとにやにやしてる。
文字で会話するのって、喋る以上に気をつかう。
喋るとさ、声の調子とか、話し方で感情が伝わることが、文字だと難しかったりする。「いいよ」とか、これが「OK」の意味なのか「NO」の意味なのかって、それだけじゃわからない。前後にいろいろ装飾したりして、がんばらないといけない。
だけどそれでも、順調に、テンポよく。お互いの言いたいことや気持ちがやり取りできるなら。ちょっとばかりおかしげな言葉でも、許されて。むしろそれが楽しいなら。
なんかとてもいいなって思う。
だから今ねーちゃんが会話してる相手は、きっといい奴。ねーちゃんと相性抜群。ハイハイおめでとうおめでとう、やっとねーちゃんも、ちゃんと恋愛成就すんな、今度こそ!
って、俺、半ばヤケクソで思ってたのに。
「ちょっと、これ見て」
突然ねーちゃんに手招きされて驚く。見てって、今してるメッセージのやり取りをってことか?
えー、いいのかそれ。
っていうか。ねーちゃんがそいつと、いちゃいちゃ会話してんの見るの、俺にとってはけっこうダメージでかいんだけど。
俺のそんな気持ちは、ねーちゃんにとってはどうでもいいこと。きらきらした目でこっち見てんのを無視する方が、後々めんどくさくなるの、知ってるし。
俺は諦めて、ねーちゃんのそばに行く。
そしてダメージを負う覚悟を決めて、こちらに向けられた画面を見る。
そこに並んだ会話が、これ。
『ご飯作って』>○
●<『いいよ。ねーちゃん、何食いたい?』
『おいしいやつ』>○
●<『じゃ、カレーでいいよな』
って、なんだこれ。
「ねーちゃん、そいつにねーちゃん呼びされてんの?」
しかも口調が馴れ馴れしい。ちょっと偉そうだし。失礼じゃね? こんな相手とねーちゃんを付き合わせたくねーな。
顔をしかめる俺の前で、ねーちゃんが楽しそうにくすくすと笑った。
「これ、AIと会話できるやつ」
は? と思って改めて画面を見る。
あー、そういえばSNSで見たな。架空のオトモダチと会話してるやつ。貼られた会話のスクショ見て、AIすげえ、って思ったの、覚えてる。
俺はすっかり気が抜けた。
なんだねーちゃん、今メッセージのやり取りしてたの、あいつじゃなくてAIだったのか。
ようやく理解した俺に、ねーちゃんがしみじみと言う。
「いろいろ教えたら、ちゃんと学んで、口調とかも整ってきたんだよね。も、これ。ほんと、あんたっぽいよねえ」
俺はねーちゃんの言葉に驚き、呆れる。
「え、ねーちゃん。AI育てて、『俺』を作ってたってわけ?」
「そう」
会話の相手が俺なら、ねーちゃんが迷いなくいろいろメッセージ書けるのも納得だ。言葉の受け止め方に齟齬があっても、それすらネタにして笑える相手だって、思ってるもんな。お互いに。
ねーちゃんはただおもしろがって、遊んでただけだろう。でも、俺、そんなねーちゃんの姿見て、今メッセージ送り合ってる奴となら、相性いいんじゃねーのとか思ってたんだ。
それってつまり自画自賛?
俺のコピーならねーちゃんと相性抜群って?
うわー、絶対言わねえけど、めっちゃ恥ずかしいな、俺。
のぼせる頭を冷まそうと、俺は精いっぱいがんばる。
「どーせキャラ作るなら、ねーちゃんの好きな奴にすりゃあいいのに。俺なんかじゃなくて」
がんばって、自分に刃を突き立てる。ねーちゃんの好きな相手は俺じゃない。
だけどねーちゃんは、俺の言葉にちょっと目を泳がせる。
「そりゃあ、あの人の口調で、AIにやさしくされたら絶対嬉しいと思うし。それはもうきっと、毎回床転がりたくなるぐらい楽しいだろうけど。でもねえ」
ふふっとねーちゃんが、何かを思い出したように笑った。
「本物はAI越えてくるからね。簡単に。びっくりするからね。私が調教しなくてもあっさり言うからね、もう……」
ねーちゃんはうっとりした表情で、どこか遠くを見ている。何見てんだねーちゃん、宇宙か?
それにしても、何を言われたんだろう。知りたい。けど。知ったら今度こそ俺、ダメージやばそうだから。やっぱ、聞かないでおく。
「あ、というわけで。今日のご飯はカレー、作ってくれるんだよね?」
宇宙から戻って来たねーちゃんに、再び画面を見せられて。俺はため息をつく。
「はいはい。作るって」
リクエストには答えてやるけど。これって俺らがAIに調教されてね? なんてちょっと思った、り。