【休日】
今日は休日。ねーちゃんも、俺も。
「ちょっと。これ、あんた預かっといてよ」
朝起きて、差し出されたのはねーちゃんのスマホ。
「なに、どしたの」
俺はとりあえず受け取ったものの、その理由を尋ねる。
暇さえあれば。暇でなくても。だらだらスマホと一緒に過ごしてるねーちゃんが。一体どうして。
「今日は休むの」
「仕事休みだろ?」
「そう。でも私が休むべきは、休みの日だからこそ休まなくてはと……」
「なに? なぞなぞ? 休みの日だから休むもの、なーんだ?」
ややこしいことを言い始めたねーちゃんに、からかってそう言い返してみる。だけど予想外に、ねーちゃんからは笑顔が返ってきた。怒るかと思ったのに。穏やかな笑み。
「そ。ちょっとね、恋愛。休んでみようかと」
恋愛。
俺は受け取ったスマホと、ねーちゃんの顔を交互に見つめる。
なるほど。ねーちゃんの好きな奴と、一番つながってるのはこのスマホ。この機械から離れたら、ねーちゃんはあいつとも離れられる。
「休みたくなるぐらい、つらくなってんの?」
また俺の知らない間に話が進んで。そしてまた、知らない間に終わるのかなと。
いつものねーちゃんのパターンを思ってはみたけれど。
ねーちゃんは、静かに首を横に振る。
「つらくはないけど、疲れちゃって。どきどきわくわく、しすぎるから。休日こそ、連絡来ないかなとかそわそわしちゃうよね。来ても来なくても。それってすごく、楽しいけど、ぐったり疲れちゃうんだよ」
恋に夢中になれるのは、素晴らしいことだけど。ずっと全力疾走だと、それはまあ、疲れるよなあ。
ちなみに俺はずーっとだらだら、歩いてる感じ。疲れてんのにも気づいてない。常時慢性疲労。
まあ、俺のことはどうでもよくて。
「もう今日は、ちゃんと、メッセージ送ったから。大丈夫」
ねーちゃんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「通知オフにしてるから、届いてもわかんないようになってるし。今日一日、預かっといてよ。手元にあったら、電源切ってても気になるし。あんたが没収してくれると助かる」
ねーちゃんがその覚悟なら。俺は喜んで預かるし。なんならその恋、消えてなくなるまで休んじゃえ、とか思うけど。言ったら今度こそ怒られるだろうから、言わない。
「でも、これ。別の人から連絡きたとき困んない?」
ねーちゃんがスマホでつながっているのは、あいつだけじゃないはずだ。だけど、ねーちゃんにとっては、それは大した問題ではないらしい。
「えー? すぐに連絡つかないと嫌なのって、あの人以外だと、あんたぐらいだし。あんたずっと今日家いるでしょ?」
「まあ、いるけど」
平気な顔をして答えながら、そっか、俺だけか、と口の中でにやにやした気持ちを噛みしめる。あの人以外だと、という部分は噛みちぎってペッと吐く。
「だったら大丈夫ー、あんたに用事あったら、直接話すし」
ねーちゃんは空いた両手をぐーっと伸ばして、体を揺らす。
「でも。じっとしてると、やっぱり気になるから。今日はいろいろ、しようかな。DVD見て、掃除して、料理して、読書して、昼寝して……」
ねーちゃん、ぜんぜん休めてないけどいいのかそれ。
いつもの休日より活動量多いけど大丈夫かよ。
俺は心の中で突っ込みつつ、預かったスマホをねーちゃんの視線の届かない場所に隠した。
恋って休めるものなのかな。たぶん、ねーちゃん、DVD見ても、掃除しても、料理しても、読書しても、昼寝しても。やっぱりずーっとあいつのこと考えるんじゃないのかな。
鳴らないスマホを眺めるよりは有意義だろうけど。
いつでも好きな人は、もう当たり前のように思考の片隅にいる。
忘れて何かに夢中になっているつもりでも、いるもんなあ、ここに。
*
そしてその日の夜。
「めっちゃ忙しい休日だったよ」
と、ほんとに疲れた顔で手を差し出したねーちゃんに。俺は朝から預かりっぱなしだった、ねーちゃんのスマホを返却する。
着信があったかどうかは知らない。俺も見ないようにしてたから。あったら絶対悔しいし、だけどねーちゃん喜ばせたくて、つい、ばらすだろうし。そしたらねーちゃんの今日の覚悟が無駄になるし。
「アラームかけて、もう寝よー」
すでに半分閉じかけた目で、だけど慣れた手つきでスマホを操作したねーちゃん。その目が、突然くわっと開いた。ねーちゃん、そんなところまでまぶた上がるんだ、って改めて知るぐらい、開いてた。
「どしたー?」
「んが! メッセージ来てた……っ」
……、まあ。朝、ねーちゃん、メッセージ送ったって言ってたし。返事がきててもおかしくはないよな。
しかし、ねーちゃんの動揺は、それだけのせいではなかったようで。
「ああああー、即返信きてたー、あー!」
聞けば、朝。ねーちゃんがメッセージを送って、俺にスマホを渡していたあの時刻にはもう。あいつからの返事は届いていたらしい。
ねーちゃんはめちゃくちゃ、悔しがってた。リアルに地団駄を踏んでいた。家揺れるからやめて。
「朝から! 知ってたら! 今日一日! ずっと楽しかったのに!」
「え、今日、楽しくなかった?」
ねーちゃんの一日を振り返る。DVD見て爆笑してたよな、鼻歌交じりに掃除してたよな、料理上手にできて喜んでたよな、読書して泣いてたよな、そんでそのままうとうと、よだれたらして寝てたよな?
どこを切り取ったって幸せそうだったのに。そうじゃなかったのか。それにびっくりする。
「楽しかったけど! 別物なの! ああー、私のバカ」
自分自身に嘆きながらも、それでもやっぱり、ねーちゃんの口元はにやにやしている。なんだ結局、楽しそうだ。
「もう。仕方ないから、寝ながら返事、考えるー。おやすみー」
「おやすみー」
部屋に寝に行くねーちゃんを見送って、俺は首をかしげる。
結局のところ、ねーちゃんは、恋を休めたんだろうか。
何かに夢中になってても、その夢の中に、好きな人がいるならば。やっぱりずっと恋、してることにならないか?
ま、ねーちゃんのことだから。この先もずーっと全力疾走で、それでぱたりと倒れるパターンだろうから。ちゃんと俺はうしろからついてって、ねーちゃんの屍を回収してやらないと。
俺は、だらりだらりと休むことなく恋をし続けて、やたらと耐久力はついてる。だから安心して、ねーちゃんは走れ!
ねーちゃんの恋は決して応援しないけど。
ねーちゃんのことは応援する。これからも、全力で。




