表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

裏庭

作者: 遠崎 由縁

裏庭


8/26/19:14


 とうとう彼の目が見えるようになってしまった。真実が暴かれてしまうのだ。一応、あの水谷とか言う医師には口止めをさせているわけだが、彼は少しばかり信用できない。軽薄飄々としたところが嫌いだ。私は、どうすべきなのか。とうとうこの時が来てしまった。判断、決断の時であった。

 彼と一緒にいたいのも事実だ。実際、ここまで看病したのは、彼のことが大切だからだ。其れは疑いようの無い事実。しかしながら、この事実が、彼には受け入れ難い現実であることもまた、事実。いや、事実というのは少々早いかもしれない。私の彼、当夜ならもしかしたら私のことを受け入れてくれるかも知れない。だって、昔から私のことを大切にしてくれたのだから。

 ただ、真実を話して、この関係が崩れてしまうことが、本当に怖い。彼は、軽蔑するだろう。私のことを、嫌いになるだろう。彼は私のことをもう考えてくれなくなってしまうだろう。それくらいなら、私は、この気持ちを胸にしまい、彼の元から離れることを決意しよう。それほどまでに、私は臆病なのだ。

 世界で、一番、こんな、私が、大嫌いだ。


8/26/10:11


 久々に彼に会いに行く。しかし、気持ちはあまり良いものではない。自分の都合で、彼の元を二日も離れてしまったからだ。このことが、本当に怖い。別に彼に怒られることを恐れているのではない。

 彼に怒られないことを恐れているのだ。

 私は、彼に執着されたいのだ。それほどまでに、彼が好きだ、しかし、同時に私は、とても臆病だ。

 私は、彼に執着されない私を発見するのが怖いのだ。其れだけが怖くて、でも、彼に会いたくて、会いたくて、たまらない。彼はきっと私のことを受け入れてくれると信じている反面、彼に受け入れられないかもしれないという不安がぬぐい去れなかった。だから、こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも、怖いのだ。

 この二日間は、あの家族のせいで、私の時間がつぶされたのだ。あの家族。私の時間を二日も奪ったあの家族を、私は憎む。


8/24/08:55


 とてもすがすがしい気分であった。私は当夜君に認められているなんて、夢にも思わなかった。今までは、こんなに異性として、意識されなかったのに。旅行の話などされた時は心が躍るようであった。ただ、その気持ちを前面に出してはいけないように思った。我慢しなければならない。そんな女、当夜君は嫌いだからだ。私は、当夜君に相応しい女にならなくてはならない。そう考えられることが幸せでたまらなかった。当夜君。当夜君。私は、絶対にあなたの助けになれるはずです。だから、当夜君も、私のことを、昔みたいに助けてください。お願いです。当夜君。

 とても幸せな気分のまま、私は朝の町を歩いていった。

 ただ、この幸せが終わることが、私にはつらいものだ。この幸せを守るためなら、私は何だってする。何だって。


8/23/18:52


 今日も当夜君と話した。最近は当夜君と二人きりだ。とても良い。すばらしい世界だと思う。神に感謝したいくらいだった。

 今日は昔の話をした。当夜君の話、昔の、小学生だった頃とかの話。とても面白かった。やはり、子供の頃が一番良かった。今は、こんな柵だらけの大人とも子供ともいえない、醜い人間になってしまったが、昔は綺麗だったのだ。私も、当夜君も。本当に、本当に、昔が懐かしい。

 でも、当夜君は今も純粋なままだ。当夜君は、しっかりと私を見てくれている。私のことを、気にかけてくれている、今も昔も。ちゃんと、私の名前を呼んで欲しいけど、それでも、私は……。

 よそう。そんな暗い考えは止めにして、ただ、今の幸せを享受したい。刹那的と大人は馬鹿にして、子供は羨ましがるかも知れない。でも、私は、私達は、子供でも大人でもないから。


8/20/15:17


 今日は少々早めに当夜君の元を去った。当夜君も少し疲れていると思ったからだ。当夜君の視力は、やはり戻るのに少々時間がかかるようであった。当夜君の気持ちも、まだ整理がついてないようだった。

「大丈夫だよ。私がついている」

 この言葉を言えたら、どんなに幸せか。この言葉を言えたらどんなに私は満たされるだろうか。でも、私は言えなかった。私は、エゴにまみれているから、そんなこと、言えない。ただ、今の幸せを、守っていくことに、私は全力を費やしたい。私は、もう、一人じゃない。家でも、一人だった私を救ってくれた彼が、私のことを考えてくれている。私は、幸せだ。


8/19/16:55


 あの家族から電話がかかって来た。未練がましいったらありゃしない。本当に、あの母の声を聞くとむかむかする。何が、悪い。私は、幸せになりたいのだ。誰でも一緒ではないか。幸せを得るために努力するのは。仮令醜くても、其れが人間なのだ。私に文句を言うのは自分たちが聖人君子ですとでも言いたいのか、馬鹿馬鹿しい。

 あいつ等の声を聞くと、吐き気がする。


8/18/09:48


 当夜君に久々に会う。あの事故以来か。私は、当夜君のことが、好きで、好きで、死ぬほど好きで、だからあんなことしたのだけれど、それでも今は、少しばかり後悔もしている。

 でも、彼のためでもあるのだ、当夜君は、あんな女なんかに……。

 当夜君はどうして私のことを見てくれなかったのだろう。当夜君。私をお願いだから、見て? 当夜君、私に気付いて? お願い。私は、当夜君のことを、こんなにも、こんなにも愛しているのに。

 不安で仕方が無い。当夜君は、本当に、私のことを覚えてくれているのだろうか。医者の話、水谷とか言ったか、そいつの話だと記憶障害だとか何とか。

 でも、私のことを忘れていなければ、好都合かもしれない。逆に、私のことを忘れてくれてもかまわない。そうなった場合は、私は自分を殺すから。

 大丈夫、私ならできる。

 さあ、ここからが、私の望む世界なのだ。


8/16/22:28


「月が綺麗ね」

 私は目の前の女に言った。今、私は目の前の女と、二人きりだった。場所は、私の家の近くの道端。少々車の通りが多いことを除けば、まあ、人通りは少ないとは言える。

「何か……用なの?」

「つうか、どうしたんだよ、お前」

 もう一人、目の前にいる当夜君からも私は攻められる。

「何で? 何で私が攻められないといけないの?」

「だって、こんなところで、俺たちを呼び出して、何のつもりだよ」

 当夜はやはり困惑しているようだった。無理も無い。私は落ち着いて、一語ずつ、彼女にぶつける。

「彼は、私のものだから。だから、お願い、手を、引いて?」

「何を言ってるの?」

 目の前の女は驚いている。無理も無いか。だが、この程度で私はひるまない。

「私のものなの。もっと言うとね、あんたは邪魔なのよ」

 呪詛のように、私は放つ。

「おい、ちょっと言いすぎなんじゃ」

「別に言いすぎじゃないわ」

 と当夜君は私に味方してくれなかった。

 何で? 何でなの? 当夜君……。私だけを見てくれれば良いのに。お願い、当夜……私を、私だけを見て。

「第一ね」

 と目の前の女は続ける。

「あなたなんかに言われる筋合いは無いのよ。当夜は、あたしと付き合ってるんだから。だから、良いでしょ」

「当夜君は、どう思ってるの?」

「俺は、お前とは、残念だけど、恋愛感情は持てない。その、悪い……というか、意外だよ…お前が、そんなこと思ってくれているなんて……」

「結局……柵に囚われるんだ。良いよ。もう分かった……」

 もう、良い。壊れてしまえ、こんな関係。

 もういい、ワタシナンテコワレテシマエ。

 私は目の前に来たトラックに身をさらした。

 もう、良いよ。私なんて、こんな世界なんて。

 次は、柵の無い世界に生まれたいかも……。


 だが、ここで私の思いもよらぬことが起こった。

 トラックは私をよけた。

 トラックが左によけたのだ。

 それで、トラックは当夜と、あの女のほうにそれた。

「……!」

 私は何もできなかった。

 女は、当夜を突き飛ばし、トラックに突き飛ばされた。

 当夜は、無事だった。

 ただ、打ち所が悪かったのか、目を押さえて喚いている。

 私は、当夜のほうに駆け寄った。

「当夜?」

「……うぅぅ、深雪……」

 私は無我夢中で救急者を呼んだ。

 仕方なく、あの女も助けることになる。


 其れからしばらくして、あの女は、北海道の病院に運ばれた。足を切断したのだ。それで、この土地には居たくないといって、行ってしまった。

 当夜は入院してしまった。

「もしかすると……」

 私が医師に呼ばれて、今は医師と二人きり。両親は、もう居ない。

「彼、非常に強く後頭部を打ってね、幸い、命に別状は無いんだが、ただね、精神的な負荷が大きいみたいだ。なんとも言えないけど、もしかしたら、彼、このまま目覚めないかもしれない。目覚めるとしても、記憶障害を起こすかもしれない」

「……」

「後、これは私見なんだけど、もしかしたら視力が弱まるかも知れない。目を少しばかり傷つけたみたいでね。まだなんとも言えないけど。一応の処置は施したから。多分悪くなっても一ヶ月程度で直るくらいだよ」

 ……記憶障害。これは、チャンスかもしれない。私が、彼が好きだということを証明する、チャンスなのだ。私は、このチャンスを、きっと、ものにしてみる。

「先生……申し訳ありませんが……彼と私の関係のこととか、彼にいろいろと話すの、やめてもらえませんか、その、負担、かけたくないんです」

「一応、病状とかの話はするけど」

「最低限で、お願いします……」

「分かったよ」

 と口止めやら何やらをして、私はこのチャンスを何とか利用することを考えた。

 私を貴方は醜く思うだろうか。

 だが、私は、貴方だ。

 エゴなど、そんな名前のつけたところで、どうしようもない。人間が、生物が持っている欲なのだ。私は、欲だ。ただ、それにしたがって行動しているだけだ。決して貴方も、私を止める権利は無い。


the box side b “the exposure of personas” is closed.



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ